第127話 陽を動かせる者
「ということで、本日二度目の登場だ。ソル、外に出るぞ」
ネロとアリスが再び部屋を訪れたかと思うと、またソルは外出を勧められた。
ネロの表情はなぜか、とても明るい。そんな彼の表情を見て、苦々しく感じる。
なぜだか、ネロとアリスの着用する騎士隊の制服を見ても、嫌悪感が沸いてしまう。
あの日、騎士達と闘ったことを思い出すからかもしれない。
「もう放っとけよ」
「そう言うなって」
ソルとは対照的に、ネロが明るい調子で言う。
さらにネロが、ソルの腕を掴み、無理やり寝台から降ろした。
「行かないって言ってるだろ」
ソルが抵抗するが、ネロの腕を引く力がとにかく強い。数日間、食事もとっていないソルでは敵わないのも当然かもしれない。裸足のまま、床を歩かされる。
「あ、アリス、ソルの靴持って」
そう言われたアリスが、ソルの靴を取ろうと床にしゃがもうとする。
どうも、ネロたちはどうにかしてソルを外に連れ出すつもりだ。
ソルは諦めて、二人にぼやいた。
「ああ、もう、分かったよ、外に出ればいいんだろう」
そうして、ソルは数日ぶりに外に出ることになった。
※※※
しばらく歩かされ、連れてこられたのは、孤児院の前にある広場だった。
近くでは子供たちが遊んでいる。彼らにネロが、「ごめんね~~、ちょっと端の方で遊んでてくれる?」と声を掛けた。
「お前ら、一体、何を――」
言いかけたソルに、突然ネロから何かが飛んできた。
ソルは反射でそれを掴んだ。
「これは」
ソルは手にしたものに目をやる。
それは、訓練用の剣だった。
ネロが、アリスから槍を受け取っていた。
槍を脇に抱えたネロは、その煉瓦色の瞳でソルの碧の瞳を射るように見る。
彼の隣では、アリスも細剣を準備している。
彼らの所持する槍も細剣も、どちらも人を傷つけないような作りになったものだった。
二人が武器を構える。
そうして、ソルに向かって、口を開く。
「騎士、ネロ・ヒュドール」
「騎士、アリス・クニークルス」
「「我が国の剣の守護者、ソル・ソラーレに手合わせ願いたい」」
ネロとアリスが、同時にソルへと申し出た。
二人の勢いに、ソルがたじろいだ。
「神剣は折れた。もう俺は、剣の守護者でもなんでも――」
「誰がそれを決めた? 神剣が折れたら、この国の守護者を辞めて良いって、誰が決めたんだ?」
ネロが、ソルの発言を遮るように話す。
それにアリスが続いた。
「ソル、お前と我々は、剣の神器の力を得る前からの友人だ。剣の力がなくとも、お前は十分強かった」
ネロがそれを継ぐ。
「ちょっと剣の力に頼りすぎて、自分の実力を忘れてるんじゃないか? ということで!」
ソル目がけて槍の切っ先が向かってきたので、剣の刀身で防いだ。そのまま、彼は後ろに下がりながら剣を翻し、右側からアリスが細剣で鋭く突いてきたのをいなす。
「二人がかりかよ」
「そうでもしないと、勝てないからなぁ!」
ネロはそう言って、ソルに対し容赦なく槍を繰り出し続ける。全て躱した後に、アリスが振り上げた細剣を、ソルは自分の剣で薙ぎ払った。ソルの力が強すぎたのか、アリスは細剣を取り落とす。
すぐに、ソルはネロの方に向き直り、ネロが振り下ろす槍の長尺を掴む。ソルはそのまま、槍ごとネロを引き寄せて、ネロの胸を蹴り飛ばした。
地面に倒れたネロは、胸を押さえながら、ソルに告げた。
「ほら、神剣がなくても、お前は強いだろ」
ソルは自身の身体に違和感があった。
二人に攻撃され、自然に体が動いていた。特に、神剣があってもなくても、自身の動きに違いが感じられなかった。
「だが俺は、お前たちと違って、剣の守護を受けている」
「その剣が折れたのだろう?」
アリスにそう問われる。
確かに、神器が折れたら、加護もなくなるはずだ。
