第90話 セリニの想い
明朝、まだ月が空に残る頃――。
真っ暗な洞窟の中の部屋にて、ティエラはゆっくりと眼を覚ました。彼女の亜麻色の髪がさらりと揺れる。
近くの椅子に座ったまま、紅い髪の護衛騎士ソルが眠っているのが目に入る。
扉を叩く音が聴こえると、部屋の中に入ってきたのは、銀の魔術師セリニだった。
音を聴いたソルも目を覚ます。
セリニはティエラ達を交互に見やった。
「姫様達、夜間に悲鳴が聞こえたが、私の部屋で変なことはしていないか?」
彼の質問に、ティエラは動転する。
「してないですっ!」
「してないな」
ソルも、ティエラと同時に答えた。
二人に向かってセリニは微笑む。
「仲が良いことだ」
ティエラは落ち着くために深呼吸をする。
ソルは明後日の方向を見ていた。
ティエラを前にしたセリニは、表情を引き締める。彼はゆっくりと、彼女に向かって話し始めた。
「昨晩、他の者達から話を聞いた」
他の者とは、黒髪メイドのグレーテルと、糸目の男アルクダのことだろう。
セリニは話を続けた。
「私は大公様の弟子で、偽の神器を作る手伝いをしていた」
ティエラは、それを聞いて目を丸くする。
「大公様はいつも、『ティエラが十七になる前に石を完成させないといけない』と仰っていた」
セリニは、ゆっくりと目を伏せた。
「だが、出来た偽の神器には欠点があった。それが――」
ティエラは、真っ直ぐにセリニを見つめる。
「――人の命を喰らう……?」
セリニがゆっくりと瞼を持ち上げる。
「そうです。初めはそれに気付かず、何人かの人々が偽の神器――玉を使った。試しているうちに、どうも玉が、生命を糧としていることに気付いた」
ティエラは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「周囲の者達の使用は禁じられた。そこで、偽の神器の開発は終了になると思っていた。だが――」
セリニが、苦しげな表情を浮かべる。
ソルが後を継いだ。
「なぜか、大公様は自身を研究対象として実験を続け、そして死んだ」
「叔父様が……」
ティエラに疑問が沸く。
「なぜ……?」
セリニが答える。
「それが分からない。私は一番近くで、大公様の事を見ていたはずなのに……」
セリニの声からは後悔が滲む。
そんな彼の姿を見ると、ティエラも胸が痛んだ。
彼は、話を続ける。
「大公様が亡くなり、石の研究は終了したはずだった。だが、最近になって開発が再開された。再開したのが――」
そこまで聞いたティエラの胸の内に、暗い何かがよぎる。
「まさか……」
彼女の脳裏に、白金色の髪をした青年の姿が浮かんでは消える。
「――そう――ルーナだ」
ひんやりとした空気が、ティエラを包み込む。
ルーナではないと信じたかった。
なのに――。
「私にも、あれが石の開発を続けた理由が分からない。完全に研究を破棄せずに、石を放置してしまった。大公様亡き今、石について、私にも責任がある」
セリニは、ティエラに頭を下げる。
「良ければ、私も姫様達に協力したい。いや、なぜルーナが石の研究を再開したのか、真実を知りたい。貴女達に着いていかせてはもらえないだろうか?」
顔を上げたセリニの赤い眼差しには、強い光が宿って見えた。
その視線を受け、ティエラも力強く頷いた。
「良かった。感謝する」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ティエラが挨拶をすると、セリニが微笑んだ。
「その……ところで――」
ティエラは気になっていることを、セリニに尋ねることにした。
「この部屋はセリニさんの部屋なんですか?」
「姫様? そうだが?」
セリニは、少し面食らったようだった。
「じゃあ、あの絵って? もしかして――」
ティエラは、部屋の奥にある人物画に視線をやる。昨日、誰かの目だと勘違いしたものだ。銀髪の少年が、三人描かれている。
「玉の一族である私、ノワ、それにルーナだ。従兄弟が揃った時に描いてもらった作品だ」
懐かしむように、セリニはその絵画を見つめている。
ノワやルーナは、今よりも少年らしい姿をしていた。
ルーナは昔からとても美しく気品があったようだ。
対してセリニは、今と当時で、あまり姿が変わらない。少年と青年の中間のような姿だ。
「この中では、私が一番年長者でな……」
セリニの発言に、ティエラは引っ掛かりを覚える。
(今、年長者って言った……?)
どう贔屓目に見ても、二十歳そこそこの見た目をセリニはしていた。
ふと沸いた疑問をティエラが尋ねようとした時――。
部屋の扉が勢いよく開いた。
グレーテルとアルクダが、そのまま雪崩れ込んでくる。
「お前ら、どうした?」
ソルが二人に尋ねた。
グレーテルが叫ぶ。
「大変なんです! ノワ様が!」
――全員の間にぴりっとした緊張が走る。
まだ明け方。月と太陽が交差する頃の出来事だった。




