第108話 演説当日朝・大地が太陽の腕の中で思うこと
ティエラは、夜が明けるかどうかという頃に、目が覚めてしまう。
――色んな事を考えすぎたのだろうか。眠りも浅いようで、身体に疲労が残っている。
彼女は身体を起こし、窓辺まで歩いた。窓を開放すると、冷たい夜風が部屋に入ってくる。
(お父様にとり憑いていた竜――)
あの空間での出来事を思い出すと、彼女は身震いした。
(あれは一体、お父様の身体をどこに連れていったの――? 取り戻したら、ちゃんと弔ってあげたい……)
『ティエラ、あまりお転婆がすぎると、ソルが大変だよ』
ふと、生前の父の姿が、彼女の脳裏に浮かぶ。
――病気がちだが、いつもティエラを案じる優しい父だったのを思い出せる。
金の瞳が潤んできた。
物悲しくなり、彼女は空を見上げる。
月がまた隠れようとしていた。
(夜空を観ていると、なんだか切なくて苦しくなる……)
『貴方、嘘をついてるわ』
ティエラがルーナに対し、咄嗟に口をついて出た言葉だった。
(あの時、なぜだか強くそう感じた……ルーナの発言と行動に、どうしても違和感がある気がする。せめて、父が亡くなった時の事だけでも思い出せていたら……)
まだ、思い出せない事にティエラは焦りを感じている。ルーナに関する事ばかりが、記憶から抜け落ちていた。
(思い出せたとしても、ルーナは、多くの命を奪うきっかけを作った。取り返しはつかない……彼にこれ以上、罪は重ねてほしくない)
そう考えていたら、ティエラの瞳から、一雫の涙がこぼれ落ちた。気持ちの収拾がつかず、泪はどんどん溢れてくる。
少しだけ、空に赤みが差し始めた。
隣の部屋――ソルがいる部屋の窓が開く。
彼に泣き顔を見せたくなくて、ティエラは慌てて部屋の中に引っ込んだ。
「どうした?」
向こうから、ソルの優しくて甘い声が聞こえる。
――昔からいつも、彼の前では泣いてばかり――。
「そっちに行って良いか?」
「――いや」
ティエラは咄嗟にそう言ってしまった。
沈黙が二人の間に落ちる。
「分かった」
軽くため息をついて、ソルがまた窓を閉じようとした。
「待って!」
ティエラが大きな声を出したので、近くに停まっていた鳥が一斉に飛び立つ。
――自分でも、大きい声が出たのでびっくりしていた。
隣の窓が閉まる。
(声をかけるのが遅かった……むしろ、私が嫌だって言ったんだった……気持ちが落ち着かないからといって、ソルに八つ当たりしたのに近い……)
結局また、自己嫌悪で泣いていたティエラの背後から、カタンと音がした。
振り返ると、隣の部屋に続く扉が開いているではないか――。
(鍵がなかったんだった……)
「悪い、勝手に」
開けた場所に、紅い髪の護衛騎士ソルが立っていた。
ティエラは思わず俯くと同時に、両手でペンダントを握る。
「前も言ったけど、俺はあんたが泣いてるのは苦手なんだ」
いつものようにソルがため息をついた。
「陛下と、ルーナのことだろ?」
そう問われたが、ティエラは俯いたままだったので、頷くことが出来なかった。しばらく、彼女の頬を涙が流れる。
ソルがティエラに近付いてきていた。
彼から彼女は、手首を掴まれる。
気付いたら、ティエラはソルの腕の中にいた。
「……陛下のご遺体を、取り返せなくて悪かった」
ティエラの顔の近くで、ソルは呻くようにそう言った。彼が後悔しているのが、彼女には伝わってくる。
「ソルは、優しすぎる……」
国王にとり憑いた竜。
――もし仮に、ルーナが剣の神器の使い手だったなら、あのまま父に止めを刺していただろう。
ルーナについて。
何があっても……ティエラがルーナの事を考えたりすることがあっても、ソルは絶対にティエラをなじったりはしない。
数日前も、ソルは、ルーナとティエラの一部始終――無理矢理口づけられた場面を見ていた。記憶に関する話以外で、後からあの一件について触れてくることはなかった。
竜の居た空間での、ルーナとソルのやりとりも思い出した。
元々、ティエラが幼少期の頃から、三人で過ごす機会は多かったはずだ。
ソルとルーナは一見すると仲が悪い。だが、実際はお互いに認め合っているところもあるのだろう。
ソルの態度がわりと明るいので、深く考えていなかった。だが、今回のルーナの一連の騒動で、ソル自身の哀しみは想像より深いのかもしれない。
(私は、自分の事ばかりで、ソルの優しさに甘えていただけ……私はソルの優しさを大事にしたい――セリニさんの言う人物に会ったら、私は――)
ソルに抱き締められながら、ティエラは決意を固めたのだった。




