第84話 記憶を失わせた者2
おはようございます♪
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最近は寒い日が続いておりますが、体調にはぜひおきをつけてお過ごしください♪
(私が城に帰ったら……またルーナに記憶を封印されるかもしれない……?)
ティエラは困惑していた。
(じゃあ、私に記憶がないのは……)
紅髪の護衛騎士ソルがため息をつく。
糸目の男アルクダの代わりに、ソルはティエラに告げた。
「あんたには、ルーナの魔力と玉の神器の力が残ってる。さすがに居場所が分かる程の量ではないがな」
ティエラは戸惑う。
「ルーナが……? なんで私の記憶を……?」
「理由はルーナしか知らない」
真剣な眼差しをティエラへとソルが向けた。
「この国――いや、この世界で、記憶を封印する芸当なんざ、そもそもあいつ位にしか出来ない」
ティエラの心は揺れる。
「ティエラの事を好きだという嘘を、わざわざルーナはつかない」と、三人から言われはした。
だが、彼の言うことに、一つでも嘘があるのなら――。
(そんな……ルーナ……)
――記憶を失ってからの何もかも全てが、嘘だったのではないかと思えてくる。
ルーナはティエラのことを好きに見えるように、周囲には振る舞っていただけなのではないか。
(なんだかよく分からなくなってきた……)
疑いだすと、止まらなくなる。
彼に騙されていたのだと思うと悲しい。
(でも、ルーナではなくソルのことを好きだった私には……ルーナのことをとやかくいう必要は……)
だけど、なぜだろう。
ティエラから涙が溢れてくる。
その場にいる三人に見られたくなくて、「ちょっと外に出てくる」と言い残し、ティエラは外に飛び出した。
「ティエラ!待て……!」
ソルがティエラの後を追った。
※※※
ティエラは、宿の裏にある池の方へと走った。
外はもう暗くなっており、人はおらず、ひっそりとしていた。
「ティエラ……!」
彼女の腕はソルに掴まれ引き止められる。
彼に背を向け、ティエラは俯いたままだ。
「あんたに黙ってたのは悪かった」
ソルがティエラに声をかける。
彼女から反応はない。
「すまない」
しばらく、どちらも口にしない。
虫の声が聞こえる。
池に月がゆらゆらと揺れている。
水に浮かぶ睡蓮の香りが鼻をくすぐった。
「……私、もうよく分からないの……」
「分からない?」
ソルに問われ、ティエラはこくりと頷いた。
「実は、ルーナの記憶だけあまり戻ってなくて……」
ソルは黙って、彼女の話に耳を傾けている。
「記憶を封印してきたのがルーナなら、私に何か思い出されたら困るから……だから、彼は私の記憶を奪ったのよ……」
池に、悲痛な声が反響する。
ティエラは思い返す。
ソルに口付けられると、ティエラの記憶が戻る。
それでは、ルーナの場合は――。
「毎日部屋に来てたのも、私が記憶を戻さないようにしてたのかな……」
ティエラの黄金の瞳から涙がこぼれる。
ルーナはティエラに、毎夜甘い言葉を囁いてきた。
その時、彼が彼女に口付けていた理由。
それは――ティエラが記憶を取り戻さないようにしていたからだろう。
「国王様が亡くなる少し前、あんたはよく言っていた。『このまま時間が止まってほしい』、『やり直せるなら』と……」
ティエラは顔を上げた。
「ルーナは、あんたの願いならなんでも叶えようとする。どうしてあんなに人に関心のない男が、お前にだけ執着するようになったのかなんて、理由は俺には分からない……だが、記憶に関しては、国王殺害直前のやり取りで何かあったんだと思う」
背中越しに聞くソルの声音は、ひどく優しく感じる。
「それだって、ソルがルーナの事をそう思ってるだけかもしれない……」
せっかくのソルの優しさに、意地の悪い返答をしてしまった。
(ダメだわ……私……)
またティエラの瞳から涙が溢れる。
ルーナに騙されていたのかもしれない。
もちろんそれも気になっている。
ただ、それと同時に、彼女の胸に重たい別の何かがある。
二月の間、記憶を失っていたとは言え、ティエラはルーナに心を許し、惹かれてしまった。
記憶を封印するためとは知らず、口付けも何度も交わしている。
(ソルもそれには気づいている)
ルーナに騙されていたのかもしれない。
だが、忘れていたとは言え、自分が選んだ行為だ。
ソルへの想いを取り戻す度に、知らなかったとは言え、自分に対しての嫌悪感がどんどん募っていっていた。
なぜこんなに好きな人がいたのに、それを忘れて、ソルを裏切るような真似をしたのかと。
そもそも、婚約者だったルーナに対しての申し訳なさもある。
とにかく心がぐちゃぐちゃだった。
突然、ソルからティエラは腕をひかれる。
気付けば、彼女は彼の腕の中にいた。
「俺は、あんたがどんなことになっても、そばにいたい。ルーナを好きな気持ちが残ったままでも構わない」
そう言われて、ティエラの瞳からはますます涙が溢れて止まらなくなった。
「ソル――」
(私は……こんなにも大事なこの人がいるのに……なのに、私は――)
しばらくソルニ抱き締められていたら、ティエラは少しだけ落ち着いてきた。
少し彼から彼女が身体を離すと、頭を軽く撫でられる。
「ソル――私――」
その時――。
――突然、二人の耳に大きな警鐘の音が鳴り響いた。
「何……!?」
激しい鐘の音は鳴り止まない。
少しだけ、何かの焦げる匂いがする。
「行くぞ!」
ティエラはソルに手を引かれ、そのまま池を後にした。
池の上では、月がまだ、朧気に揺れていた。




