第85話 火に消ゆる街
ティエラとソルは、慌ててアウェスの街並みへと戻る。
建物が燃え盛る炎に包まれ、辺りに煙が充満していた。
風に煽られ、ティエラの亜麻色の髪がたなびき、ソルの紅い髪を揺らす。
「火事……!」
人々は、叫びを上げながら逃げ惑っていた。
走る男にぶつかり、ティエラはよろける。
それをソルに支えられた。
大声が飛び交う中、ティエラはソルに腰を持ち上げられたかと思うと肩に担がれてしまう。
「ティエラ! しっかり掴まってろ! 口は塞いどけ!」
そう言われて、ティエラは慌てて口を閉じた。
突然強風が襲い、灰色の煙が舞い上がっていく。
火の粉が風に乗り、辺りに飛び散り、家々に燃え広がっていった。
ソルは、煙が発生している場所からは逆の方向に走る。
「奥にある研究施設の跡から火が出たみたいだぞ!」
「誰もいないのになぜ……!?」
「魔術師は鎮火に加勢してくれ!」
混乱の最中、人々の怒声はさらに大きくなっていく。
ティエラが口を開き、ソルに伝える。
「私は良いから、ソルは消火を!」
「あんたの身の安全が最優先に決まってんだろ! 煙を吸うから、口閉じとけ!」
ソルに叱られてしまったティエラは、しゅんとなってしまう。
彼女が落ち込んだ表情を、彼には見られてはいなかったが――。
「グレーテルとアルクダの二人と合流したら、俺は消火に向かう!」
どうやらソルには、ティエラの気持ちはお見通しのようだった。
「ティエラ様~~!」
町外れの方角に二人が辿り着くと、グレーテルの声が聞こえる。彼女はいつもはきちんとリボンで髪を左右に結んでいる。だが、それも今は風で乱れてしまっていた。
「あっち、火がすごいんですよ~~!」
「アルクダは?」
ソルがグレーテルに尋ねる。
「消火に向かってもらいました~~」
「そうか――アルクダがいないなら、ひとまず門までティエラを連れてから消火を――」
その時――。
たまたまソルに、ローブを着た男がぶつかった。
「すまない」
ティエラは男の声に聞き覚えがあった。
(今日の昼に立ち寄った古書屋の店主さん……)
ソルとぶつかった事で、男のローブがずれる。
すると、彼の隠れていた髪が顕になった。
ティエラは息を呑む。
(――白金色……!?)
そのまま、男は煙の中に消えてしまった。
それ以上、ティエラは男の姿を追うことができなかった――。
ティエラは街の入り口まで走り抜ける。
(ようやく火から解放されたわね――)
そう思ったのだが――。
何かが破裂するような音がした。
街の門の前から、様々な人の叫び声が聞こえてくる。
逃げ場を失った人々が、門の前の広場で右往左往しているのが、ティエラの目に入った。
火事以上の混乱に、彼女は身構える。
人々が四散していった。
広場の中央に「何か」が見える。
そこから激しい光が、出ては消えていった。
(あれは……?)
「何か」の正体は――。
――濁った銀の髪を持った男――。
ソルが呻くように声を出す。
「ノワ・セレーネ……!」
広場に立っていたのは、このオルビス・クラシオン王国の、宰相その人だった――。




