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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第125話 陽を形作っていたもの




「ソルの調子はどうか?」


 セリニは、廊下を通ったグレーテルに声を掛ける。


「姫様がいなくなったのと、剣の神器が折れちゃって以降、全然ダメですね。戦後の頃のソル様みたいです。下手したら、あの頃よりひどいかも」


 彼女は、セリニと一言二言会話した後、その場を去った。

 グレーテル自身も、今までの間延びした口調ではない。彼女自身も、この間の一件が相当堪えているのだろう。

 時々、彼女はソルの世話に行っている。

 彼女の持ち前の明るさは、なりを潜めてしまっている。

 

 セリニが廃墟に駆け付けた時には、ティエラもエガタも、王城に連れられて行った後だった。アルクダが、ルーナ側に情報を流していたことなどもあり、あの日はうまく分断されてしまった。ソルとセリニが揃っていたら、もう少し状況は変わっていただろう。

 ソルとグレーテルについては、好きにしろと言われたもののアルクダによる監視はある。実質自由はあまりないと言える。

 あの後、どこに行こうか迷い、結局はエスパシオの街の教会に滞在させてもらうことになった。ソルの姉の話もあったが、距離があったので今回は遠慮することとなった。

 エスパシオでは、エガタがいなくなったことで、モニカや子供たちが悲しみに暮れていた。


「失礼する」


 セリニは、ソルがいる部屋に入った。

 ソルはというと、窓際に設置してある寝台でほとんどを過ごしている。

 今も物思いに耽っている様子だ。

 グレーテルが、『戦後の頃のソル様』と言っていたのをセリニは思い出す。あの頃のソルはと言えば、戦から帰ってきて一月から二月ほどは元気に過ごしていたのだが、その後、元気がなくなってしまい、しばらく今と似たような状態だった。現在とは違って、あの頃はティエラがそばにいて、ソルを献身的に支えていた。

 だが今、彼女は城に戻ってしまい、彼のそばにはいない。

 あげく、剣の神器まで壊れている。神剣そのものは刃の根元付近から折れてしまっており、到底剣として扱える状態ではない。

 状況はかなり悪いと言って差し支えない。


「ソルや、一応、剣について鍛冶屋に頼んではみたが、どうにも直せないそうだ」


 セリニはそう言って、白布で包んだ折れた神剣を、近くの机の上に置いた。

 普段は『剣の』と、剣を付けて名を呼んでいたセリニだが、今はその呼び名も控えていた。

 今話したように、神剣を鍛冶屋が元に戻すことは出来なかった。どうにも直そうとしても直らず、鍛冶屋も混乱していた。


「そうか」


 ソルは一言だけ、そう返した。

 返事があっただけましかと思い、セリニはその場を後にした。


(護るべき対象がいたからこそ、今まではあれほどに振る舞えていたのか)


 セリニは、ソルのことを少し考えながら歩いていた。

 孤児院を出て教会へ向かおうとしたセリニだったが、どうにも正面玄関の付近が騒がしいことに気づき、そちらに足を運ぶことにした。


「申し訳ない、こちらに紅い髪をした男はいないだろうか?」


 女性の声だ。

 近づいてみる。

 金の長い髪に、猫のような瞳をした女性だ。この国の女性騎士が着用する衣服を身に纏っている。

 そばには、青銅色の短髪に、やや垂れ気味で煉瓦色の瞳をした青年が立っていた。こちらの青年も騎士服を着ている。

 セリニは、どこかで見たことがあるような気がしたが、はっきりとは思い出せなかった。


「本当に、こちらにいるのか?」


 女性騎士は、男性騎士に尋ねる。


「アルクダからの報告だと、そんな感じだったけどなぁ」


「どうにも、お前の言う事は信用出来ん」


「そんな、ここまで引っ張っておいてひどくない?」


 真面目そうな女性に対して、男性の方の口調が軽い。


「そこな二人」


 セリニは玄関を出て、二人に声を掛けた。

 いつもはローブを身に纏い、銀色の髪を隠しているセリニだったが、孤児院の中にいたこともあり、今はその髪を白昼の元にさらしていた。

 セリニを見て、すぐさま二人は敬礼した。


「セリニ様がいらっしゃるとは思わず。大変失礼いたします」


「いや、別に良いが。お前たちは?」


 彼らは、アリスとネロと名乗った。

 そう言われれば、ソルと親しくしている者達だったように思う。


「それで、こちらにソルはいらっしゃいますか? ぜひ我々に話をさせてほしいのです」


 今回の一件、ネロも関わっていたとグレーテルが言っていなかったか。ある程度の情報統制が彼にはされていたに違いないが、ソルの心に痛手を負わせた一因になっているはずだ。

 アルクダの裏切りと言い、ティエラを連れ戻す時期と言い、父親イリョスを向かわせたことと言い、ルーナが初めから考えていたのだとすれば、本当に恐ろしいことだ。


 ひとまず、セリニは二人を孤児院に招き入れた。

 ネロには部屋の外で待機してもらい、アリスをソルの元へ通す。セリニは、ネロと共に部屋には入らずに待つことにした。




※※※




「ソル、その、大丈夫か? 色々と話をうかがったのだが……」


 アリスがソルに色々と話し掛けるが、ソルからは気のない返事しかない。いつもはソルに突っかかっていくアリスも、今の彼には優しく接していた。


「よかったら気分転換に散歩にでも行かないか? 寝てばかりも体に良くないぞ。いつものお前なら、こういう時は身体を動かしとけ、とかよく言ってただろ?」


 アリスがそうソルに声を掛けると、ソルは無表情のまま返した。


「いつもの俺ってなんだよ……」


 アリスは、ソルにそう言われてひるんだ。

 いつもの彼と言われ、アリスの頭の中に、すぐにティエラと一緒に居るソルが浮かんだ。これまでの彼は、ティエラを護る自分という像によって自己を形作っていたのかもしれない。


「ひとりにしておいてくれ」


「……わかった」


 そう言い残し、アリスが退室しようとしていると、扉が勢いよく開け放たれ、ネロが入室した。セリニが制止しようとしたが、構わずにネロはソルに近づく。襟首を掴んでソルの顔を引き上げ、叫んだ。


「ソル! 今回の件、ルーナ様に加担した俺に言えた義理はないが、言わせてもらう! お前が、姫様なしだとダメなのは、俺も良く知ってる! でも、俺に生きて見届けろと言ったのはお前だろ! そんなお前は、姫様がこれからどうするのかは見ないのかよ?!」


「こら、落ち着け、ネロ!」


 アリスが二人に割って入る。


「薄々、気づいてはいたんだ……」


 それまで、ほとんど何も言わなかったソルが口を開いた。

 アリスとネロが視線を移した。


「……ティエラには、俺がいなくても大丈夫なんだって」


 ネロが、ソルの襟首から手を離した。


 泣いているソルに、それ以上二人は声をかける事が出来なかった。




※おかしな表現が1箇所あったので修正しております

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の核心が見えてきたなと感じます。 鏡の歴代の王女たちが生贄にされていた事実がわかり、ティエラもその時が近づいているのだと、分かったり、失われた記憶が直近まで思い出されていって、だんだん…
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