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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第4部 竜の章

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第118.5話 月は大地の華に問う




「おい……」


 悠然とした女性の声。


「このような晩に、わざわざ妾のもとへ訪れて……。大した用ではなかったら許さんぞ、狐?」


 彼女は、いつもは結い上げている緩やかな黒髪を、今は背中の途中までおろしている。


「フロース様、大変申し訳ございません。急ぎの用ですので、お許しいただけますか?」


 応接室にて、フロースが対応しているのは――。


「宰相ご就任、おめでたいな、ルーナ殿」


 ――白金色の髪に蒼い瞳をした青年、ルーナだった。


 フロースは、怒気を孕んだ口調のまま告げていた。

 ルーナは彼女に対し、悠々と微笑む。


「未来の叔母上にそう言っていただるのなら、何よりです」


 フロースは舌打ちをして、「お主に叔母上呼ばわりとは気持ちが悪い」と言い捨てる。そして、ルーナに用件を問いかけた。

 彼は、ゆっくりと口を開く。


「あの子を、城に引き取りに参りました」


 フロースは眼を見開いた。

 戸惑いを含んだ様子で、彼にその真意を問い正す。


「なぜ? この時機にか? ……まさか、殺すつもりではなかろうな?」


 ルーナは平素通り、笑んでいるだけだ。

 何を考えているのか、表情だけでは誰も分からない。フロースも、彼について推測は出来るが、完全には理解できない。

 本当の意味で、彼を分かった人間は、おそらく……。


「そのようなつもりはございません。城では丁重におもてなししますよ」


「どうせ、妾の許可など関係なく連れて行くのだろうて。思うところはあるが……。命はとるな……。あとはお主の好きなように良い……」


 フロースは、机に置いていた扇を手に取り、開く。


「……存外、お冷たいのですね」


 ルーナのその一言が、彼女の琴線に触れた。

 フロースは、彼に向かって激昂する。




「お主に何が分かる?! 妾の子ではない! 妾には産まれなかった!! なのに、子どもだから愛せと!? 」




 扉が、勢いよく開け放たれる。


「大丈夫ですか?! フロース様!」


 大声を聞き付けて、入室してきたのはアリスだった。ルーナのそばを走り抜け、髪を振り乱したフロースに駆け寄る。


「貴女様は、聞かされていない事も多いようですね」


 ルーナは静かにそう言って、踵を返す。そして、一度立ち止まる。

 フロースに背を向けた後、さらに声をかけた。


「ちょうどあの子の近くに、姫様も一緒にいらっしゃるようです。なので、共に城に連れて参ろうと考えております」


 フロースとアリスは、ルーナを同時に見つめた。


「姫様達を逃がした事については、不問に致しますので」


 フロースは苦々しげな表情を浮かべた。

 アリスは、彼女とルーナの二人をはらはらとした様子で、交互に見やる。


「婚礼の儀の際は、お待ちしております」


 そう言い残し、ルーナは部屋から出ていった。

 残された二人の間に、しばし沈黙が降りる。



「何もかも見通しておるか……。アリス! 」



 フロースは表情を引き締め、アリスに指示を出した。




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