第126話 陽が持っているもの
一旦、アリスとネロはソルの元を離れた。
「このままだと、何もしない内に、姫様の婚礼の日になるな」
「何もしない方が、お前にとっては好都合なんじゃないのぉ? 今のまま行ったら、お前とソルが結ばれて、これ幸いだろ? しかもソルは、今落ち込んでると来た。好機も良いところだ」
ネロが茶化すように、アリスにそう言った。
「お前は、そういう言い回ししか出来ないのか」
彼女は呆れた顔で、ネロにそう言った。いつもなら顔を赤くして怒鳴りつけてくるところだが、今日の彼女の反応はいつもと少しだけ違った。
彼はまた、彼女に笑い返して嘯く。
「仕方ないって、そういう奴なんだよ、俺は」
そう言う彼に、アリスは微笑みかける。
「昨日、ソルに啖呵をきっていたお前の方が、お前らしいと思うがな」
そのアリスの反応に、ネロは驚かされる。
「あれも結局、あいつの受け売りだけどな」
※※※
ネロは、三人で戦場に立っていた頃の事を少しだけ思い出した。
敵に取り囲まれた時だったか。
その頃、人を斬れるようになっていて調子に乗っていた自分は、ソルとアリスの制止を振り切り、敵の罠にも気づかずに先に進んでいた。気づけば、崖を背後に、前方に敵がひしめき合っていた。
ソルがもちろん三人の中で一番強かったが、ネロが倒せない敵の始末などをしており疲弊している。アリスは女性であり、殺されはしないかもしれないが、敵の捕虜となれば悲惨な目に合うのが目に見えていた。
三人で乗り切れと言っても、三十人以上は居たはずだ。それも山賊のような輩ではなく、敵国の精鋭たちである。今の三人では、絶対に切り抜けることはできない人数だった。
ネロには母親と妹がおり、彼らのことが気がかりではあったが、まあ自分が殺されたとしても、家族には恩給が入る。わりと軽い調子で生きて来た。家族が生きていくのに困りさえしなければ、死ぬのは怖いが、命にそこまでの執着もない。
自分よりもソルが生き延びないと、この戦争を終結させることはできない。
「ソル、アリス、俺が囮になるからさぁ、お前たちは何とか逃げろよ」
ネロはソルとアリスにそう告げた後、敵の波に駆けて行った。
アリスの悲痛な叫びが後ろから聞こえる。
ネロは槍で敵に挑む。だが、すぐに数人に取り囲まれ、敵たちから一斉に刃を向けられた。
(死んだな……)
そこまで命に頓着していないと思っていたが、一気に恐怖が這い上がってきた。目を瞑る時間もない。敵の剣が振り下ろされるのがゆっくり見える。
その時、目の前に紅い何かが降りて来た。
そのまま、目の前の敵が倒れていった。
「ネロ! 勝手に死のうとするな!」
紅い何かは、ソルの髪の色だった。
また数人、薙ぎ払われる。
ソルが、ネロに向かって叫ぶ。
「生きて、妹の生き様を、ちゃんと見届けろ!!」
妹のことを覚えていたのか。
「俺はな! ここでは死なない! 絶対、生きて帰るんだよ!!」
ソルに体力は残っていない。肩で息をしている。
だけど、ネロが命を諦めない様に、ソルは叫ぶ。
「あいつのところにな!!」
ネロに、妹の姿が浮かんだ。
「お前も、生きるのを諦めるな!!」
そこからの記憶は曖昧だ。無我夢中で槍を振り回していた。途中からアリスも来たような気がする。
気付いたら、全ての敵がそこに倒れていた。
※※※
「あの時、ソルがいなかったら、間違いなく私たちは死んでいたな」
アリスが、しみじみと言葉にする。
「違いない」
ネロも同意した。
彼から見ても、ソルを尊敬できるところは多々あった。そんなソルを日常的に見て、アリスが彼に恋をする理由も分からなくはなかった。
「あいつは、弱くはないはずだ」
ネロが、ぽつりとそう言った。
確かに、これまでのソルを振り返ると、ティエラ姫が彼の原動力になっていたのは間違いない。
戦後、ソルは他の誰よりも苦しんでいた。そんな時、姫様が実際に彼のそばにいたから乗り越えられたのも事実ではある。
でも、絶対に彼女が近くにいないとダメかと言われれば、そうではないはずだ。
戦時中は、そばにいなくても、彼は本来の強さを発揮できていたと、ネロは思っている。
それに、ソル本人は神器の力があったから、今まで自分は強かったのだと思い込んでいる節もある。
だが、実際の彼の強さと言うのは、そういう剣の強さだけではないはずだ。
アリスは、考え込むネロを黙って見ていた。
しばらく後に、ネロが「そうだ!」と、声を上げた。
「アリス! 俺、良いこと思いついた!」
目を爛々と輝かせ、ネロがアリスに向かってそう告げる。
アリスは、これはまた騒々しいことになりそうだなと、心の中で思った。




