第112話 神器がもたらしたのは
ティエラは、ルーナが話していたことを思い出していた。
『何の加護もない神器』だと、彼が言っていたことを。
神器は確かに、ティエラ達に何らかの力を与えてくれている。
ソルの剣の神器は彼に、他の人間達よりも秀でた身体能力や剣技の力といった加護をもたらしているだろう。
だが、それが当の本人にとっての『加護』かどうかは分からない。
セリニと別れた後、ティエラは考え事をしながら廊下を歩いていた。ちょうど前方から、アルクダが歩いてくる。
なぜか彼は、廊下の端に避けた。
「あの、アルクダさん……?」
ティエラが声を掛ける。
「すみません。反射なんですよ~~」
ティエラは、アルクダに苦手に思われているのは知っている。けれども、嫌われてはいないと思い込んでいた。あまりにも避けられると、ちょっぴり傷付く。
ティエラは、じっとりとした目をアルクダに向けた。
「やめてくださいよ~~。僕、ルーナ様やソル様に、まだ殺されたくないんですよ~~」
誰かに好かれることで、誰かに苦手に思われるなんて因果である。
(そういえば、アルクダさんって、いつからソルのところにいたんだっけ?)
さっぱり記憶になかった。
本人に聞いたら失礼かもしれない。
(後からグレーテルに聞こうかな?)
そうしようと思い、ティエラが考えていると――。
「そういえば姫様。この間、久しぶりにソル様がうなされてましたね~~」
壁に張り付いたままのアルクダが、ティエラに声を掛けた。
(ん……?)
「姫様が行ってくださって、僕、助か――」
ティエラがアルクダの近くに現れたので、彼は、声なき声を上げた。
「アルクダさん、部屋かなり遠かったですよね」
「え、ええ、まあ」
アルクダが、あからさまに慌てている。
ティエラは、さらに彼をじっと見つめる。
「覗きじゃないですから、安心して下さい! 聞こえたんですよ~~、たまたま」
アルクダは耳が良いらしいから、廊下にいて気付いたのかもしれない。
「聴こえてたなら、部屋に入ってきて下さい!」
「いやいや、ああいう時のソル様には、姫様が効くんですよ、いつも」
『いつも』という単語が気になった。
「わりと、起こるんですか?」
「それはティエラ様の方こそ御存知でしょ~~」
そうは言われても、ティエラは覚えていない。
アルクダが、はっとする。ティエラに謝るが、彼女は聞いていなかった。
ソルは、粗野な言い方はするし、好戦的な面はある。
動物や魔物を倒す姿は、ティエラもよく見ていた。
人と戦う時に嬉々としている事もあったが、決して彼らの命を奪うことはなかった。
「戦後しばらくは、わりと普通にああいう人達いたんですよ。混乱したりとか、人によっては起きてても何か見えてたり……」
アルクダは、ティエラがソルについて知りたがっている事に気づいたようだ。少しだけ、ソルにまつわることを教えてくれる。
「ソル様は、神器の使い手だからという理由で、普通の人達の比じゃない位、敵の相手をさせられていました」
アルクダの表情には、陰りが見える。
「でも、ソル様はルーナ様と違って、普通の感性してますからね。かなり、きつかったみたいです。ソル様は、神器の使い手じゃなかったら、普通の人達と同じ生活してたんでしょうけどね」
ソルは、たまたま剣の一族の男児に産まれてしまっただけだ。
継承者になることが義務付けられ、自分の意思とは関係なく、それに応じざるを得なかったに過ぎない。
「僕が色々話したのは、ソル様には内緒にしてて下さいね」
アルクダは、そう言ってその場を後にした。
ティエラは、しばらく考えていた。
神器は加護を与えるどころか、誰かの人生を狂わせる力を持っているのかもしれない。
鏡の神器の守護者である自分が、そう考えるべきではないかもしれないけれど。
気づけば、辺りは夜闇に包まれていた。
いつの間にか、太陽はそこからいなくなっていた。




