第121話 アルクダ
先ほどまでソルにしか聞こえていなかったが、徐々にティエラの耳にも、馬の嘶く声が聞こえるようになってきた。彼の言うように、かなりの数の馬になりそうだ。このように集団で数多くの馬を扱えるのは、やはり騎士になるのだろう。平民達では、多くの馬を確保するのが難しいからだ。
「廃墟があるから、ひとまずは隠れてやり過ごせそうかしら?」
ティエラが、そうソルに問いかけると、「一時しのぎだがな」という返答があった。
一時的だろうが、なんだろうが、ひとまず時間が稼げるならそれで良い。
子どもたちが増えて大所帯になったティエラ達六人は、ひとまずすぐそばの廃墟に身を隠すこととなった。
※※※
廃墟の物陰から、遠方に見える何頭もいる馬達の確認をする。
「やっぱり、騎士達だったな」
そうソルが話す。
「数がとても多い。ソルが強いからって、見つかったら逃げられなさそうね」
そう呟くティエラに、エガタが心配げに話しかけてきた。
「お姉ちゃんたち、大丈夫? 騎士さま達に追われてるの?」
榛色の瞳が落ち着かなげに揺れている。
ティエラ達を心配してくれているのだろう。
ティエラとソルも確かに追われてはいる。けれども、実際に今追われているのは、このエガタと言う少年の方かもしれない。
彼女は、エガタの手をとって「大丈夫よ」と声を掛けた。
この少年といると、なぜだか懐かしいような安心するような気持ちになる。いったいなぜなんだろう。
近くにいた少女ペディが、ティエラとエガタを見て声を上げた。
「エガタとお姉ちゃん、瞳の色が違うけどなんだか似てるわね」
そう言われて、ティエラは驚いた。
ペディと一緒にいたニニョも、「確かにな」と口にしている。
「言われてみれば、似てますね~~瞳が金色だったら、姉弟と言われてもおかしくはないかも。どことなく、姫様の小さい頃に似ています~~」
グレーテルもそう続ける。
ソルだけが、「俺には、全然わからないな」とぼやいていた。
よく、自分に似ている人間と言うのは数人は存在すると言うが、男の子と似ているのは不思議な感じがする。
少しだけ締まらない空気の中、近くで物音が聞こえた。
ティエラは、音のする方に、緊張した面持ちで振り返る。
「あ、アルクダさん、どちらに行かれてたんですか~?」
建物の陰から出て来たのは、アルクダだった。
「ちょっと、金目のものがないか探してたんですけど、全然見つかりませんでしたー」
グレーテルは、少しだけ落ち着かない様子で、そわそわと手を動かしている。彼女の問いかけに、アルクダは曖昧に笑って返した。そうして、ゆっくりとティエラ達の方に近づいてくる。
ニニョとペディが、「あ」と声を出した。
グレーテルとアルクダの二人を見ながら、ソルは一度ため息をついた。そうして、鋭い視線をアルクダにだけ向けた。
「それで? 隠してる武器は、誰に向けようとしてんだ?」
その一言で、アルクダは立ち止まった。
グレーテルは、彼の方を見て呆然としている。
アルクダは、苦笑いを浮かべながら、ソルに返した。
「やっぱり、ソル様は耳が良いですね」
そう言って、アルクダは小刀を取り出して見せる。
ティエラは、状況が呑み込めず困惑した。
「嘘の情報を流して、ここまで連れてきて、何がしたい? 事と次第によっては、看過できないが。場合によっては赦してやる。今すぐ説明しろ」
ソルが挑むように、アルクダに向かって問いかけた。
アルクダは、苦笑したままだ。
「……本当に、ソル様は、甘いですね」
彼にしては、珍しく間延びせずに話す。
「もっとこう、お前とか絶対に許さないとか言われた方が、僕としてはやりやすかったのにな」
彼は糸目のため、表情は分かりづらい。が、少しだけ悲しそうだとティエラは思った。
ティエラは、エガタを背にかばい、アルクダの方を見る。
「まあ、でも。皆さん、しばらくは幽閉なり、牢屋行きかもしれませんけど。ルーナ様の元に戻った方が、僕は安全だと思います」
彼が少しだけ何かを呟いたかと思うと、大きな音と共に、辺り一帯が急激に光に飲み込まれる。
突然暗い場所が明るくなったことで、ティエラの目は慣れず、しばらく目を開けることができない。
ソルが気色ばんだ。
「アルクダ……!」
名前を呼ばれたアルクダは、迷いのない様子で、ソルにこう告げた。
「すみません、ソル様。許してくれとは言いません。でも僕、給金は少なくて良いんで、一軒家立てて、暖かい家庭を作るのが夢なんです」
目が順応できず、アルクダの表情が見えない。
ティエラは遠くから、騒々しい足音が近づいてくるのを聴いた。




