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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第4部 竜の章

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第96話 月は大地に再びまみえる



「……ルーナ……」



『なぜここが分かったの?』



 ティエラは、ルーナにそう問いかけたかった。

 けれども、少しだけ彼女の身体が震える。彼の視線に射られ、動けないのだった。彼の蒼い瞳に、視線を引き寄せられる。

 気づけば、ティエラはルーナの腕の中にいた。

 いつの間にか、彼女は彼に口付けられていた。彼の舌が、彼女の口の中に侵入してくる。


(息が出来ない……)


 ルーナの抱き締めてくる力が強く、ティエラは抗えなかった。



「……ティエラ」



 唇が離れた時、熱い吐息とともに、彼女は名を呼ばれる。

 ティエラは目を見開いた。


(名、前……)


 お互いの唇が、また一度離れた。だが、息継ぎをするので精一杯だ。ソルに助けを呼びたかったが、またすぐに、ルーナに口を塞がれてしまう。

 ティエラの思考もままならない。


(せっかく、記憶が戻ってきているのに……)


 そんなに長い時間ではないはずなのに。

 気が遠くなる程、時が経った気がした。

 

 その時――。


 ――大きな音を立てて、扉が開く。



「ティエラ!」


 ソルの声が室内に響いた。

 ルーナは視線だけソルに送る。ルーナはそのまま、ティエラの舌に、自身のそれを絡ませた。


「やっ――」


 ソルにみられていると思うと、ティエラに羞恥が走る。

 彼に聞かれたくないのに、声が漏れてしまった。

 ソルが、ティエラとルーナの近くに走ってくる。

 それを確認したルーナは、やっとティエラを解放した。

 彼女は、ようやく息ができるようになった。乱れた呼吸を整えようとする。脚に力が入らない。そのまま崩れそうなティエラの体を、ルーナが抱いて支えている。


「姫様との逢瀬の途中だ」


 ルーナの声がいつもより低い。

 ルーナに向かって、怒りを孕んだ声でソルが告げた。


「ティエラを離してもらおうか」


 そう言われ、ルーナはほくそ笑む。少しだけ、彼の声の調子が戻る。


「私が婚約者のはずなんだがな……」


 ティエラは、ルーナの胸の内でぐったりしている。呼吸はだいぶ落ち着いたが、まだ声が出せそうにない。


「あ……」


 ルーナは、ティエラを横抱きに抱きなおした。

 機会をうかがっているソルをルーナは暗い蒼い瞳で一瞥した後、ティエラの瞳をみつめる。


「これまで通り、多少は目を瞑っておきます」


 その口調は、瞳の暗さに比べて柔らかいものだった。


「今日は近くに寄っただけですので」


 ルーナはそう言って、ティエラを抱いたまま、ソルの方へゆっくりと歩む。


「お前が迂闊な馬鹿で、弱いままだと困る」


 そう毒づいた後、ルーナはティエラを捧げるようにして、ソルの前に差し出した。

 ソルは相手の意図が分からず一瞬戸惑ったが、すぐに自分も両腕を出した。


「自分と神剣の力を、今一度思い出せ」


 ルーナはゆっくりと、力が入らないままのティエラを、ソルの腕に降ろす。

 ソルがティエラを抱えたのを確認すると、ルーナはまた彼女に微笑みかけた。


「姫様……準備が終わったら、迎えに参ります」


 「それでは」と言い、ルーナは二人から距離をとる。


 彼は月明かりに照らされたまま、夜闇へと熔けて消えていった。



「剣の力……?」



 ルーナはもう、魔術でどこかに行ってしまっている。

 ソルの疑問がルーナに届くことはないのだ。



 部屋はティエラとソルの二人だけになり、静寂が戻ったのだった。





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