★第124話 月光の花・心の剣
ルーナが、ソルの前に立ち塞がった。
「ルーナ」
ティエラは、自身の婚約者の登場に、ぽつりとその名前を呼んだ。
ティエラの囁きをソルが拾う。
ルーナにもそれが聴こえたのか、遠くにいる彼女に向かって穏やかに微笑んだ。
「姫様、お会いしとうございました」
ティエラは、そんなルーナに対して特に反応しなかった。
そして彼も、ティエラに何かの期待を抱いているようでもない。
ルーナはソルの方に視線を戻す。
「お前の相手、私がしたいのだが、どうだろうか?」
ルーナは、ソルに対してにこやかに提案した。
正直、ソルはルーナの出現に少しだけ辟易していた。
「お前かよ……」
「随分疲れているようだな」
そう言って、ルーナはソルに笑いかける。細剣を鞘から引き抜き、ソルに向けた。
ソルも、改めて神剣を構え直す。疲れはあったが、ここで引くわけにはいかない。
刃先を交わし合う。
先にルーナが動いた。
つば競り合いの音が、戦場に激しく響き渡る。
「お前は、この旅を通して、何か変わったか?」
剣がぶつかり合う中、ルーナがソルに問いかけてくる。
こちらに余力がないのに、相手には喋るだけの余裕がある。相変わらず、癇に障る。
「お前が最後に姫様と一緒に過ごせるように、猶予を与えてやったが。お前は何か、得るものはあったか?」
そう問いかけられたソルの剣筋は、鈍ってしまう。
(こいつ、まさか、わざと俺たちを……)
だが、ソルにルーナに尋ね返すだけの余裕がない。
はたから見ればお互いの剣裁きは拮抗しているように見えるかもしれない。だが、実際には違う。ソルが放つ一撃も全て、しなやかに躱されている。
ソルの表情に陰りが出てくる。
ルーナの涼しげな表情が、ソルにさらに焦りを生じさせる。
「少しだけ期待していたが、お前は弱いままだ。姫様の脚を引っ張るのも変わらない」
そうして、ルーナがソルを嘲った。
暗に、足手まといだと言われてしまった。
「宝玉の力を使うまでもないな」
ルーナのその言葉にソルは反応した。
「は? ふざけんな!」
「お前には、いつも私の優しさが伝わらない」
「余計なお世話なんだよ!」
※※※
言い合いの中で、次第にソルがルーナに対して腹を立て始める。
傍目でも分かるぐらいに、ソルのルーナに斬りつける力が強くなった。
イリョスは、そんなソルを黙って見つめている。
ネロもアルクダも、二人のやり取りに何か思うところがあるようだ。
ティエラは、見守る人々の反応を遠目で見る。
塔の上での戦いを思い出していた。
あの時も、ソルはルーナに煽られて感情的になり、負けた。
どうしてもソルは、ルーナに関してだけは冷静になれない。
今のところは、力は拮抗して見えなくもない。
(でも、多分このままじゃ、また……)
ティエラは心配になり、思わずペンダントを掴んだ。
※※※
「なあ? 足手まといなんだ。果たすべき役割を果たすことのできないお前など」
ルーナはソルに対して、不快感を顕わにしながら言葉を発する。
「竜を殺すための力を与えられているはずの、お前が、殺せないだと? ふざけるなよ」
ルーナの声に怒気が孕む。
ソルに負けず劣らず、ルーナも感情的になっている。だが、ルーナにはまだ、剣を撃ち合って尚話す余裕がある。
ソルには、返答する余力がなかった。
次第に、ルーナの口調が荒ぶっていく。
「お前がどどめをささないといけなかったのに! お前が、国王様のご遺体を竜に弄ばせることを選んだんだ!」
ルーナは激高した。さらに細剣の突きの鋭さは加速してくる。
ソルは守りに徹するので精いっぱいになってしまう。
それまで黙っていたソルは、呻く様になんとか呟いた。
「お前に……何が分かる?」
それにルーナが答える。
「お前こそ、私の気持ちなど、分からない……!」
ルーナが、ソルとの間合いを一気に縮めてきた。
速い。
刺突中心だったのに、斬撃も加わる。
「この数年、私に剣の神器があればと、何度思った事か……!」
どこにそんな力があるのか分からないぐらい、重い。
その重たさを、ソルはルーナから受け取る。ソルの腕にしびれが走り、彼は一瞬、神剣を取り落としかけた。
「その神剣! お前にはふさわしくない! 剣だけじゃない! 地位も! 力も! 称号も! 姫様も! 全て!!」
ルーナの叫びに、ソルは怯む。
ルーナの勢いの激しさに呑まれる。
ソルの剣に迷いが生じた。
「私の前からも、姫様の――ティエラの前からも!! 消えろ!!」
ルーナは、咆哮と共に、ソルの神剣目がけて勢いよく細剣を振り下ろす。
ソルは神剣でそれを受け止めた――。
――はずだった。
ルーナの力を受けた神剣の刀身にひびが入る。
そのまま、折れる。
刃先が、空虚な音を立てて、地面に落ちた。
※※※
想像外の出来事に、ソルはその場から動けなくなったようだ。
ルーナが、放心しているソルの胸倉を掴んだ。
そして、吐き捨てるように言った。
「神器の力のないお前も、折れた神器も、不要だ」
ソルを掴んだまま、ルーナが詠唱に入る。それに対して、ティエラが叫ぶ。
「ルーナ!! それ以上はやめて!!」
「姫様」
展開していた魔術陣から飛び出て、ティエラはソルとルーナの元へと走る。
「神剣は折れたわ……もう、ソルに力はない」
ソルをかばうようにして、ティエラは彼らの間に入った。
「これ以上、この人を傷つけないで」
ルーナの表情が険しくなる。
「私が行けばいいんでしょう? だったら、行くわ。エガタ君に危害を与えないんだったら、私はそれでいい」
ルーナが哀しげにティエラに問いかけた。
「……その男のためですか?」
ティエラは、ルーナの蒼い瞳をまっすぐにみつめ即答した。
「違う。決めてたの。ルーナ、これ以上、貴方に誰かを傷つけてほしくない。だから、私が貴方の元へ行って、止めるわ」
ルーナに話しかけた後、ティエラはソルを見て話した。
「ソル、私はあなたが戦争から帰ってきて、傷ついている姿を見ていたわ。剣が折れて、もしかしたら良かったのかもしれない。これ以上、優しいあなたが心を痛めないで済むから」
ソルは、はっとした。
「ティエラ、お前、記憶が……」
周囲にいた騎士達が、ソルを取り押さえようと近づいていた。
彼らに、ティエラが声を掛ける。
「その人には、もう力はありません! 捕縛する必要はないはずです!」
彼女によって、騎士達の動きは止まった。
ティエラは、ルーナに問いかける。
「そうでしょう? ルーナ」
「姫様の仰せの通りに」
そう言って、ルーナはティエラを抱き寄せ、そのまま口づけた。
ソルは黙ったまま、それを見ていた。
※※※
ルーナと共に立ち去ろうとするティエラに向かって、グレーテルは叫んだ。
「姫様!」
グレーテルはティエラに向かって駈け出そうとしたが、アルクダに制止される。
それに女性の声が重なる。
「彼の邪魔は辞めて、グレーテル」
声の主は、グレーテルの姉ヘンゼルだった。
彼女の近くには、ウムブラも立っている。
「まさか、神剣が折れちゃうなんて、考えもしない展開でしたね」
彼は、飄々とした口調で述べた。
ヘンゼルが、グレーテルに向かって話しかける。
「貴女の処分は追ってあると思うわ。それまでは好きにしていてちょうだい」
「そんな、お姉さま!」
ウムブラが割って入る。
「大丈夫ですよ、グレーテルさん。一応、ソル様と貴女には、アルクダさんを監視に付けておきますから」
※※※
「ネロ、帰るぞ」
イリョスが、ネロに声を掛ける。
なんとか立ち上がったネロは、イリョスに問いかける。
「ソルはどうするんですか?」
「姫様も、ルーナ殿も捨て置けと言っていたのだから、置いていけ」
イリョスはそう言って歩き始める。ちょうどソルの近くを通った。
「二度も敗北し、護るべきものにかばわれ、また奪われるか……無様だな」
イリョスは、ソルにそう言葉を投げかけ去って行った。
その場には、残されたソルの哀哭が聴こえた。
この話で、本編「炎陽・剣の章」とif「月華・玉の章」に分岐します。
ただ、本編を読んでいないと混乱する箇所が多いので、本編から読んでいただけた方が良いかなと思います(^^)
ゲームなら、ルーナは2週目以降にしか攻略出来ないキャラに近いかと……
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