月が昇る時
黒髪をポニーテールにしたメイド・ヘンゼルが、王女ティエラの部屋を開ける。
そこには、夕陽に照らされた宰相補佐ルーナの姿があった。
彼の白金色の髪と蒼い瞳が、橙色に輝らされている。
数日前に仕上がった真っ白なドレスの前に、ルーナは立っていた。純白に煌めくドレスは、ティエラが婚礼の儀の際に着用予定のものである。
「ルーナ様、今日もこちらにいらしたのですか?」
不躾かとは思ったようだが、ヘンゼルはルーナに声を掛けた。
彼女の声掛けには振り返らずに、ルーナは一心にドレスを眺めている。
「ノワ様がお亡くなりになったようです」
「そうか、義兄上が……」
ルーナからは特に何の感情も伺えない。
「これで、ルーナ様が宰相の位を得ることになりますね」
ヘンゼルは、ルーナの背中に向かって低頭する。
彼は白いドレスに手を伸ばしながら、彼女に返答した。
「姫様との婚礼の儀の前に、一度国民達に、私の宰相就任について知らせないといけないだろうな」
ヘンゼルは頭を上げ、ルーナに視線を向ける。
ドレスの胸元についた薔薇のコサージュを、ルーナは愛おしそうに撫でていた。
「しばらくは城が混乱するだろう。姫様は城にいない方が安全だろうな……ただ、一目、ご無事を確認したい……」
そう言って振り返ったルーナの口許は、少しだけ笑んでいた。だが、蒼い瞳は笑っていない。
ヘンゼルの前を通り、彼はティエラ姫の部屋を退室した。ルーナの後に、ヘンゼルは続く。彼女はルーナが何を考えているのか戸惑いながら彼の背を追った。
部屋の外に出て、後ろに続く部下を振り返ると、彼は声をかけた。
「ヘンゼル、今日は部屋に来ないでくれ」
ルーナの命に、一瞬だけヘンゼルの顔が強ばる。彼は彼女の表情の変化に気づいてはいたが、さして気にした様子はなかった。
前方に向きなおると、ルーナは考えこんだ。
(姫様……)
婚約者である少女の憂い顔を思い出す。
いつも彼女の横に立つ紅い髪の護衛騎士の姿も――。
「中途半端な真似が一番困るのだがな……」
そうして彼は、自身の役割を全うするために、心を凍らせながら進むのだった。




