第114話 ネロ・ヒュドール
「半分当たりかな」
そうして、目の前の青年は不敵な笑みを浮かべて、ティエラ達を見据えたのだった。
青年は、ソルに視線を移す。
しばらく睨み合いが続いた。
先に折れたのは青年の方だった。
「……って、まあ俺が挑んでも、負けんのが分かってるからねぇ」
先程ソルが、彼をネロと呼んでいた。
ネロと言う名の青銅色の髪をした青年は、垂れ気味の目を和らげてソルに声を掛けた。彼は、騎士団の衣服を身に付けていることから、そのままその通りの騎士なのだろう。
ソルに話し掛ける様子から、二人は知り合い同士なのかもしれない。
「ちょっと、今日は優先順位があって、ソル達は後日で良いって言われてんだよね」
そう言いながら、彼は長槍を下ろした。
ソルは一応そのまま、神剣を構えている。
ネロは、また話し始めた。
「ソル、一応聞くけど、この孤児院に住んでる亜麻色の髪の男の子、知らない?」
ティエラは、一人該当する少年が頭に浮かんだ。
ソルは首を振った。
ネロは、ソルの近くまで歩いてきている。
「そうか。それは残念だなぁ」
ネロはがっくりと項垂れた。
かと思うと、ティエラとグレーテルの近くへ現れ、話し始める。
いつの間に距離を縮められたのだろう。速い。
「姫様、相変わらず麗しいですね。グレーテルちゃんも今日も可愛くて結構な事で」
ティエラは反応に困ってしまう。
グレーテルは、つんとした態度で話した。
「相変わらずネロ様、ちゃらちゃらしてて好きじゃないです~」
「グレーテルちゃん、相変わらずきついねぇ。でも、そういう所が良いんだよなぁ」
ネロは、とても爽やかに笑いながらそう言った。
そしてまた、彼はソルに向き合う。
「ああ、あと、あの扉壊したの、経費……はダメだな。イリョス様かルーナ様か、お前の給金から払ってもらうように伝えとくわ」
「は? なんで俺の――」
「じゃ、そういう事で!」
ソルの言葉を遮って、素早くネロは去っていった。
彼の後ろに控えていた騎士や魔術師らも、ネロに付いて立ち去った。
(何でわざわざ扉を壊したんだろう?)
立て付けが悪かったのかもしれない……。
気を取り直して、ティエラはソルに話し掛けた。
「ソルのお知り合い? よく喋る、ちょっとルーナみたいな人だったわね……」
ティエラがそう言うと、彼女以外の三人が不思議そうな表情をした。
「ネロ様が、ルーナ様みたいって、どういうことですか?」
グレーテルが、ティエラに尋ねた。
「女性達に対して、麗しいとか、可愛らしいとか、そういうことを平然と言うところよ」
ティエラが、そう答える。
他の三人が、三人とも、彼女の方を見た。
「あの変態は、お前にだけだろ」
「そうです~~。ルーナ様は来るもの拒まずだっただけですよ~~。あの人は返事するだけで、女性が勝手に勘違いしちゃうんです。姫様以外の人に、そういうことは言いません」
「あれが色目を使うときは、誰かの弱味を握る時だっただろう?」
ソル、グレーテル、セリニがそれぞれ答えた。
ティエラの目は丸くなる。
「てっきり、ルーナは、女性になら、誰にでも言ってるのだと思ってたわ……」
ティエラが皆に返答した。
しばし、誰も何も言わなかった。
セリニが咳払いした。
「まあ、ともかくだ。あの平民出身の……なんだったか」
「ネロだ」
「そう、そのネロとか言うのが探しているのは、おそらくは……」
セリニが話している途中だったが、グレーテルが話す。
「エガタくんですか~~? ネロ様、男の人は男の子でも覚えることが出来ないから、探すのには時間がかかると思います~~」
ソルはため息をついた。
「確かに、ネロは男の顔は覚えきれないな。立場が上の人間や、女の顔は覚えるが」
それを聞いて、セリニは呆れた様子だったが、気を取り直して話し始めた。
「まあ、だが、対策は練った方が良い。あれが来たら、姫様共々連れていかれてしまう」
ソルとグレーテルが、セリニに同意する。
セリニの言う『あれ』とはルーナの事だ。
どうしてエガタがルーナ達に狙われているのかは分からなかったが、ティエラもセリニに対してこくりと頷いた。




