第108.75話 アリスを訪ねた者は
「アリス」
アリスはふいに後ろから名前を呼び止められた。
彼女は、腰まで届く金の髪を揺らしながら、声の主の方を振り返った。
「久しぶり、元気にしてたか?」
そこには、青銅色の髪を短く刈りあげ、騎士団の服を着た青年が立っていた。煉瓦色で、たれ気味の目をしている。
「ネロ」
アリスは、青年に対して返事をする。
「ねえねえ、なになに? 今上層部は、何が起きてんの? 俺ら借り出されてるけど、全然理由がわかんないんだけどさ」
口調こそ明るいが、内情を探るような聞き方をされている。彼とは長い付き合いにはなる。けれどもアリスは少しだけ、彼に警戒しようと身構えた。
「まあ、そう警戒しなさんなって。この前、ノワ様の一件があっただろ? その時、たまたまソルを見かけてさ。一応、俺たち騎士団も、上の方にだけは、ソル捕縛の命が出てたわけだけど」
アリスはぴくりと反応してしまう。
ネロと呼ばれた青年は、少しだけ声のトーンを落として、アリスに話し続ける。
「それがなんと、ティエラ姫も一緒だったんだよ。俺はついに、彼女をルーナ様から連れ去ったんだと思ってたんだ。けど、あまりに他で事件が頻発しているだろ?」
ネロに、ルーナが国王陛下を暗殺したかもしれないという話は出来ない。
アリスも、ソルが追われているのは知っている。実際に逃がしたりもしていたわけだが、事件との詳しい関連まではわかっていない。
ティエラ姫とソルは、国王陛下を殺した可能性が高いルーナの元へと一旦は帰らない決断をしていた。そして、彼が何を考えているのか知ろうとしていたのは間違いない。
「国王陛下の死亡のタイミングも、タイミングだしさ。こりゃ別になんかありそうだなって?」
相変わらず、勘は良い男だなと、アリスはある意味で感心した。
彼女は威嚇するように、ネロの茶色い瞳を見た。
「それで? 私がフロース様の護衛騎士をしているから、何か情報が聞けそうだとでも思ったのか?」
「お、やっと喋ったね」
「お前が喋りすぎなんだ!」
軽口を叩かれ、アリスはついネロに対して怒鳴りつけてしまう。
「沸点、低っ!」
ネロに、そう返され、アリスははっとなった。
「すまない」
アリスにはこういうところがある。誰かにからかわれたりすると、すぐに反応してしまう。なかなか癖は抜けない。
ソルに対しても、すぐに注意をしてしまう。
成人しているのに、異性に声をかけられない理由の一つかもしれない。
そもそも、ソルとの縁談話が出てもいるのだが。
(まあ、仕事がやりたいから、別にいいが……。よくないな、こういうところは)
「いや、アリスのそういう真面目で直情的なところが俺は結構気にいってるんだ」
「からかうな!」
またアリスは怒鳴ってしまった。
ネロは破顔して返した。
「ほら、そういうところだって」
そうして、わりと真面目な表情に戻ったネロがアリスの耳元で囁いてきた。
「その髪も、ティエラ姫の真似して伸ばしてるんだろ? そういうとこ、可愛いと思うけど」
アリスは、近づいてきたネロからさっと距離をとった。
騎士だというのに、間をつめられるとは不覚だったと彼女は思う。
ネロは、こういう誰かの隙を狙うのを、戦いの場でも得意としている。
「ソルのこと、何かわかったら教えてくれ。しばらく、ウルブに滞在しているからさ」
そう言ってネロは去っていった。
走っていき、別の騎士と合流する。
彼は、また談笑しているのだろう。遠くから、明るい笑い声が聞こえた。
「相変わらず、嵐のような男だ……」
一人残されたアリスは、そう呟いた。




