第103話 死して大地に巣くう者
「お父様……亡くなったんじゃ…?」
ティエラは衝撃を受けていた。
彼女の父は、ルーナに殺された可能性が高かったはずだ。
なのに、今ティエラの目の前に立っている男は、生前の父と何ら変わらない姿をしている。
「ティエラ、どうしたんだい?そんなに大きな声を出して」
男は、彼女の名を呼んだ。
――亡くなったと思っていた父がそこにいる。
ティエラの瞳から、涙が溢れた。
そばに行こうと彼のいる方へ、彼女が足を踏み出そうとしたその時――。
「駄目です、姫様!」
彼女の後ろから、駆けつけてきたルーナの声が聞こえる。彼が叫ぶのは珍しかった。切望した声に、ティエラも驚く。
「ルーナ、だって……!」
ティエラが叫ぶ。
「聞いてください、姫様。あれは……」
彼女は、父の方へと腕を伸ばした。
ティエラの父が口を開く。
「その銀の髪。忘れもしない」
――どういう事だろうか。父とルーナは知り合いのはずだ。なのに――。
彼の言い方に、ティエラは違和感を感じる。
「あと数日立てば、もっと美味いだろうけど、もう良いだろう」
「お父……様?」
父の口から到底出るとは思えない発言が出てきた。
ティエラは、不信感が強くなっていく。
「あの男は、貴女のお父上ではありません。あれは……!」
ティエラに説明しようと、ルーナが声を上げる。
遮るように国王は告げた。
「その女、知らないでここに来たのか?」
ティエラの父とは思えない程の低い声で、二人は問われる。
「何も知らない……」
ティエラは絞り出すようにして告げる。
それを聞いて、国王の姿をした男は高笑いした。
決して父ならしないその姿に、彼女はさらに動揺してしまう。
「女を喰うのは、何十年ぶりかな――ブルームとフィオーレとかいう、花の名前の姉妹以来か――妹には逃げられたが、姉はとても美味かった」
彼が悠然と笑んだかと思うと、風が吹きすさび始める。
「風が……」
ルーナが手をかざした。
ティエラと彼を囲むように方円が現れる。
彼女の視界に薄い膜のようなものが出来たと思った瞬間、強風がその膜を襲ってきた。視界が揺れる。
ルーナが、かばうようにしてティエラを後ろに追いやった。
「姫様は後ろにいらして下さい」
ルーナから静かに告げられた後、彼が詠唱に入った。
すぐに言葉は切れ、国王の足元の岩が崩れる。
ルーナが次の詠唱に入るや否や、国王はそのまま宙へと落下した――。
――かのように見えたが――彼は落ちない。
「落ちるところ、だったろう?」
国王の姿をした男は、その場に浮いていた。
「貴方は誰なの!? どうしてお父様と似ているの!?」
ティエラが、魔術陣の中から叫ぶ。
それを冷めた目で見る国王姿の男は、こう告げた。
「それは、この身体がお前の父の物だからだよ」
彼女は、その男の言葉に、さらなる衝撃を受けた。
「ちょうど良いところに落ちていたから拾ってやった。死んだ後だから、本来の力が出せないのが残念だがな」
そう言った男の身体が、激しい炎に包まれた。
男は断末魔を上げている。
(お父様の身体が……!)
苦しそうな父の声に、ティエラは陣から外に飛び出てしまう。知らない誰かとは言え、身体は父の物だ。
それを確認した瞬間――。
焼けていた男の口が、三日月の形に笑んだ。
風の刃が、ティエラを襲う。
「姫様!」
ルーナが叫ぶと同時に、ティエラの身体が引き寄せられる。
風と相殺するように、風が彼女の頭上を駆け抜けた。
気づけば――。
――ルーナが、ティエラの身体を覆うようにして庇ってくれているではないか――。
「姫様が無事で良かった」
ルーナはティエラに微笑む。
彼女を庇うように、彼は立ち上がった。
彼の肩を見て、ティエラは驚く。
「ルーナ、怪我して……」
左肩から背にかけて、彼の体には血が滲んでいた。
(私が陣から出なければ……)
後悔がティエラを襲う。
ルーナの魔術は、相手よりも格段に強かった。
だが、父の姿をした者は何度も炎に焼かれ倒れるが、その度に復活する。
ティエラは父の身体が何度も滅びるのを眼にし、途中からその姿を直視することが出来なくなっていた。
それでも相手はまだ死なない。
――何回、父は死んだだろうか。
「申し訳ありません、姫様……。剣の神器でなければ、あれは……」
ティエラが見上げると、ルーナの呼吸が上がってきているのが分かった。
いつも平然としている彼が疲れてきている。
「ソルじゃないと、いけないの?」
「ええ……」
遠くで雷が煌めくのが見える。
ティエラの瞳が不安に揺れる。
ルーナは、涼やかな声でティエラに語りかけた。
「あの男は貴方のためなら、どんな状況でも、絶対に帰ってきます」
――そう言われたのが、意外だったのかもしれない。
(ルーナ……?)
ティエラは、ルーナを見つめた。
彼は感情的に続ける。
「早く来い――」
ルーナは静かな声で、唯一彼と対等なる存在を呼んだ。
「――ソル!」
ルーナが叫ぶ。
刹那――――。
ティエラ達の背後から炎がたなびき、国王まで飛ぶ。
「――やっと見つけた」
ルーナでも父でもない男の声が聞こえた。
「珍しいな、ルーナ、お前が苦戦してるなんて――」
ルーナが安堵の息を吐く。
「馬鹿が――来るのが遅い……」
彼の視線の先にいる、紅い髪の青年は――。
「ソル!」
感極まって、ティエラが彼の名を呼んだ。
「ティエラ、遅くなって悪い」
そう声をかけた後、ソルはルーナの方に向かって歩く。
「で? あれが今の敵か?」
焼けた身体を再生しようとしている男。
彼を指差し、ソルがルーナに問い掛ける。
「……ああ」
「じゃあ、一時休戦だな」
そうソルが伝え、ルーナの隣に並ぶ。
二人はティエラを護るように立った。
ルーナはソルに答える。
「姫様を守るためだ。今は――仕方がないだろうな」
再生しかけた男を、二人は捉えた。
「じゃあ、行くとするか――ルーナ」
「ああ――ソル」




