第8話 月は甘く囁く
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部屋に入ってきたルーナが、ティエラのそばに歩み寄ってきた。ドレス姿の彼女は横向きにされ、彼に抱き上げられてしまう。
細身のルーナだが、みかけによらず腕力がある。女性のように綺麗な顔をしているが、ルーナはやはり男性だと思い知らされる。
彼に持ち上げられたティエラの鼓動は、どんどん速くなっていった。
「私が選んだドレスをお召しになってくださっているのですね。見立てた通り、とても似合っています」
ルーナが嬉しそうに目をすがめ、ティエラに話しかけてくる。
彼の顔は、彼女のほんの目と鼻の先にある。
(やっぱり、いつも顔が近いような……)
ティエラの気恥ずかしさが増していく。
「貴女以上に可愛らしい女性を、私は見たことがありません」
ルーナにそう言われ、ティエラの顔はまた真っ赤になった。
息を吐くように、こういう恥ずかしくなる台詞を、彼は彼女に投げ掛けてくる。
慣れないティエラには、やはり刺激が強すぎて苦しくなった。
「さ、さすがにそれは言い過ぎではないでしょうか? 私よりも可愛らしい女性は世の中にたくさんいると思うのですが……。その、ルーナは他の女性に言い寄られることも多そうですし……」
ティエラがルーナの腕の中で縮こまりながら、そう訴えた。
「他の……女性、ですか?」
不思議そうな表情をしたルーナが、ティエラを覗きこんでいる。
少しだけ間があった後、彼は彼女に話し始めた。
「確かに、見目が麗しい女性は数多くおりますね」
ルーナがそう言うので、ティエラはどきりとする。
(やっぱり、ルーナは女性に言い寄られることが多いのかしら?)
女性に囲まれているルーナを想像してしまい、ティエラはしゅんとなってしまった。
少しだけ寂しそうな声音の彼から、彼女は声をかけられる。
「幼い頃から、貴女はそのようなことばかり気にされていた」
そう言われたティエラは、はっとしてルーナの顔を見る。今まで、彼女の過去の話をほとんどしなかった彼。彼の口から、彼女の話題が出てきた。
(記憶を失くす前の私も、今の私と同じような事を考えていたの?)
ルーナが話を続ける。
「女性は星の数ほどいる。ですが、私が可愛らしいと思い、こうして抱いたままいたいと思うのは――」
ルーナの蒼い瞳は真剣だ。
ティエラは彼の視線から目をそらせない。
「――姫様だけです」
彼女は息を呑んだ。
ティエラの頬に、ルーナが頬をすり寄らせる。彼の絹のように滑らかな白金色の髪が、彼女の頬をくすぐる。
触れ合う頬から、彼の熱が伝わる。
「ルーナ……」
ティエラの心臓の音がうるさくて仕方がなかった。
ルーナの熱が、ティエラの肌から離れた。
彼女が少し寂しく思っていると――。
ふいに、ティエラの唇にルーナの唇が触れてきた。
すぐに彼の唇が離れる。
一瞬だけの軽い口づけ――。
ティエラの心臓は、激しく脈を打ち始める。
しばらく静寂に包まれていたが、それを破ったのはルーナだった。
「申し訳ございません。あまりに可愛らしかったので、つい……」
ルーナは涼しげな表情を崩さない。
「これまでも我慢してきたから待てると、姫様に嘘をついたことになりました」
神妙な顔をしてルーナに言われてしまい、ティエラは恥ずかしさが増してくる。
「そ、その! 元々婚約していたんですよね……。だから、その、あまり気になさらず……」
ティエラにはそう返すことしか出来なかった。
ルーナはこれまでも我慢してきたと言っていた。だから、記憶を失う前の二人は清い関係だと、ティエラは思っていた。
けれども、涼しげなルーナを見ていると悩んでしまう。
(普段から、口づけをかわすような間柄だったの?)
(それとも、もっと深い関係だったの?)
(ルーナが女性慣れしているだけ?)
考え込んでいるティエラに向かって、ルーナが話しかける。
「そういえば姫様、本題が遅くなってしまいました」
「本題……?」
ティエラを横抱きにしたまま、ルーナが真剣な声音で語りかけてきた。
「――姫様の女王即位の儀の日取りが、決定致しました」
そう言われて、ティエラはルーナの顔を見上げる。
先程までの身体の火照りは、少しだけだが引いていった。
「……その、いつになるのでしょうか?」
ティエラの問いに、ルーナが涼やかに答えた。
「姫様の成人の日――十七の誕生日となります」




