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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第4部 竜の章

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第100話 月の思惑




 夜半、ボヌス城の中の一室。


「それで……馬鹿正直に私のもとにいらしたと?」


 白金色の髪に蒼い瞳を持つ美青年ルーナは、少しだけ憂いを帯びた表情でそう言う。

 亜麻色の髪の王女ティエラと彼は、執務机をはさんで対峙していた。

 昼は目立つということで、ティエラ達は夜に城に忍び込んでいた。

 五人で活動すると目立つのもあり、グレーテルとアルクダは屋敷に残ってもらっている。ティエラの隣には紅髪の護衛騎士ソルと、銀の魔術師セリニが控えていた。



「姫様……私が迎えに参ると、申し上げたつもりだったのですが……」



 ルーナはそう言って、ティエラに淡く微笑んだ。

 そう言って彼は、ティエラの隣に立つソルとセリニの二人を一瞥した。凍えるように冷たい瞳だ。ティエラに見せたように優しくはなかった。


「そこの頭の悪い男はともかく、従兄弟殿まで……。長い間、のらりくらりと過ごされていたので、判断力が鈍っておいでですか?」


 ルーナは嘆息する。

 言い方こそ丁寧だったが、話す内容は辛辣だ。


「相変わらず、お前は俺にだけ当たりが強いな」


 そう言うソルを、ルーナは無視し、ティエラに微笑みかけた。


「姫様が、私に逢いたくていらっしゃったのでしたら、とても嬉しくはございます」


 すらすらと口上を述べるルーナに、ティエラは挑むように伝える。


「――あまり、私の国で好き放題しないで」


 ティエラの言葉を受け、ルーナはしばらく黙った。

 彼は悠然と笑んだ。


「記憶を失った貴女も、可愛らしかったのですが――」


「そういうのは、もう良いの。今日は、どうして貴方が国王であるお父様を殺し、これまでのような行動をとったのか聞きに来たの。人がたくさん死んでる。どんな理由であれ、許されないわ」


 ルーナの発言を、ティエラはぴしゃりとはね除けた。

 彼は目を伏せる。

 そうして、またゆるりと瞼を上げる。

 彼は、いつもの涼やかな口調でティエラに告げた。




「姫様――私はこの国が、好きではないのです」




 ルーナの口調は、いつもと変わらない。

 ティエラは、彼の様子に戸惑う。

 彼女の心臓の音が、次第に大きくなっていく。



「先祖返りか何かしらないが、周りに色々言われ、私には何の加護もない神器に縛られ、今まで生きてきました」



 ルーナは自身の事を話している。そのはずなのに、まるで他人の事を話しているようだった。



「貴女が女王になることも、私がそれを支えることも、私の本意ではない。けれど――」



 ルーナの蒼い瞳に、光が見えない。



「――生きて、貴女に女王になっていただかなければ、私の望みが叶わない。竜に怯えるこの国など、消えてしまえば良い」



 ルーナの声が、とても遠くに感じる。



「姫様……私のために、貴女には私の家族に、そしてこの国の最後の姫――いえ、女王になっていただきたいのです」



 ルーナは、愛を囁くのと同じ調子でティエラに伝えてきた。

 ティエラの足下がふらつく。

 すぐにソルが、彼女を支えた。


 ルーナは、さらに続けた。



「私と一緒に、この国が――オルビスが滅びていく様を、ともに見ていきましょう」



「――お前は……!」


 ルーナに視線を向けるソルの表情が、怒りの形相に変わる。



「姫様……今のが理由では駄目でしょうか?」



 ティエラは、無意識にペンダントを手に掴んでいた。手の震えが止まらない。


 セリニは、ルーナを見て呟いた。


「ルーナ、お前は……」


 ルーナは、ソルとセリニには特に反応しなかった。


「それでは、姫様、どうかお帰りを」


 ティエラは、まとまりのない頭で、なんとか彼の話した内容を理解しようとした。



(やっぱり、ルーナは私を利用して……そして、この国を、滅ぼそうと……)



 ――考えるが、思考が追い付かない。

 かろうじて、ティエラからは掠れた声が出た。



「ルーナ……」



 そう、ティエラが呟いた瞬間。

 彼女が手にした鏡の神器が、光を発し始めた。


 目映い光が、薄暗い室内を包む。




 ――そして、光が弾けた。




 光が消えた後、室内は暗闇と静寂に包まれる。



 セリニが目を開けた。

 そうして、部屋の中を見回す。



「一体……」



 そこには、セリニが一人立っていた。


 ティエラ・ソル・ルーナの三人の姿は、セリニの近くでは確認出来なかったのだった。




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