ソルの視力や聴力などは、昔程度に戻っていた気がするが、戦いに関しては、特に今まで通りこなせていた。
ネロが、ソルに声を掛けた。
「結局さぁ、剣技の腕前が強いのは、お前の努力の賜物なんだって」
息を吐き、胸を押さえながら、ネロは立ち上がった。
「でも、ルーナより、俺は……」
「お前がルーナ様に負けるのは、あの人の前でいつも冷静さを欠くからだ」
ルーナの事を口に出したソルに、苦笑しながらネロが答えた。
アリスもそれに同意して頷いている。
ネロが、ソルに向かって声をかける。
「ほら、やっぱり、神剣が折れていたとしても、お前は剣の守護者なんだよ」
そう言われたソルの胸には、何かが戻ってきたような気がする。
「それにお前さ、戦争が前後にあったせいで、イリョス様に剣の神器のこと、ちゃんと聞いてないんじゃないかぁ? 神剣、折れちゃったけど、直し方とか知ってそうじゃん。前守護者なんだし」
そう言われると、剣の神器について、ルーナよりも情報量が明らかに少ない気もする。本来、自身の神器なのだから、ソルの方が詳しくないといけないのに。
ソルは、最近封印されている竜を倒せるのは剣の神器だけだということを知った。今まで殺せるはずの竜を殺してこなかったのはなぜだろうか、疑問も残る。
「親父は……」
イリョスは、規律にうるさい人間だ。恐らく、ソルの国王暗殺嫌疑の件でも、相当腹を立てているに違いない。
ソルの表情は陰りを帯びる。
ネロは、頭をかきながら、ソルに告げる。
「イリョス様は、お前を心配してるに決まってんだろ。わざわざこの忙しい時に、俺に不自然に『休んで来い』とか言うぐらいなんだから」
父親の意外な対応にソルは、驚いてしまう。
「まあ、こいつダメだなぁ、とかは思ったかもしれないが」
「ネロ! 一言多いぞ!」
ソルを茶化そうとするネロを、アリスが諌めようとする。
(てっきり親父は、俺に失望しているかと思った……)
『竜を殺すための力を与えられているはずの、お前が、殺せないだと? ふざけるなよ』
(竜を殺せるのは、剣の神器だけ……でも、きっとルーナなら、何か手を打ってるはずだ……)
だから、ティエラは大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。
神剣の折れた自分など、竜と相対しても役には立たないから、と。
『剣が折れて、もしかしたら良かったのかもしれない』
あの時の、ティエラの表情を思い出す。金の瞳には力強い光が宿っていた。だけど、奥の方では、少しだけ揺らいでいたように思う。
(竜は、このままだと、ティエラを喰う)
自分は今のままだと、多分、彼女の役には立てないだろう。
でも、もし、神剣が復活することがあるのだとしたら?
いや、仮に復活しなかったとしても。
神剣が無くても。
ネロとアリスと闘えたことで、まだ自分は、剣が振るえるということが分かった。
(もしかしたら、まだ、ティエラの役に立てることがあるかもしれない)
「親父に、話を聞いてみたい」
ソルが、小さな声でネロとアリスに話しかけた。
「お、少しは元気でたかぁ?」
ネロが嬉しそうに、ソルに声をかけた。
「俺たちもついていくからさぁ、なぁ、アリス?」
「ああ、そうだな」
アリスもソルを見て笑っていた。
ネロとアリスのおかげで、少しだけ自信を取り戻せたような気がする。
まだ、彼女がどうなるか、見届けるだけの自信が今はない。ネロには、そんなことを以前言ったような気がするのに。
結局、ティエラがルーナの元に嫁いでも大丈夫だと、自分に言い聞かせていただけだ。
子どもの頃から、ティエラには俺がいないとだめだといつも言っていたけど。
本当は、彼女がそばにいないとダメなのは自分の方だった。
(剣が戻れば、またティエラの元に――)
ソルの碧の瞳と胸に、少しだけ希望が戻った。




