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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第4部 竜の章

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第102話 月と共に歩く




 ティエラはルーナと一緒に、連なる岩の上をしばらく歩き進めた。

 彼女は、彼の背を見ながら、先程の会話に思いを廻らせる。



『貴女にはこの国の最期の姫――いや、女王になっていただきたいのです』



 ルーナはティエラに向かって、確かにそう言っていた。

 皆は、彼が彼女に害する可能性はないと、いつも口にする。

 けれども、やはりルーナは、ティエラを騙していたようだ。いや、本人に騙していたつもりはないかもしれない。



 最期の女王と、彼は言っていた。

 ルーナは国自体を壊そうとしているのかもしれない。

 ――そのために、たくさんの人の命を奪っているのだろうか。

 その件について、ティエラは、国の姫として許容することができない。


 でも――。


(なぜ彼は、この国をこんなにも嫌っているのだろう?)


 宝玉の守護者に選ばれ、人生が縛られてしまったのが嫌だったのだろうか――?

 それとも何か理由があるのだろうか――?


(私との婚約も――)


 政略結婚でしかない。

 嫌々、ルーナはティエラの結婚相手に選ばれたのだろう。

 しかも、思い出す限り、ティエラもソルが好きだったようだ。

 婚約者がいるにも関わらず他の男にうつつを抜かすティエラを、ルーナは嫌っていた可能性もある。



(私が勝手に期待していただけだわ……)



 ――周囲の言うように、ルーナはもしかしたら自分のために、悪事に手を染めているのかもしれない。そう思いたかった自分がいた。あまり記憶が戻っていないので断言は出来ない。

 だが、記憶を失う前のティエラは、ルーナに対して、年上の男性としての憧れや尊敬を抱いていたようだ。

 異性に対しての好意という意味では、彼女はソルに恋をしていた。


 ただ、記憶を喪ってからのティエラは、甘い言葉を毎日囁いてくる婚約者のルーナに淡い恋心を抱いていた。

 もちろん、婚約者であるルーナしか頼れる相手がいなかったのもある。


 雛が親鳥を認識し、ついて回るような感覚にも似ていた。


 でも、ティエラは、確かにルーナが好きだったのだ。


 ルーナもティエラを慕っているなんて――。


 虫が良すぎる考えだっただけだ。


 少なくとも、ソルに気持ちを向けている自分は、そんな事を考えても良い立場ではなかった。




※※※




 二人は無言のまま、しばらく歩いた。



(ソルは大丈夫かしら――?)


 ティエラは、ソルの心配をした。

 ――一応自分にはルーナが一緒だが、彼はセリニと一緒なのだろうか?


 途中、次の岩まで距離のある場所に二人は差し掛かる。続く岩の幅も狭い。足を踏み間違えたら落下しそうだ。下を覗きたくないが、勝手に下が見える。ティエラの脚が震えた。


「姫様、こちらに」


 そう言って、ルーナがティエラに手を差し出してきた。

 その手をとっても良いかどうか、彼女は逡巡する。

 ――そもそも手をとっても、歩いて渡れるか分からない。


「気が利きませんでした」


 そう言われ、ティエラは先程のようにルーナに横抱きにされた。

 抱き寄せられた時、ティエラの頬に彼の白金色の髪が触れる。少しだけくすぐったくて、一月ほど前の出来事を、彼女は思い出した。


 ――今も、ルーナが何を考えているのかが分からない。

 恐怖や悲しさもある。ただ、過ごしていた頃を思い出すと、この人を待つ日々は幸せだったとも思う。


 ルーナはそのまま、小さな岩の上を歩ききった。

 広い岩に移った後も、しばらくティエラはルーナに抱えられたまま移動する。

 ほとんど会話がなかったが、ティエラは思いきってルーナに声をかけた。


「ルーナは、どうして国が消えればいいと思っているの? ルーナは、国を滅ぼして一体どうしたいの?」


「私は……」


 そうとだけ答えた彼は、一度瞬きをした。

 しばらく間があった。

 だけどルーナは、ティエラの質問にそれ以上は答えてはくれない。

 そうしていると――。


「きゃっ――!」


 ――突然ティエラの首元に、ルーナが顔を埋めてくる。亜麻色の髪が揺れた。

 突然のことに、ティエラは驚く。

 以前のように口付けられたらどうしようかと身構えた。


 だが――。


 そのような事はなかった。


「姫様……少しだけ、こうしていても良いでしょうか?」


 ルーナの吐息が洩れ、ティエラの首筋に触れる。ぴくりと彼女の身体が跳ねた。


 ティエラを抱えたままのルーナは、しばらくの間、その場で立ち尽くしていた。




※※※




(どれぐらい、歩いたのかしら――?)


 ルーナから降り、並んで歩いていたティエラはそう考えた。

 降りてから、やはり二人に会話はなかった。

 ティエラ達がいる空間は、薄ぼんやりとした場所で、時間の経過が分からない。

 ソルに本当に会えるのか、不安だ。


「あれは……」


 ルーナが何かに気づく。


 誰かいる。


 ソルかもしれない……


 そう思って、ティエラは駆け出した。


「姫様!」


 ルーナが後ろから叫んできたが、そのまま前に走る。


 目の前に人が見えた。


「ソル!?」




 だが、そこにいたのは――。




 ティエラと同じ亜麻色の髪。

 金色の瞳を持った壮年の男性。


 ティエラは記憶を疑う。


 だが、見間違うはずが、ない。



 彼女は、絞るようにして声を出した。




「お父……さま……」




 その人は、テラノ・オルビス・クラシオン。


 亡くなったはずの国王。


 ティエラの実の父親が、そこには立っていた。





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