太湯の追憶6
ソル視点。
祭りの喧騒からは、やや離れてしまった。
街の外れにある小川。小さな橋の前に、ローブを着た異国の男を追い詰めた。
男の息は上がっていた。対照的に、ティエラを担いだまま走っていたはずのソルの呼吸は、いつもと変わらなかった。
ソルに対峙した相手は、異国の言葉を使うため、何を話しているのか全体では分からない。
『違う』
『来るな』
『化け物』
だが、時折聴こえる単語については所々理解できた。
(化け物……か)
他国の民からしたら、この国の神器の加護と言っても何の事だかさっぱり分からないだろう。迷信だと思われている節もあり、時折、他国から侵略を受けることがある。
最近、父からソルに神器の力の移行が始まっていた。力が自分の元に来ると同時に、これまでも高かった身体能力が飛躍的に上がっていった。視覚や聴覚の機能が向上しているのも、その一つだ。
常人では理解できない身体機能の変化に、ソル自身も戸惑いがある。
「ソルは化け物じゃないわ! 取り消して!」
ソルの肩に担がれていたティエラが、男に向かって叫んだ。彼女は、他国の言葉でも言い直そうとしたが、失敗していた。
ソルは、彼女を地面にゆっくり下ろした。
ティエラに声をかけてから、目の前の男に対峙する。
「あんた、あんまり気にするな。……良いからおっさん、台座持ってんだろ? それ返せよ」
ソルが言うのが早いか、男が短刀を持ち、そのままこちらめがけて特攻してくる。
ティエラを庇った後、そのまま手刀で、男の手から短刀を叩き落とした。
そのまま腕を掴もうとすると、男はばさりとローブをソルに叩きつけ、小さな橋に向かって走り出す。
「待て!」
ソルが叫んだと思うと、隣を何かが走る。
飛び出してきたのはネロで、逃げようとする男にそのまま飛び付いた。
「捕まえた!」
ネロが叫ぶ。
他国の男は、ネロから逃れようと身体をじたばたさせていたが、しばらくすると観念したようで動かなくなった。
それを見て、ソルは男に近付いた。
「さっさと台座を返せば良いのに、なんでこんなに抵抗したんだか……ほら」
ネロが少しだけ力を緩めたのか、男は懐から、ティエラの台座を取り出した。
ソルがそれを受け取ろうとした瞬間。
「あ!」
ティエラが思わず叫ぶ。
異国の民が、台座を小川に投げ捨ててしまった。
小川は、流れは速くないが、時間が立てば流されてしまうだろう。
ティエラの顔がみるみる歪んでいく。
それを見たソルは、橋の欄干に足を掛けてそのまま小川に飛び降りた。
激しい川の飛沫が辺りに飛んだ。




