第9話 大地の父は眠りについて
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女王即位の日取りが成人の儀と同時になったことを、ルーナに告げられた日の夕刻――。
「こちらが、姫様の父君がお眠りなさっている場所になります」
ティエラの父親である国王が眠る棺の前に、彼女とルーナは並び立った。
棺は、ティエラの住む城の地下にある墓地に安置されていた。時間の経過もあり、棺を開けて中を確認することは出来ない。
墓地には土の匂いが蒸せかえって、鼻につく。
ティエラは、未だに記憶が戻っていない。
けれども、棺の前に立つと一抹の寂寥感に襲われた。
日中、ピンク色のドレスを身にまとっていたティエラだったが、現在は黒を基調としたドレスへと着替えている。彼女のそばに立つルーナも、黒いコートを身に着けている。
ティエラの母親は、産後の肥立ちが悪く、ティエラを産んでしばらくしてから亡くなったそうだ。
それ以来、母親の分まで国王がティエラのことを可愛がってくれていたという。
思い出そうとしても思い出せない父親の姿。
だけど、漠然とした喪失感がティエラの胸の内に拡がっていった。
(父のことも早く思い出したい……)
一刻も早く記憶を取り戻したいと、彼女の手には知らぬうちに力が入る。
そんなティエラの肩に、暖かな手がそっと触れてくる。
――ルーナの手。
彼は心配そうにティエラを見つめていた。
そんなルーナのそばには、彼の付き人である男が従っている。
彼はウムブラと言って、ルーナの側近らしい。彼は長身の男で、腰まである長い漆黒の髪を肩先で結んでいる。黒炭のような瞳は切れ長で、片目にはモノクルをかけていた。ルーナほどとは言わないが、端正な顔立ちをした男性だ。
ふと、ティエラが隣に立つルーナの表情を見た。
(ルーナ、どうしたのかしら……?)
国王の眠る棺を見る彼の表情が、いつも以上に白く見えた。
すると、ウムブラがルーナに声を掛ける。
ルーナは何やら相槌を打つ。
「――姫様、部屋へ戻りましょう」
ルーナからこの場を退出するように、ティエラは促される。彼女はこくりと頷いた。
彼に背中を支えられながら、彼女は地上階へとつながる階段を登っていった。
父王の墓前に立ち、寂しくなったのだろうか?
何とも言えない哀しさが、彼女を襲ってきていた。
ルーナがそばにいてくれて本当に良かったと、ティエラは心の底から思う。
一方で、国王の墓前でのルーナの様子が気にかかった。
(ルーナも、私のお父様のことを慕っていたのかもしれない……)
ティエラはルーナに連れられて地上へと出た後に、外の光景を眺める。
いつの間にか、外は薄暗くなっていた。
天上を見上げると、いつもは穏やかな白い光を届けてくれる月はそこにはいなかった。




