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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第4部 竜の章

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第109話 月の演説




 あいにくの雨だった。

 小雨が降りしきる中、ボヌスの都の城の前には、大勢の人々がいた。

 老若男女問わず、貴族も平民も集まっている。もちろん、貧民街の者達もだ。

 穏やかに談笑をしている人たちも中にはいた。が、最近の国の情勢があまり良くない事もあり、暗い表情の者が多い。

 ガラの悪そうな輩も一定数存在する。


「各地で、色々起きてるだろう?」


「何か辺境の方では、また公国だか、帝国だかが侵略して来ようとしてるらしいじゃないか」


「貧富の差だって、拡がっていく一方だ」


 人々のざわめきは止まない。


「宰相就任……祝いの場だって言うのに、葬式みたいな暗さだな」


 外套を被って髪を隠したソルが、ティエラにそう声をかけた。


「そうね……」


 ティエラは、沈痛な面持ちを浮かべた。


「女が初めて王になるから、こんなことになってるんじゃないか?」


「国王様や宰相様がお亡くなりだっていうのに、姫様は公の場に顔を出しもしない」


 人々のあきれ声や、ため息も聴こえてくる。

 ティエラは、民衆の意見に胸を痛めた。

 ――自国の民達が苦しんでいる状況に、これまで気づけていなかった。辛いが、為政者としては知っておかなければならないだろう。


(知らなかった、では済まされないわ……)


 それまでざわめいていた人々の話し声が、少しずつ前方から止み始める。

 ティエラは、人垣の合間から奥を覗いてみる。城の正面の高い位置にある濡れ縁へと、ルーナが歩み出ている姿が見えた。

 彼は大衆を見下ろす位置に来ると、悠然と四方を見渡した。

 そうして、ゆっくりと口を開いた。


「皆様、私の宰相就任のためにお集まりいただき、本当にありがとうございます」


 凛とした声が響く。

 周囲で、「本当に美しい御方だ」、「守護者様の像にそっくりね」などといった話が、ひそひそと聴こえる。


「姫様は、父上様の件と、前宰相の件に心を痛めており、こちらには見えておりません。前宰相の件では、皆様に多大なご迷惑をおかけ致しました」


 野次が飛び交い始める。

 先程、ティエラが聞いたような内容も多い。


「姫様の治世を心配されて、ノワ様が反乱を起こしたんじゃないか!?」


 その民の声がひと際大きく響いた。


「皆様には見苦しい兄弟喧嘩を見せてしまい、心苦しく思っております」


 本当に苦しそうな表情を、ルーナは浮かべていた。

 美しい顔が歪むのを見て、人々の野次は静まった。ほおっと、ため息をついている婦人や老人達も多い。


 ――ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。


「今日は姫様に代わり、私からお伝えしたいことがあります」


 ルーナの涼やかな声が拡がる。


「皆様、御存知の通り、現在国内の各地でいくつかの反乱が起こっています。また隣国スフェラ公国からの侵略が、始まろうとしています」


 大衆がざわめき始めた。

 ソルが、呟く。


「そんな話はなかったはずだ。そもそも、あの国にはまだそんな……」


 ルーナが続ける。

 



「ところで、皆様は、神器の加護を感じたことはございますか?」




 そうルーナが言った瞬間、水を打ったように場が静まり返る。



「神器の一族達や、一部の特権階級の者達だけが得る加護に、何か意味を感じますか?」



 主に貧民街に住む者達から、ざわめきを感じた。

 雨は次第に強さを増してきた。

 だが、離れる者はいない。




「私は一部の者だけが得る力などに意味はないと思っています」




 まさか守護者本人からそのような発言が出るとは思っていなかったのだろう。

 民達は、少しばかり混乱もしているようだ。



「今のままでは、いずれ一族も途絶え、国も侵略され、いや、竜に飲まれ、潰えるでしょう」



 淀んだ雲がボヌスの都全体を覆っている。

 雷鳴が響きだす。



「ですが、ご安心ください。私が王族となった暁には、この国を、竜からも他国からも護ってみせます」



 そうルーナが言った瞬間。

 広場の空が光る。

 雷が堕ちた。




 誰もがそう思った。





 ――だが、その瞬間は訪れなかった。



 広場全体が薄い膜のような何かに覆われ、その周囲に雷がじりじりとまとわりついていた。



「陣を展開したか……」


 セリニが呟いた。




 そして、ルーナが声を張り上げ、高らかに宣言した。



「私が宝玉の力で、貴殿方を御守り致します。そして、必ずや皆様に勝利を捧げましょう」



 そう彼が言った瞬間、歓声がなり響いた。


 あちらこちらで、拍手や喜びの声が拡がる。


 「ルーナ様」「ティエラ様」と言った声は次第に大きくなっていく。


 目の前で、実際に落雷から身を守られた民衆は、興奮に包まれている。


 その場に、ある種の一体感が形成された。




 ティエラの心は、なんだか落ち着かない。




 そんな中、民衆の声が聴こえた。


「先の戦では、剣の守護者様がご活躍なさっていたよな」


 当の本人であるソルがぴくりと反応した。


 誰かのその発言で、人々のざわめきが増す。


「数年前の戦でもそうだった」


「状況は最悪だったが、剣の守護者様が、敵の親玉を叩いたんだったな」


「癒しの姫様に、月の化身の生まれ変わりであるルーナ様と、先の大戦の英雄がいてくだされば……」



 そう言って、民衆はさらに騒ぎ立てていく。


 ルーナは、ティエラを連れていく際に、ソルの事も連れ戻すつもりのはずだ。

 戻れば皆の言うように、ルーナがソルを戦わせる可能性は高い。


 ティエラは、ルーナが去っていく姿を見た後に、ソルへと視線を移した。

 ソルの顔色が、あまり優れない気がした。

 彼女の耳に、彼の呟きが届いた。




「また俺に、人を殺せっていうのかよ……?」





 その悲痛な声も、喧騒に飲まれ消えていった。




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