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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第128話 陽は父なる者を請う



 ソル達が何かしているなと、セリニは外を眺めて思っていた。

 彼らを、子供達も遠巻きで見ていた。


「訓練か?」


 ソルがネロとアリスを倒した後、何やら話し込んでいるようだった。

 しばらくして、三人が孤児院の中に戻ってきた。


「セリニ、親父のところに行こうと思う」


「イリョス様の所へか?」


 ここ数日、反応に乏しかったソルから、前向きな発言が出て来た。先程の、二人とのやりとりで、何か思うことがあったのかもしれない。

 先日の出来事があり、アルクダによる監視はあるが、隠れて行動はしなくても良くなった。監視と言っても、ルーナ側は特に気にも留めていないような節もある。婚礼の儀さえ邪魔されなければ、それで良いのかもしれない。ソルが自分の父親に会いに行くぐらいは気にしないだろう。

 ティエラ姫の誕生日が迫ってきている。恐らく、ルーナが何か対応を練ってはいるのだろうが――。竜を倒せるという神剣が折れている。偽の宝玉だけで、本当に対抗できるのだろうか。


「イリョス様に話が聞けるなら、私も聞きに行きたい」


 エガタのこともある。姫様がルーナに対して、エガタに危害を加えないことを条件に出していたと、グレーテルからは聞かされている。ティエラの言う事なら、ルーナは基本的には従うはずだ。


(姫様に何も影響がなければだが……)


 安心できるまで、急いだ方が良いのは間違いない。


「おい、アルクダ、近くにいるんだろう?」


 ソルが、どこへともなく声を掛ける。


「いますよーー」


 のんびりとした声と共に、物陰からアルクダが姿を現した。

 突然現れた彼に、アリスが口を開けたまま固まっている。

 そんな彼女を見て、ネロは少し笑っていた。


「お前もついてくるだろ?」


「ソル様、聴力とか落ちてるんじゃないですか? よくわかりましたね」


「俺の監視なんだから、近くにいるに決まってるだろ」


「ああ、そういえば、僕、一応監視でしたっけ」


 そう言って苦笑するアルクダから、ソルは視線をはずした。

 そうして、ため息をつきながら、呟いた。


「もう、ずっと一緒に過ごしているからな」


 そう聞いたアルクダは、ソルとは違う方向を向いた。

 

 皆がいる部屋の外、廊下の方からぱたぱたと足音が聞こえてくる。

 扉が開くと、ややふっくらとした体格の少年と、対照的にやせっぽちの少女が現れた。

 二人は籠を抱えていた。


「ニニョ、ペディ」


 セリニが二人に声を掛ける。


「セリニお兄ちゃん。紅いお兄ちゃんが部屋から出てたから」


 ペディは籠の中から林檎を手にとり、ソルに手渡した。

 ソルがそれを受け取って微笑みかけると、ペディの頬が少しだけ赤くなった。

 セリニがソルに話しかけた。


「何日も食べてなかったな? 急に腹に何か入れると悪いから、少しずつ食べるように」


「セリニ様は、見た目が若いからいつもは気にしてないですけどぉ、相変わらず保護者みたいなところがありますよねぇ」


 ネロが、セリニにそう話し掛けた。


「まあ、年は取っているからな。子というには、ソルはさすがに少し年が高いが、姫様ぐらいの子ならばいてもおかしくはないな」


 それを聞いて、ネロが指を数え始めた。彼も、セリニの正確な年齢は知らないのだろう。

 顔が若く見えるから、そういう反応にセリニも慣れてはいる。


 気を取り直したネロが、「イリョス様は、ウルブの都にいるぞ」とソルに声を掛けた。


「じゃあ、もう出よう。早い方が良い。馬が借りれるなら日が沈む前には着くだろ」


 そうしてソル達は、エスパシオの街を出発することになった。




※※※




 イリョスの元へは、ソル、ネロ、アリス、セリニ、アルクダの五人で向かう事になった。グレーテルは「私は一緒には行きません」と言って、ついて来なかった。アルクダが一緒なのが、嫌だったのかもしれない。


 一行が馬で街に到着した頃には、夕暮れが差し迫っていた。


 イリョスは、昼間はフロースの元を訪ねていたらしい。今は恐らく、騎士が控える砦にいるそうだ。

 前来た時の様に、城門の前でこそこそ隠れたりはしないですむ。前回来た時は、フロースに馬車で拾ってもらって、なんとか通れたのだった。今日は、城の前にいた騎士達がソル達に気づくと、すぐに低頭してくる。

 都の中は、一日の仕事が終わり家々に急ぐ人たちでごった返していた。

 夕日に照らされた都の石畳が、鈍く、赤く光っている。

 人々の喧騒の中、徐々に砦へと近づいて行った。そちらへ向かう頃には、あまり民間人はおらず、騎士達が多くを占めている。夜当番の者達は居残り、それ以外の騎士達は帰り支度をしていた。

 都に居を構えている騎士ら以外は、砦の近くの寄宿舎で過ごすことが多く、そちらに向かって帰っていっているのが見えた。

 帰りがけの騎士達は、ソル達を見て、敬礼したり、一歩下がったりと各々の反応をしていた。


 石で出来た砦に近づくに連れて、ソルは何かに圧迫されるような感覚に陥ってきていた。

 掌に汗をかいてきた。


「緊張しているのか?」


 アリスが、ソルに問いかけてきた。

 そう言われて、ソルは自分が父親に会うだけなのに非常に緊張していたことに気づいた。


「ああ、言われてみれば、そうだな」


 ソルとイリョスは、親子ではある。だが、騎士団長で多忙なイリョスと顔を合わせる回数が少なかった。会ったとしても、いつも小言を言われたり叱られたりと厳しく当たられた記憶しかない。時折、ソルと一緒にいるティエラには優し気に振る舞っているのを見たが、自分にはそんな態度は見せなかったことを思い出した。


「俺も緊張して来たぜ」


 なぜか、ネロは具合が悪そうな表情を浮かべていた。


「私も同じくだ」


 アリスも二人に同意していた。


「お前たち、イリョス様に会うと緊張するのか?」


 セリニが不思議そうに三人を眺めていた。

 三人とも、平然としている彼を羨ましく感じてしまった。

 そんな四人を、黙ってアルクダは見ていた。


 ついに砦に到着する。

 騎士団長が控える部屋へと徐々に近づいて行く。

 

 扉の前に立ち、ソルは一旦深呼吸をする。


「よし」


 少しだけ自分に喝を入れて、扉を叩いた。

 待ってはみたが、中から音がしない。

 思い切って扉を開けて、中を覗いてみる。


 だが、そこには誰もいなかった。


「いない」


 後ろの四人も、気になったのかソルの方を見ていた。




「人の部屋の前で何をしている?」




 背後から低い男の声がした。

 セリニはすぐに振り向いたが、他の四人はしばらくその声で動けなった。


 ソルはゆっくりと振り返って、声の主の方を見た。



 そこに立っていたのは、彼と同じ紅い色の短髪、碧の瞳に髭を蓄えた壮年の男、イリョス・ソラーレだった。

 



 



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