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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第3部 大地の章

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第90話 セリニの想い



 明朝、まだ月が空に残る頃――。


 真っ暗な洞窟の中の部屋にて、ティエラはゆっくりと眼を覚ました。彼女の亜麻色の髪がさらりと揺れる。

 近くの椅子に座ったまま、紅い髪の護衛騎士ソルが眠っているのが目に入る。

 扉を叩く音が聴こえると、部屋の中に入ってきたのは、銀の魔術師セリニだった。

 音を聴いたソルも目を覚ます。

 セリニはティエラ達を交互に見やった。


「姫様達、夜間に悲鳴が聞こえたが、私の部屋で変なことはしていないか?」


 彼の質問に、ティエラは動転する。


「してないですっ!」

「してないな」


 ソルも、ティエラと同時に答えた。

 二人に向かってセリニは微笑む。


「仲が良いことだ」


 ティエラは落ち着くために深呼吸をする。

 ソルは明後日の方向を見ていた。

 ティエラを前にしたセリニは、表情を引き締める。彼はゆっくりと、彼女に向かって話し始めた。


「昨晩、他の者達から話を聞いた」


 他の者とは、黒髪メイドのグレーテルと、糸目の男アルクダのことだろう。

 セリニは話を続けた。


「私は大公様の弟子で、偽の神器を作る手伝いをしていた」


 ティエラは、それを聞いて目を丸くする。


「大公様はいつも、『ティエラが十七になる前に石を完成させないといけない』と仰っていた」


 セリニは、ゆっくりと目を伏せた。


「だが、出来た偽の神器には欠点があった。それが――」


 ティエラは、真っ直ぐにセリニを見つめる。


「――人の命を喰らう……?」


 セリニがゆっくりと瞼を持ち上げる。


「そうです。初めはそれに気付かず、何人かの人々が偽の神器――玉を使った。試しているうちに、どうも玉が、生命を糧としていることに気付いた」


 ティエラは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「周囲の者達の使用は禁じられた。そこで、偽の神器の開発は終了になると思っていた。だが――」


 セリニが、苦しげな表情を浮かべる。

 ソルが後を継いだ。


「なぜか、大公様は自身を研究対象として実験を続け、そして死んだ」


「叔父様が……」


 ティエラに疑問が沸く。


「なぜ……?」


 セリニが答える。


「それが分からない。私は一番近くで、大公様の事を見ていたはずなのに……」


 セリニの声からは後悔が滲む。

 そんな彼の姿を見ると、ティエラも胸が痛んだ。

 彼は、話を続ける。


「大公様が亡くなり、石の研究は終了したはずだった。だが、最近になって開発が再開された。再開したのが――」


 そこまで聞いたティエラの胸の内に、暗い何かがよぎる。

 

「まさか……」


 彼女の脳裏に、白金色の髪をした青年の姿が浮かんでは消える。




「――そう――ルーナだ」



 ひんやりとした空気が、ティエラを包み込む。


 ルーナではないと信じたかった。


 なのに――。


「私にも、あれが石の開発を続けた理由が分からない。完全に研究を破棄せずに、石を放置してしまった。大公様亡き今、石について、私にも責任がある」


 セリニは、ティエラに頭を下げる。


「良ければ、私も姫様達に協力したい。いや、なぜルーナが石の研究を再開したのか、真実を知りたい。貴女達に着いていかせてはもらえないだろうか?」


 顔を上げたセリニの赤い眼差しには、強い光が宿って見えた。

 その視線を受け、ティエラも力強く頷いた。


「良かった。感謝する」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ティエラが挨拶をすると、セリニが微笑んだ。


「その……ところで――」


 ティエラは気になっていることを、セリニに尋ねることにした。

 

「この部屋はセリニさんの部屋なんですか?」


「姫様? そうだが?」


 セリニは、少し面食らったようだった。


「じゃあ、あの絵って? もしかして――」


 ティエラは、部屋の奥にある人物画に視線をやる。昨日、誰かの目だと勘違いしたものだ。銀髪の少年が、三人描かれている。


「玉の一族である私、ノワ、それにルーナだ。従兄弟が揃った時に描いてもらった作品だ」


 懐かしむように、セリニはその絵画を見つめている。

 ノワやルーナは、今よりも少年らしい姿をしていた。

 ルーナは昔からとても美しく気品があったようだ。

 対してセリニは、今と当時で、あまり姿が変わらない。少年と青年の中間のような姿だ。


「この中では、私が一番年長者でな……」


 セリニの発言に、ティエラは引っ掛かりを覚える。


(今、年長者って言った……?)


 どう贔屓目に見ても、二十歳そこそこの見た目をセリニはしていた。


 ふと沸いた疑問をティエラが尋ねようとした時――。


 部屋の扉が勢いよく開いた。

 グレーテルとアルクダが、そのまま雪崩れ込んでくる。


「お前ら、どうした?」


 ソルが二人に尋ねた。


 グレーテルが叫ぶ。




「大変なんです! ノワ様が!」




 ――全員の間にぴりっとした緊張が走る。


 まだ明け方。月と太陽が交差する頃の出来事だった。






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