月の咆哮3※R15
おそらくR15?まではいかないとは思いまが、人によってはご不快になる表現が含まれております。念のためにつけています。
ご了承いただける方はどうぞお願いいたします。
ルーナ視点です。彼が20歳になる前くらいです。
白金色の髪に蒼い瞳をした麗しき青年は、十歳年下の幼い婚約者の言動に困惑していた。
「家族……ですか?」
今しがたルーナは、十歳年下のティエラ姫への魔術の講義を終えた。基本的に講義の際、ソルは席を外しており、彼と彼女の二人きりだ。
終了したと思ったら、「ルーナの家族はどんな人達だったの?」と、幼い姫が尋ねてきた。
――また何か妙なことを聞いてきたな、このお姫様も。
ルーナはそう思ったが、表情は変えずに対応した。
「私も姫様と同じように、幼少期に母を失くしております。あとは父が育ててくださいました。その父も最近亡くなりましたが……」
ルーナが憂いを帯びた様子で微笑むと、ティエラが少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「先日、ルーナの実のお父様が亡くなったのは残念だったわね……。ルーナも、お母様が亡くなっていて、お父様だけ。そうして、私達はどちらも一人っ子だった。育った境遇が似ていたわね――」
「そうですね」
にこやかに、ルーナは婚約者の姫に返した。
――だいぶ父親の質が違うけれど。
ルーナは心の内で呟いた。
ティエラ姫は、母親が亡くなった代わりに、父王からの愛情を一身に受けて育っている。
ルーナはと言えば、父親からの暴力に、男娼紛いの事をさせられていた。
そんな汚れた男が、姫の婚約者に選ばれるだなんて、誰も思わなかったに違いない。玉の一族をはじめ、別の有力貴族達も高みの見物を決め込んでいるのだろう。
ルーナの父も最近、酒の飲み過ぎで死んでしまった。遺体を引き取ったルーナだったが、何の感慨も沸かなかった。残念な話だ。
「ねえ……ルーナは、子どもは何人ほしいのかしら?」
――また突拍子もない事を聞いてきたな。まだ十にもならない年だから仕方もない。
思わず、「貴女様もまだ子供ですよね」とルーナは返しそうになった。だが、もう成人している彼はぐっと堪えた。
「姫様……貴女様に似た御子様なら、とても可愛らしいでしょうね。何人でも構いませんよ」
自分で言って、ルーナはぞっとしてしまった。
――自分の血をひいた子どもなんてまっぴらごめんだ。一人たりとも欲しくはない。義務的には何人かもうけないとはいけないだろう。あと何年かして、他の女と同じように姫も扱えば、子どもの一人ぐらいは出来るに違いない。
「何人でも良いのね!」
ルーナの目の前で、ティエラ姫がはしゃいだ。
――機嫌がとれたようで、まあ良かったとしよう。
少しだけ話を逸らそうと思い、ルーナはティエラに話題を振った。
「家族とは、貴女様なら、例えばソルのような者になるのではないですか? 毎日、いつも一緒にいるでしょう」
「ソルが家族……? そう言われれば、そうかしら? 兄妹みたいな関係? でも……イリョスおじさまに、ローザおばさま、フラムさんに、オルドー、アーレスちゃん……ソルには家族がたくさんいるわ」
姫は何か考え込み始める。
彼女の護衛を勤めるソルという少年。彼は、両親と数人の姉がいたはずだ。家族仲も悪くはないという。
――幸せなことで何よりだ。
なぜかルーナの中で、紅い髪をした少年への不愉快さが増してきた。
ルーナは、そろそろ話を切り上げて退散する準備をしようとする。
「ねえ、ルーナはノワ様のお家に、養子に入ったのでしょう? ノワ様とは仲は良いの?」
――まだ続くのか、この質問は……。
「ええ。兄上は、私に良くしてくださっていますよ。一緒に過ごしたのは少ないですけれども」
うんざりしたが、表情には努めて出さないルーナは、ティエラ姫に笑顔で答えた。
――正直、本家も、昔いた家と大差がなかった。まあ、義母親の求めが執拗な位で、身体的な暴力は受けなかったか。多少はマシだったかもしれない。
「じゃあ、今はルーナ城に住んでいるわけだから。貴方の家族は、私一人なのね!」
――どういう思考になったら、そうなるんだ。やはり、子供の扱いは疲れる。
ティエラの思考を、ルーナは理解が出来なかった。
「そうですかね?」
ルーナは、つい苦笑してしまった。少しだけ本音が出る。
勢いづいたティエラは、さらにルーナに話しかけてきた。
「これまでは家族とは言えなかったかも。でも、これからはちゃんと貴方の家族になってみせるわ!」
「それは……姫様、ありがとうございます。貴女様が、十年近く早く、私の家族になってくださるなんて。とても嬉しく思います」
ルーナは曖昧に笑って返した。
そうして、ティエラ姫が笑っているのを確認して、彼は退室した。
部屋の見張りに、姫の護衛に戻るようにソルに声をかけてくれと、ルーナは頼んだ。
ルーナは歩きながら、先程の会話を反芻する。
恋仲になりたい、好意を抱いてほしい、貴方が好きでしかたがない。姫様がいても構わない。私をそばに置いてほしい。結婚してほしい。体だけでもいい。愛してほしい。
ルーナにそう言ってくる女は多くいた。
姫の発言も、婚約者だからと言われればそれまでだ。
子供の戯れ言でしかない。
ルーナの婚約者は国の姫だ。他の女達も、言いたかったのに、遠慮して言えなかっただけかもしれない。
けれども――。
「家族……か」
二十年近く生きてきて、初めて誰かに言われたその言葉を、ルーナはぽつりと口にしたのだった。




