第98話 大地の決意
ティエラは、少しの間だけ、気を失っていたようだった。
目を覚ますと、ソルが心配そうにこちらを覗いていた。
「再会してから何回目だよ……」
ため息をついた後に、毒づかれた。
寝台に横たわっていたティエラは、身体を起こした。同じ寝台に腰かけていたソルと目が合う。
彼と再会してからは、意識を失うことが多い気もする。
城にいた頃はそうでもなかったような。
(城……?)
そこまで考えて、はたと気付いた。
記憶を失ってから外に出るまでの記憶が、少しだけ薄らいでいるような気がしている。
「変なとこは、ないか?」
そうソルが、ティエラに尋ねてきた。自身の抱く違和感について、彼女は彼に慌てて説明した。
「なんでわざわざ、あんたの最近の記憶を失くそうとしてるんだ、あの男は」
「分からないけど……」
ティエラは目を伏せる。
元々ルーナに関する記憶ばかりが戻っていないのに、このままだと完全に彼を忘れてしまいそうだ。
ティエラの胸がざわつく。
城にいる間に、これと言って重要な何かを聞いた覚えもない。
ルーナの考えが分からないことが怖かった。
ティエラが顔を上げると、ソルの碧の瞳と出逢う。
先程のルーナとの一件を思い出す。また、顔を下に向けてしまう。
今しがた、ルーナの事を忘れてしまいそうで不安になったのとは別に、胸に違和感を抱いた。
(見られてたわよね……)
ルーナとの出来事だ。
これまでにも他の人々にソルとの口付けを目撃されてはいた。その際は気恥ずかしさが強かった。
だけど。
今回は、ソルに、ティエラとルーナとの口付けを見られてしまった。彼女の意思に反したものではあった。だけど、どうしても自分に隙があったのではないかと、自己嫌悪感がわいてくる。
「さっきは、遅くなってすまなかった」
ソルに謝られて、ティエラは咄嗟に否定した。
「だ、大丈夫! それに、ソルに悪いところなんて、ない……」
ティエラは彼に、曖昧に笑い返した後、また俯いてしまう。
顔を上げられないままでいた。
ソルの手が、ティエラの胸元にあるペンダントにゆっくり伸びてくる。
そのまま鎖骨を撫ぜられ、ティエラは少しだけくすぐったく思う。
すると、彼から口づけが降りてきた。目を瞑る。いつもと違い、柔らかくて優しい。
しばらく、唇を重ね合っていたら、ティエラの気持ちが落ち着いてくる。
二人の唇が離れた後――。
「すまない、扉は叩いたのだが」
部屋の中に、突然声が響いた。
目を向けると、セリニが扉の前に立っていた。
ティエラが、声にならない悲鳴をあげる。
「……『あれ』も報われんな……」
セリニがそう言った後、淡々と話を続けた。
「『あれ』とちょうど城で会ったのだが。お前達のところにも来たのだろう?」
真剣な話に代わり、ティエラに緊張感が戻る。
彼女は、セリニの質問に頷いた。
彼が『あれ』と呼ぶのは、ルーナの事だ。
ティエラは顔を引き締め、セリニに尋ねた。
「セリニさん、ルーナは城にいるのでしょうか?」
「ああ。一応、明後日までは城にいるようだ」
セリニの答えに、ティエラはしばらく考え込む。
そして決意し、彼女は彼に、こう告げた。
「明日、城にいるルーナに会いに行こうと思います」
それを聞いて、セリニが目を丸くした。
ティエラの近くにいたソルは、大きくため息をついたのだった。




