第97話 月に問う
セリニは、自分の父親が統治している城に、一旦帰ってきていた。
自室に帰り、以前まとめていた資料等に見落としがないか確認する。やはりと言って良いか、自分が知っている内容以上の記載はない。
ボヌスの都に移った研究施設への出入りは、前研究者であっても出来ないと言われた。
ノワの近くから回収していた欠片を、彼はそっと取り出し、月明かりに照らす。
石はきらめいていた。ノワや他の人々の命の輝きだろう。
大公は、宝玉の複製にのみ拘っていたことを、セリニは思い出していた。王族の所持する神鏡、剣の一族の所持する神剣の複製はおこなっていない。
当時、ノワの父親――セリニには叔父に当たる人物――は、積極的に宝玉の複製に乗り出していた。わりと利益を追求する人物であったことや、息子に魔力がなかったこともあり、とても協力的だった。
セリニは、当時、魔術の汎用を目指していただけだと思っていた。
(だが、ソル達から聞いた情報や、時折大公が漏らしていた話と照合すれば――)
彼は、色々な情報の点と点がつながっていくような気がしていた。
(しかしながら、決定打がほしい)
セリニは神器の使い手ではない。王族でもなかった。彼等だけが知り得る情報の部分が欠けている。
ルーナは神器の使い手で、いずれ王族に婿入りする立場だった。セリニが知り得ない何かを知っているのだろう。
ちょうど考え事をしていたセリニの元へ、涼やかな声が聞こえた。
「どちらにいるのかと思えば……貴方が姫様のそばにいるとは考えておりませんでした、従兄弟殿」
セリニは、声が聞こえた扉の方を見た。
そこには従兄弟であるルーナが立っていた。
二人の白金色の髪が、灯りに輝く。
セリニが父親に聞いていたのよりも、ルーナの到着が一日早い。しかも彼は、共もつけていなかった。
「先程、姫様に逢ってまいりました」
セリニは表情は変えない。
彼は屋敷に一応結界を貼ってはいた。だが、この従兄弟の前では無意味だったようだ。
セリニは、ルーナの次に強い魔術師と称されてはいる。
昔はそこまで、魔術師としての力量に差はなかった。だが、神器の守護者となったルーナとでは、なかなかに分厚い壁が出来てしまったようである。
「侵入するのに苦労致しました。姫様については、後からまた迎えに行くつもりなので、今はこのままで」
そう言って、ルーナは目を伏せた。
セリニは、彼に問いかける。
「聞きたいことがある。まだ姫達には話してはいない。だが、これまでの事を考えたら……」
ルーナは何も返さなかった。
「ルーナ。お前の考え通りなら、石の力を必要としているのは理解できる。だが……」
セリニは、やるせない気持ちになる。
「……犠牲が出すぎている」
それを聞いたルーナは、ゆっくりと目を開けた。セリニに告げる。
「ある程度の犠牲が必要でした」
彼の表情は変わらない。
セリニはルーナに問うた。
「何を考えている? 取り返しがつかないぞ……」
「承知しております」
ルーナは涼やかに答える。
セリニは、彼の考えが読めなかった。
「明後日、叔父上の力を借り、私の宰相就任のため、城で演説を行おうと思っています。それまでは、姫様には内緒にしていてください。それでは」
そう言い残して、ルーナは扉から出ていく。
残されたセリニは、彼の未来を憂い、瞳を閉じた。




