第119話 陽は判断を問う
「おい」
ティエラとソルの二人の背後から声がした。
突然のことで、ティエラはびくりと反応してしまう。ティエラの隣に立っていたソルは、そんなに驚いていない。振り返ると、そこには少し小太りの少年が立っていた。少年は、すこしふっくらとした頬をさらに膨らませて、ティエラとソルに声をかける。
「お前たち、この間、孤児院に泊まってたやつだろ?」
(なんで怒っているのかはわからないけど。もしかして、孤児院の子を見つけちゃった?)
ネロよりも早く、子どもを見つけることに成功したようだ。
しかし、三人と聞いていたのにこの少年一人しか見当たらない。
「それで、他の二人はどうした?」
ソルが、いつものようにため息をついた後に、少年にたずねた。
少年は、むくれた調子で答える。
「泊まったくせに挨拶もせずに出て行ったような奴らに、頼むのはしゃくだけど……」
「おおかた、廃墟に入ってみたは良いものの二人だけ出れなくなったとか、木に登ったら降りれなくなったとか……そんなとこだろ」
図星をつかれたのかどうかは分からないが、少年は押し黙った。そうして、彼は俯いた。なんだか、彼から後悔しているような様子を、ティエラは感じ取った。
「オレが誘ったせいで――」
誰に向かってというわけでなく、少年は歯噛みしながらそう言った。そう言いながら、彼は自分を責めているのかもしれなかった。
ティエラは、少年の話を聞きながら、いつもソルを誘っては大変な目にあったり、あわせたりしてきた自分の事を思い出した。昔の自分と重なるような気がする。
「あの、大丈夫よ、二人は私たちが助けるから」
ティエラが、少年に声を掛ける。彼は、泣きそうになっていた顔を上げて、ティエラの方を見た。
「本当に?」
「本当よ」
ティエラは少年の瞳を見て、力強く頷いた。
少年の顔が喜色ばんだ。
それを見て、ソルがため息をついた。ティエラの方を見ながら、彼女に声を掛けた。
「それで、子どもたち助ける役割は、俺なんだろ?」
ソルにそう言われて、ティエラは乾いた笑いを浮かべた。
※※※
少年は、『ニニョ』と名乗った。年の頃は十くらいになるそうだ。『そうだ』というのは、彼は、赤ん坊の頃に孤児院の玄関に捨てられていたらしく、正確な年齢が分からないという。
ヘンゼルやグレーテルは平民だったが、親の借金の肩に貧民街の娼館に売られていたはずだ。まだ、孤児院に置かれていただけましという見方もできなくもないが、子を放棄してしまう親が数多くいるのがこの国の現状だった。
(子供たちの安全が守られるような国にできれば……)
ティエラは心の中でそう思った。
ニニョの話では、三人で街を歩いていたら、知らない男に声をかけられたらしい。男から、『街から少しはずれた場所に廃墟がある。そこに宝物が隠されている』と説明された三人は、この廃墟の群れに向かって歩いてきたそうだ。
今、三人はネロたちの居た場所を避けて、別の場所に異動した。
「なんでわざわざ、祭りの日の、しかも晩にでかけようとしたんだ?」
「オレたちは、モニカ様から、いつも街からは出るなと言われているんだ。でも、祭りの日なら、ごまかせるかなって。夜だと、大人にも見つかりにくいかなと思って……」
「お前が年長だったんだろ? 判断を間違えたな」
ソルにそう言われて、ニニョはぐうの音も出ない。悔しそうに涙がにじんでいた。
ティエラは、ソルにしては冷たいと感じていた。ましてや、相手は子どもだ。
「ソル、そんな言い方は――」
「自分一人の誤った判断で、他の人間の命に関わることがある。下手したら、取り返しがつかなかったかもしれない。今回、大人になる前に、良い学習の機会になったと思え」
ソルがニニョにそう声を掛けていた。
ソルの声には、真剣さがあり、ティエラはそれ以上、何も言えなかった。彼にも、そのような経験があったのかも知れない。
彼女は、やはり全部を思い出せていない現状にもどかしさを感じた。
そして、ソルが少年に掛けた言葉は、そっくりそのままティエラ自身の将来にも関わってくるような言葉だった。
ティエラは、先ほどの言葉を胸の中で反芻した。
「オレは、宝物って聞いて飛びついて。宝物の正体が何なのかも分かってないまま、出て来たんだ。孤児院はフロース様の支援があるから困りはしないけど。たまには、モニカ様に何かしてやりたいって、そう思ったんだ」
ニニョは懺悔するように、二人に向かって話しかける。
ソルが少年に声を掛けた後、ティエラの方を指さす。
「あの姉ちゃんとかは、いつもそうだったな。最近は、まあ、前よりも良くなったと思う。だからお前も大丈夫だろ」
そう言われたニニョは、少しだけ明るい表情に戻った。
「でも、二人は無事かな、オレはそれが心配で……」
彼がそうひとりごちると、ソルが「ああそう言えば」と言い出した。
「言ってなかったけど、お前以外に二人分子ども声が聞こえるから、多分無事だろ」
少年が、不思議そうな顔をソルに対して向けていた。
(ニニョ君、何を言っているんだろうっていう顔をしてるわね)
ニンブス山や盗賊の際もそうだったが、ソルの視力や聴力は、ティエラよりもはるかに良い。というよりも常人離れしている。これも剣の神器が、一族にもたらす加護なのだろう。
ふと、ティエラは、加護が無くなったらどうなるのかなと疑問に感じた。
ソルだったら、他者と同じような身体感覚に戻るのだろうか。ティエラだったら、憑依されやすい体質や癒しの力が失われるのか。ルーナなら……。
考え出すとキリがなかったので、ティエラは『もしも』の話は考えないようにした。
話しているうちに、ある廃墟に一行は近づいた。
「二人を見失ったのは、この廃墟の中なんだ」
辺りは暗闇に包まれており、廃墟の中は墨で塗りつぶされたように真っ暗だ。ニニョよりも幼い二人なら、なおさら恐ろしく感じているだろう。
ティエラが、廃墟に足を踏み入れようとした時。
「待て」
ソルに腕を引き留められ、ティエラは立ち止まった。彼に振り返り、尋ねる。
「何?どうかしたの?」
彼の碧の瞳は、ティエラ以外の方向を見ていた。
「子供達二人以外に、何か別の気配がある」
「え――?」
他の気配と言われたが、ティエラには何もわからない。
漠然とした不安が、彼女の胸中に去来した。




