第100話 月の思惑
夜半、ボヌス城の中の一室。
「それで……馬鹿正直に私のもとにいらしたと?」
白金色の髪に蒼い瞳を持つ美青年ルーナは、少しだけ憂いを帯びた表情でそう言う。
亜麻色の髪の王女ティエラと彼は、執務机をはさんで対峙していた。
昼は目立つということで、ティエラ達は夜に城に忍び込んでいた。
五人で活動すると目立つのもあり、グレーテルとアルクダは屋敷に残ってもらっている。ティエラの隣には紅髪の護衛騎士ソルと、銀の魔術師セリニが控えていた。
「姫様……私が迎えに参ると、申し上げたつもりだったのですが……」
ルーナはそう言って、ティエラに淡く微笑んだ。
そう言って彼は、ティエラの隣に立つソルとセリニの二人を一瞥した。凍えるように冷たい瞳だ。ティエラに見せたように優しくはなかった。
「そこの頭の悪い男はともかく、従兄弟殿まで……。長い間、のらりくらりと過ごされていたので、判断力が鈍っておいでですか?」
ルーナは嘆息する。
言い方こそ丁寧だったが、話す内容は辛辣だ。
「相変わらず、お前は俺にだけ当たりが強いな」
そう言うソルを、ルーナは無視し、ティエラに微笑みかけた。
「姫様が、私に逢いたくていらっしゃったのでしたら、とても嬉しくはございます」
すらすらと口上を述べるルーナに、ティエラは挑むように伝える。
「――あまり、私の国で好き放題しないで」
ティエラの言葉を受け、ルーナはしばらく黙った。
彼は悠然と笑んだ。
「記憶を失った貴女も、可愛らしかったのですが――」
「そういうのは、もう良いの。今日は、どうして貴方が国王であるお父様を殺し、これまでのような行動をとったのか聞きに来たの。人がたくさん死んでる。どんな理由であれ、許されないわ」
ルーナの発言を、ティエラはぴしゃりとはね除けた。
彼は目を伏せる。
そうして、またゆるりと瞼を上げる。
彼は、いつもの涼やかな口調でティエラに告げた。
「姫様――私はこの国が、好きではないのです」
ルーナの口調は、いつもと変わらない。
ティエラは、彼の様子に戸惑う。
彼女の心臓の音が、次第に大きくなっていく。
「先祖返りか何かしらないが、周りに色々言われ、私には何の加護もない神器に縛られ、今まで生きてきました」
ルーナは自身の事を話している。そのはずなのに、まるで他人の事を話しているようだった。
「貴女が女王になることも、私がそれを支えることも、私の本意ではない。けれど――」
ルーナの蒼い瞳に、光が見えない。
「――生きて、貴女に女王になっていただかなければ、私の望みが叶わない。竜に怯えるこの国など、消えてしまえば良い」
ルーナの声が、とても遠くに感じる。
「姫様……私のために、貴女には私の家族に、そしてこの国の最後の姫――いえ、女王になっていただきたいのです」
ルーナは、愛を囁くのと同じ調子でティエラに伝えてきた。
ティエラの足下がふらつく。
すぐにソルが、彼女を支えた。
ルーナは、さらに続けた。
「私と一緒に、この国が――オルビスが滅びていく様を、ともに見ていきましょう」
「――お前は……!」
ルーナに視線を向けるソルの表情が、怒りの形相に変わる。
「姫様……今のが理由では駄目でしょうか?」
ティエラは、無意識にペンダントを手に掴んでいた。手の震えが止まらない。
セリニは、ルーナを見て呟いた。
「ルーナ、お前は……」
ルーナは、ソルとセリニには特に反応しなかった。
「それでは、姫様、どうかお帰りを」
ティエラは、まとまりのない頭で、なんとか彼の話した内容を理解しようとした。
(やっぱり、ルーナは私を利用して……そして、この国を、滅ぼそうと……)
――考えるが、思考が追い付かない。
かろうじて、ティエラからは掠れた声が出た。
「ルーナ……」
そう、ティエラが呟いた瞬間。
彼女が手にした鏡の神器が、光を発し始めた。
目映い光が、薄暗い室内を包む。
――そして、光が弾けた。
光が消えた後、室内は暗闇と静寂に包まれる。
セリニが目を開けた。
そうして、部屋の中を見回す。
「一体……」
そこには、セリニが一人立っていた。
ティエラ・ソル・ルーナの三人の姿は、セリニの近くでは確認出来なかったのだった。




