第118.5話 月は大地の華に問う
「おい……」
悠然とした女性の声。
「このような晩に、わざわざ妾のもとへ訪れて……。大した用ではなかったら許さんぞ、狐?」
彼女は、いつもは結い上げている緩やかな黒髪を、今は背中の途中までおろしている。
「フロース様、大変申し訳ございません。急ぎの用ですので、お許しいただけますか?」
応接室にて、フロースが対応しているのは――。
「宰相ご就任、おめでたいな、ルーナ殿」
――白金色の髪に蒼い瞳をした青年、ルーナだった。
フロースは、怒気を孕んだ口調のまま告げていた。
ルーナは彼女に対し、悠々と微笑む。
「未来の叔母上にそう言っていただるのなら、何よりです」
フロースは舌打ちをして、「お主に叔母上呼ばわりとは気持ちが悪い」と言い捨てる。そして、ルーナに用件を問いかけた。
彼は、ゆっくりと口を開く。
「あの子を、城に引き取りに参りました」
フロースは眼を見開いた。
戸惑いを含んだ様子で、彼にその真意を問い正す。
「なぜ? この時機にか? ……まさか、殺すつもりではなかろうな?」
ルーナは平素通り、笑んでいるだけだ。
何を考えているのか、表情だけでは誰も分からない。フロースも、彼について推測は出来るが、完全には理解できない。
本当の意味で、彼を分かった人間は、おそらく……。
「そのようなつもりはございません。城では丁重におもてなししますよ」
「どうせ、妾の許可など関係なく連れて行くのだろうて。思うところはあるが……。命はとるな……。あとはお主の好きなように良い……」
フロースは、机に置いていた扇を手に取り、開く。
「……存外、お冷たいのですね」
ルーナのその一言が、彼女の琴線に触れた。
フロースは、彼に向かって激昂する。
「お主に何が分かる?! 妾の子ではない! 妾には産まれなかった!! なのに、子どもだから愛せと!? 」
扉が、勢いよく開け放たれる。
「大丈夫ですか?! フロース様!」
大声を聞き付けて、入室してきたのはアリスだった。ルーナのそばを走り抜け、髪を振り乱したフロースに駆け寄る。
「貴女様は、聞かされていない事も多いようですね」
ルーナは静かにそう言って、踵を返す。そして、一度立ち止まる。
フロースに背を向けた後、さらに声をかけた。
「ちょうどあの子の近くに、姫様も一緒にいらっしゃるようです。なので、共に城に連れて参ろうと考えております」
フロースとアリスは、ルーナを同時に見つめた。
「姫様達を逃がした事については、不問に致しますので」
フロースは苦々しげな表情を浮かべた。
アリスは、彼女とルーナの二人をはらはらとした様子で、交互に見やる。
「婚礼の儀の際は、お待ちしております」
そう言い残し、ルーナは部屋から出ていった。
残された二人の間に、しばし沈黙が降りる。
「何もかも見通しておるか……。アリス! 」
フロースは表情を引き締め、アリスに指示を出した。




