第111話 揺れる陽
ボヌスの都から、ウルブの都に戻る際、時間短縮のために馬での移動となった。
途中にあるアウェスの街に一泊した後、今度はエスパシオの街まで北上したのだった。
以前、徒歩の際には数日かかったが、馬があったため早く着いた。
「今晩は、教会か孤児院に泊めてもらおうか」
セリニに言われ、五人は宿は取らずにそのまま教会へ向かう。
彼は元々大公プラティエスの弟子だ。大公一家に仕えていたモニカとも知り合いらしい。
教会に入ると、修道女の姿がティエラの黄金の瞳に映った。
「モニカさん、こんにちは」
ティエラが話し掛けると、モニカはとても驚いているようだった。
「姫……ティエラ様、戻ってこられて大丈夫なのですか?」
ティエラが、ウルブの都に戻ろうとしていることを話そうとし始めた時、モニカが不思議そうな顔をした。
「あら? 以前より人が増えましたか?」
前回見掛けなかったローブを着た人物を、モニカは見る。
ローブの奥にある青年の顔を見て、モニカは驚きの声をあげた。
「せ、セリニ様!?」
セリニがローブを少しだけ頭から外したので、銀色の髪と赤い瞳が顕になった。彼はモニカに挨拶をする。
「モニカ、久しぶりだな。すまぬが、泊めてはくれないか?」
モニカのただでさえ丸い目が、ますます大きくなっている。
「……は、はい! ぜひ」
心なしかモニカの頬が赤い気がした。
対するセリニは、特に何も考えていなさそうだ。
(こ、これは……)
ティエラはモニカに思うところがあった。だが、それ以上は気にしない事にしたのだった。
※※※
夕暮れ時の孤児院の裏手。
「だいぶ勘は戻ってきなさいましたか?」
セリニに問われ、ティエラは頷いた。
時折、彼女は彼に魔術を教え直してもらっていた。
普段はソルも一緒だ。だが、今日は珍しく、彼はティエラのそばを離れている。
セリニは国で二番手の魔術師ということもあり、強い。ソルとしても、安心してティエラを任せやすいようだった。
ソルと共に過ごすのは、ティエラとしても心地好い。だが、それには難点もあった。四六時中一緒だと、他の人にソルの事を聞きづらいのだ。
先日の夜、うなされていたソル。その事が、ティエラは気がかりだった。
ちょうど何か知っているようだったセリニと、彼女は今二人きりである。
質問する良い機会だと思い、彼女はセリニに声を掛けた。
「あやつが、ですか?」
「ええ、この間の夜にとても苦しそうで……」
事情を話したところ、セリニがぽつりと呟いた。
「やはり、また出ましたか……」
「また、ですか? 以前もあったんですか?」
ティエラの問いかけに、セリニは首肯した。
「ルーナと出会って以降の記憶は、わりとまばらのようですね」
それを聞いて、ティエラは少しだけ落ち込む。
(ルーナだけでなく、ソルについても大事なことを覚えていない)
ティエラはペンダントを握った。
「数年前の戦のことはお覚えですか?」
セリニが、彼女をじっと見つめる。
「ソルを見送ったことは覚えています」
「その後は?」
ティエラは、首を横に振った。
セリニは少しだけ悩んでいる様子だったが、彼女を見て、話し始めた。
「剣の……あやつは、英雄と呼ばれるのを嫌っている」
ソルが英雄と言われているのは知っている。彼が成人したばかりの頃、当時の戦争で勝利を納めた立役者だったからのはずだ。
それは、つまり――。
「人を、殺めすぎたのですよ」
ティエラの鼓動がどんどん早くなっていく。
「あの戦以来、あやつは人を殺せない」
セリニはティエラから視線をはずした。
ソルは戦うのを好むが、絶対に人は殺さない。
これまでの旅で、ティエラはそのことを知っている。
「大人達は、可哀想な事をした……」
セリニは寂しげに、そう呟いた。




