第87話 セリニ・セレーネ
高位の魔術により、広場の地面を大きく隆起させた男。
彼が纏っていたローブからのぞくのは、銀色の髪。そして、少年にも青年にも見える容姿。
彼――銀の魔術師が口を開く。
「ノワ、お前はこのようなところで何をしているのだ? ここまでお前が愚かだとは、思ってもみなかった」
地面の割れ目から――。
この国の宰相であり、濁った銀の髪の持ち主であるノワ・セレーネが顔を覗かせる。ノワの顔には、石で出来たと思われる傷が数ヶ所あった。彼の頭からは血が少しだけ流れている。
「お、お前。セリニ……!」
ノワが愕然としている。
銀の魔術師――セリニと呼ばれた男は、表情を変えない。ノワを一瞥し、淡々と話はじめる。
「久しいな、ノワ。しかしまだ、お前がしでかしたことの理由が聞けていない」
ノワは顔を歪めながら、セリニへ言い放つ。
「セリニ……! 分家の分際で、この僕に……!」
セリニと呼ばれた男は、ノワを鼻で笑った。
「やれやれ……昔はここまで、ひどくはなかったがな」
※※※
ティエラは、怪我人の治療を大体終わらせていた。少し手を休めた彼女は、ノワとセリニのやり取りを見つめる。治療にずっとあたっていたからか、彼女のほおには、亜麻色の髪がはりついていた。
紅髪の護衛騎士ソルが、ティエラの近くまで走り寄ってきた。
彼に気づいた彼女は、質問する。
「ソル、あの古書屋にいた男の人、何者なの?」
「ああ、俺もさっき気づいた――あいつは、セリニ・セレーネ。玉の一族の一人だ。分家のな。見間違えじゃなかったみたいだな」
(だから銀色の髪なのね)
ティエラは納得した。
玉の一族達は、白金〜銀の髪を有することで有名だ。
ノワの銀色はややくすんでいるが、セリニの銀色は明るい。ルーナは、さらに輝きを帯び、白に近い色だった。
(セリニさんという魔術師の髪の色を見たから……ルーナをまた思い出してしまった……)
ノワはまだ、セリニに対して何かわめいている。
近くに控えていた騎士たちが、ノワを地面から運びだしていた。
その際、騎士達がちらちらと、ティエラとソルの方も見ていた。
黒髪ツインテールのメイド・グレーテルがそれに気付き、慌てて二人に話しかける。
「騎士達が、こっち見てましたよ~~」
「私達に気付いたかしら?」
ティエラの問いに、ソルが答える。
「ああ、まずいな。ノワもいなくなるし、一旦、ここから離れるか」
そう言って、三人がその場を離れる準備をし始めた時――。
「待たんか、お前達」
銀の魔術師・セリニに、三人は声をかけられた。
「なんだ?」
セリニが鼻で笑ってきたたも、ソルは少しだけ眉を潜めた。
(セリニさんという人は、ノワさんにも同じようにしていた……)
セリニは、鼻で笑うのが癖なのかもしれない。
「師として、お前達に少し話がある」
(師として――?)
そう言ってこちらを視るセリニの瞳は、ソルの髪のように紅い色をしていた。
「それで? 話ってなんだよ?」
ソルが問う。
血のように紅い瞳を持つセリニが、それに答えた。
「――大公様の石についてだ」
しばし皆の間に沈黙が降りる。
ティエラ達三人で見合わせた後に、セリニについていく事を決めたのだった。




