第122話 鬨の声
一度周囲が光に包まれた後、しばらくしてまた暗闇に飲み込まれていく。
それぞれに瞳が順応するのに時間が掛かった。
そうこうしているうちに、ティエラ達の近くに仰々しい足音が近づいてくる。
逃げる間もなく、建物の周囲が取り囲まれてしまったようだ。人々の気配を、ティエラはひしひしと感じた。
狭い入口、アルクダが立っている場所の近くに、青銅色の髪をした青年が歩み寄る。
「アルクダ、嫌な目に合わせて悪かったな」
青年はネロだった。
彼は、軽い調子でアルクダに声を掛けた。
「いえ、ネロ様、仕事なので」
「様は良いって言ってんのに」
ネロは少し笑って、ソルに向き直った。
「で? そこの亜麻色の髪の男の子、俺たちに渡してくれない? ついでに姫様とお前も確保できれば、最高なんだけどさぁ」
「承知しかねる」
ソルはため息をついて、そう告げた。
二人はしばし対峙していた。
ネロが槍を構えようとする。
しかし、彼は「ここ狭くて、槍使えなくない?」と一人でぎゃあぎゃあ言い始めた。
緊迫感が台無しだ。
ティエラは、ネロがそうしている間に、さらに彼らから間をとった。
再度ため息をついたソルに、ネロが気づく。ネロは頭をかきながら、ソルに対して話し掛けた。
「俺もさぁ、自称お前の親友として、お前の恋路は実ってほしいなとは思うわけだ。俺としても、お前がいない方が、あっちを口説きやすくなるわけだし。お前はさ、敵がルーナ様だろ。相手が悪かったって、もう次の女に目向けたらどうだ? 俺の妹とかさ」
「お前みたいに、女のことばっかり考えて生きてるわけじゃない」
ソルが神剣に手を掛けた。
その横を素早く何かが通り抜ける。
風がその場で舞う。
刃同士がぶつかり合う音が、鳴り響いた。
「ごちゃごちゃ言ってないで、先に進んでくださいますか?」
いつもは間延びしている声には、今は可愛らしさが全くなく、凄みが効いていた。やや吊った瞳には剣呑な光が宿っている。
グレーテルが向けた短刀を、アルクダが小刀で防いでいた。彼女の力が強く、なんとかと言った表情で彼は対峙している。
「例え相手が誰であっても、姫様の敵は、私の敵です」
拮抗する力の中で、アルクダが「知っています」と返した。
そうやって向かい合う二人の様子を、ネロは一瞥した。
「うわぁ、相変わらず、グレーテルちゃん怖いわぁ」
茶化すように彼は言う。ネロにそんなに怖がっている様子は、実際にはない。
「え? じゃあ、俺、ソルと一騎打ち? それは、きっついなぁ」
ティエラが、ソルとネロの間に入る。
「待ってください! 戦わなくても良いはずです! それに、関係のない民間の子を狙うなんておかしくはないですか?」
「姫様、俺もこんな仕事はしたくないんですよ。でも命令だから、仕方ないんですよ。姫様以外は、多少傷ついても構わないから連れて来いっていう命令があるので」
ネロが、残念そうにティエラに続けた。
「どうして、ルーナは誰かを傷つけようとするの……」
ティエラがぽつりとそう言った。
ネロは、ティエラから視線を外すと、外に居る騎士たちに向かって声を張り上げた。
「お前たち、仕事だ! エガタと言う名の少年、それと、姫様と騎士団所属ソル・ソラーレの捕縛だ!! 姫様とソルは、どちらもこの国の神器の守護者だ! 剣の守護者は、先の大戦の英雄だ! 絶対に気を抜くなよ!」
ソルとティエラの背筋が伸びる。
外では詳細を聞いていなかったのか、騎士団員たちが騒めいていた。
この国の神から加護を受けた人物らに盾突いて良いのかどうか、悩ましげな声も聞こええてくる。
そんな彼らに、ネロが追加で「子どももいる!! 極力傷つけるな!」と叫ぶ。
ティエラの後ろに控えている三人の子供たちは何が起きているのか分からず、がたがたと震えていた。特に、エガタは名を呼ばれたからか、戸惑っているようだった。
「実は業績上げたら、俺の家を貴族にしようかって、ルーナ様から打診が来てるんだ。妹にはいい相手を見つけてやりたい。だから、ルーナ様が来る前に片づけたいんだ。ごめんな、ソル」
「まあ、お前が動くとしたら、妹が絡みだとは思ってたよ」
ネロから視線を外さずに、ソルが剣を鞘から引き抜いた。
「お前が妹を大事に想ってるように、俺はティエラが大事なんだ。お前たちが仕掛けてくるなら、仕方ないから反撃させてもらう」
「わあ、言うね~。ルーナ様が聴いたら怖いやつだよ、それ。早くどうにかしとかないと、ルーナ様に俺まで殺されそうだわ」
そう言って、こんな場所では槍は抜けないと喋っていたネロが、槍を構えた。
ソルが、ティエラに向かって声を掛けた。
「あんたは、子どもたちと一緒でいいから、安全な場所に下がってろ。何かあったら、すぐに呼べ」
ティエラは「わかったわ」と返事をした。
ネロが、また外に向かって大声を上げた。
「覚悟は決めたか?!」
騎士達は、一斉にティエラとソルの方を向いた。
剣と槍を構えたネロとソルが叫ぶ。
「「行くぞ!!」」
その声が鬨の声となり、あたり一帯は、戦場と化したのだった。




