第88話 隠された洞窟
「大公様の石についてだ」
セリニ・セレーネは、ティエラ達にだけ聞こえるように伝えた。
ティエラは、玉の一族である彼に着いていっても良いものか逡巡する。
悩んでいると、彼女は視線に気づく。
街の入り口付近にいる騎士や、街の人々から、自分たちはじろじろと見られていたのだ。
(目立ってしまっている……)
ノワとソルとの戦闘や、セリニの派手な登場。
しかも、ソルの紅い髪に、セリニの銀の髪。
紅い髪は剣の一族、銀の髪は玉の一族の象徴だ。
(確かに一族以外にも、紅や銀の髪の持ち主はいるけれど……二人が揃うと、関連付けてくる人達がいてもおかしくない……)
とにかく、一向は目立っていた。
「悪いようにはせん」
セリニに念押しされる。
ティエラ、ソル、グレーテルの三人は、セリニについていく事にした。
※※※
セリニに着いていく途中――。
蔵書が多かったことも原因だろう。道沿いに並んでいた家々は、ほとんど燃え尽きていた。煤が時折舞い、煙が消えた後の臭いがする。瓦礫が崩れる音も、時折遠くから聞こえてきた。
重苦しい表情で歩く人々や、夥しい数の傷病人達が地面に横たわっている。
街の守りのために存在している騎士達は、傷病者を運んでいた。
魔術師らは、怪我人らに癒しの魔術をかけたりしている。
街の人達も、動ける者達は誰かの助けをしたりしていた。
「私達も、手伝わなくて良いの?」
ティエラが、セリニに尋ねた。
「有事の際の初期対応については、常駐の騎士や魔術師らに、常々言い付けてある。それに、我々が外にいた方が目立つ。却って救助の邪魔だ」
後ろ髪をひかれるような想いをしながら、ティエラはセリニの後を着いていった。
※※※
「研究施設跡の近くに、こんなとこがあるんですね」
途中で合流したアルクダが、感嘆の声をあげている。
研究施設跡は、ノワによって燃やし尽くされていた。
施設跡の入口付近で、セリニが魔術陣を展開する。すると、隠されていた入り口が現れた。入口は洞窟に続いており、そのまま進むと、開けた空間に着いた。
ぼんやりと灯りに照らされたその場所は、様々な蔵書や実験器具達で埋め尽くされている。
「まあ、適当に座ってほしい」
セリニに促された。ティエラ達は、各々で椅子を探しだし、それぞれに落ち着く。
ティエラは、セリニを観察した。
(少年から青年の間ぐらいの年頃に見える)
セリニは、銀色の髪に紅い眼を持っている。
先程歩いていた時に気づいたのだが、身長はそこまで高くなく、ティエラ位の高さだった。身にまとう雰囲気で、もっと大きいと錯覚していた。
セリニは、ティエラに向き直り声をかけてくる。
「姫様、お忘れかもしれないが、私はセリニ・セレーネと言う」
ティエラはどきりとする。
(セリニさんは、私の記憶がないことに気づいている……)
セリニはティエラの視線に気づいたようだ。
「貴女様には、『あれ』の魔力の残滓がある」
そう言われ、ティエラは驚く。
ソルが補足した。
「セリニは一応、国ではルーナの次に強い魔術師だと言われている人物だ」
そうして、ソルはセリニに向き直る。
「さっき雨が降りだしたが、あれはあんたの仕業だろう?」
セリニが鼻を鳴らして言う。
「一応は余計だ、剣の。火が拡大しては困るからな」
「相変わらず化け物ですね……」
アルクダの呟きに、セリニが答えた。
「『あれ』ほどではないがな」
そう言って、セリニはティエラに話しかけなおす。
「それで……姫様達は、シルワ姫達のように城から逃げ出したのか? 剣の……こやつが一方的に好いとるのは知っていたが、姫様もとは知らなかった」
「――セリニさん、そんなんじゃないんです!」
ティエラが顔を赤くして否定する。
セリニは少しだけ笑んだ後、ソルの方に視線を向ける。
「剣の、意外とやるな。『あれ』を出し抜くとは」
「出し抜けてはない。たまたまなんだ」
セリニが『あれ』と呼んでいるのは、ルーナの事だろう。
ソルが、自分達が置かれている状況を、ティエラに代わり説明してくれていた。
なんだか、彼らの会話が、遠くから聞こえているような感覚になる。
(あれ――?)
ティエラは、視界がぼんやりしてきた事に気付いた。
(身体に力が入らない)
ティエラの身体が、椅子の上でぐらつく。
「大丈夫か?!」
ティエラの身体を、誰かが支える。
恐らくソルだ。
そう考えた後――。
――ティエラは意識を失った。




