第116話 祭りの陽にて
遠くで笛の音色が聴こえる。あの日は遠くから祭りの喧騒や、人のざわめきが聴こえていた。
いつもは暗い夜が、色とりどりの灯りに照らされて、なんだか夢心地になるような。
昔、グレーテルから聞いて、ティエラは城下町の祭りを観に行きたいとソルに訴えたことを思い出した。
あの時は橋の上だった。現在は、人混みの中にいる。
でも、今と同じようにソルと相対していたのを思い出した。
(あの時も、私がわがままを言って、ソルがお父様に頼んでくれて……)
いつも自分の無茶に付き合わせていた。
かといって、ソルの言ったことには耳は貸さなかった。
あの日は、ルーナに貰った薔薇のコサージュを失くした。高価なものだったから、スリ達に狙われてしまった。台座とガラスの本体が別々に別れるものだったから、ソルが二つとも探し出してくれたのだった。
『ほら、これ渡しとくから。もう、失くすなよ』
川で水浸しになったソルは、ルーナからの贈り物をティエラに手渡してくれた。
無意識に、鏡の神器である宝玉に手を伸ばす。
そこではっとした。
いつも首に掛かっているペンダントがない事に気付いたのだ。
ティエラの頭が一瞬真っ白になる。
「どうしよう、ソルからもらったペンダントが……」
「は?」
ソルが、視線をティエラから地面に向けた。
「……ああ、そこ落ちてんぞ」
ソルがそう言ってしゃがみこみ、ペンダントを拾う。立ち上がって、ティエラに向かって腕を差し出す。
「ほら。もう、失くすなよ」
懐かしい記憶が戻ってきていたティエラに、さらに他の記憶が重なる。
『ほら、これ渡しとくから。だから泣き止めよ』
あれは、ソルが戦場に向かう前の話だ。
泣いているティエラに、ソルが身に着けていたペンダントを渡してくれた。
ティエラの瞳からは涙が溢れる。
いつも、この人の前では泣いてばかりな気がする。
ソルが差し出している手を、ティエラは両手で包んだ。
「は? 何で見つかったのに、泣いてんだよあんたは」
これまでは、漠然としていた彼への記憶や想いがはっきりしてくる。
ソルについての様々な想いが一気に去来する。
(ルーナと結婚してもしなくても、国の決まりがある。この人とは好き同士でも結ばれない。私は、女王にならないといけない)
でも、自分の気持ちには嘘はつけない。
ティエラは、泣きながらソルを見上げた。
碧の瞳と出会う。
決して、ソルからもらったペンダントは高価な物ではない。
叶えてくれる願いも、ささいな事と言われればそうだ。
だけど――。
(いつも私のそばで、嫌がることなく、私のささいな願いを叶えてくれていたのは――)
私は。
私は、こんなにもこの人のことが――。
昔のように、ティエラは黙ってソルに抱き寄せられ、彼の胸でしばらく泣き続けた。




