第94話 イリョス・ソラーレ
おはようございます。
今日も皆様、お寒いですが、体調にはお気をつけてお過ごしください。
「親父……」
降るしきる雨の中――。
馬に騎乗した男は、荒野に現れた。
王女ティエラの護衛騎士を務めるソルの父親であり、王国の騎士団長である男――。
紅い髪に碧の瞳を持ち、剣の一族である、壮年の男の名は――
――イリョス・ソラーレ。
動かなくなった宰相ノワを一瞥した後、イリョスはソルに視線を移す。
ティエラ達一同に、緊張が走った。
イリョスはとても低い声で、長男ソルに語りかける。
「お前達がノワ殿を殺したのか?」
ソルはため息をついた。
「違う」
ティエラは、イリョスの事をぼんやりと思い出していた。
元々イリョスは寡黙な男として有名だ。
子供の頃のティエラは、いつも怖い顔をしている彼のことを苦手だと感じることもあった。
だが、イリョスとソルとティエラの三人だけになった時などは、イリョスが時折笑んでいたのを思い出す。そうして、ティエラを懐かしむように見ていることにも、彼女は気づいていた。
(イリョスおじ様……)
イリョスにとって遅くに出来た子がソルだ。そのため、イリョスは初老に差し掛かろうという年をしている。だが、彼は実年齢よりもだいぶ若く見えた。
ティエラはイリョスの表情を見る。
今日の彼は、いつも以上に厳しい表情を浮かべていた。
彼女は前に乗り出して、イリョスに抗議をはじめる。
「イリョスおじ様! ソルはそのような事、断じてやっておりません!」
イリョスはティエラの姿を確認するや、馬から降りる。そして、彼は彼女に向かい、深々と頭を垂れた。
「姫様がいらっしゃるというのに、申し訳ございませんでした」
「……イリョスおじ様……良いのです」
顔を上げたイリョスは、射ぬくような視線をソルに向けた。
「ルーナ殿にうかがったが……お前が姫様を拐かしたというのは本当だろうか? 私の弟・ヘリオスのようにはなるなと、言い聞かせていたはずだが」
再び、ソルはため息をつく。
「それも……違う」
イリョスはソルを見ている。
真偽を確かめているようだ。
雨がひとしきり、イリョスの騎士団の衣服を濡らしていく。
騎士団の長は、思案に暮れた後にぽつりと言った。
「あの新月の晩、塔から神器の力を感じた。しかも三つ。ではやはり、ルーナ様は……」
父親の考えを遮るように、ソルが声を掛ける。
「おい……ほぼ隠居に近い、騎士団長のあんたが出るなんて……どうなってるんだ?」
「有事だ。国の宰相が起こした事件。私が出てもおかしくはないだろう」
イリョスは付け足す。
「城に、剣の守護者も不在だからな」
その守護者であるソルは、苦虫をつぶしたような表情を浮かべる。
親子が会話をしている中――。
イリョスよりさらに後方から、騎士団員達が馬で駆けてきた。
はっとした魔術師セリニは、対立する一族の長イリョスに話しかける。
「イリョス殿、ノワを引き取ってくださるか?」
「セリニ殿。もちろんだ」
新しく現れた騎士達は、ティエラ達一行の組み合わせを見て、眉をひそめている者が多かった。
(無理もないわ……)
しばらく城で姿を見せていない姫と、その護衛騎士がいるのだから。
騎士団等に向かってイリョスが指示を出すと、彼らはノワの遺体を運び始めた。
それをセリニは、黙ってみている。彼の横顔には、後悔がにじんでいた。
イリョスは黙って踵を返した。
背を向けた父親に、ソルは声を掛ける。
「俺達は捕縛しないのか?」
しばし沈黙が降りた――。
「今回、ノワ殿の事しか私は命を受けていない。では、失礼する」
そう言い残し、イリョスは馬に跨がると、そのまま王都のある方角へと走り去っていった。騎士達もそれに続く。
残された五人は、立ち去る彼らをしばらく黙ってみていた。
やや遠くに離れていたアルクダとグレーテルが、ティエラやソル、セリニの元に近付いて来る。
「ふ~~イリョス様、相変わらず、威圧感のある方でしたね~~」
「本当です~〜」
いつもふざけている二人が話し始め、少しだけ緊張した空気が和らいだ。
ティエラはソルに問いかけた。
「イリョスおじ様……ルーナから、どんな風に話をされているのかしら?」
「あの反応なら、ヘリオスとシルワ姫みたいに、俺たちも駆け落ちして逃げたと思ってたんじゃないか?」
そう言った後、ソルは黙った。
「イリョス様のお立場を考えれば無理もないだろう」
二人の師であるセリニが、ソルの代わりに口を開いた。
ティエラが問いかける。
「弟のヘリオスさんが、シルワ姫をさらった事になっていて……その件で、ヘリオスさんが亡くなったから?」
「姫様、それもあるだろうが――」
セリニが言い淀んだ。
しばらく黙っていたソルが、ティエラに答えた。
「弟のヘリオスの刑を執行――殺したのは、当時すでに騎士団長だった親父だ」
ティエラは驚いた。
「イリョスおじ様が、弟であるヘリオスさんを……?」
兄が弟を手に掛けていたのなら、後悔もかなり深いだろう。
そんな弟と息子が、イリョスには同じような状況に見えていたのかもしれない。表情からは分からなかった。だが、心中は穏やかではなかったに違いない。
セリニはソルの話に情報を追加した。
「それに、まだ若い頃に護衛していた王女フィオーレ様も、イリョス殿は亡くされているそうだし……ちなみに、フィオーレ姫は、ティエラ姫様のお祖父様の妹御にあらせられる」
記憶が戻りきっていないティエラは、大叔母にあたる人物の名を聞いてもぴんと来なかった。
ソルが続ける。
「親父は、国の命令が絶対だ。今回はそれに助けられたが……問題はこの後、どうするかだ」
ソルがそう言うと、セリニがボヌスの都へ向かうことを提案してくれた。
ボヌスは、ルーナが石の研究を続けている場所でもある。玉の一族もいるため、それも懸念された。しかし、ルーナの目的を知るためには、情報がもっとほしい。それに、統治者の息子であるセリニがいるため、アウェスに滞在するよりも危険はないだろうとの判断になった。
そうして五人はボヌスの都へと向かい、しばらく身を潜める事になったのだった。




