第82話 アウェスの街
エスパシオの街を出て数日後、ティエラ達はアウェスの街に着いた。
道中、アウェスの街に関する情報について、ティエラはソル達から教わっていた。
亡くなった大公プラティエスが、元々研究施設を構えていた場所だったこともあり、以前は学術発展の場として有名だったそうだ。大公生存当時は、知識人達の交流により盛えた場所だったと――。
現在、施設自体は別の都に移り、魔術師らの多くもそちらに引っ越したのだそうだ。そのため、以前よりアウェスの街の人口は減ってきている。
だが、昔の名残で、大きな図書館や古書屋などが多く軒先に並んでおり、街は古紙の香りに包まれていた。
「姫様~~、本がいっぱいでしょう?」
「本当ね」
グレーテルとティエラは、きゃっきゃっと喋りあっている。
実は、グレーテルと出会った頃の事をティエラは思い出した。
前後の出来事の記憶が抜け落ちてはいるのだが、グレーテルは大層喜んでくれている。
ちなみに、心配していた街の入り口だが、偽造した通行証のおかげで、なんなく通る事が出来た。作成者は、糸目の男アルクダだそうだ。彼は文書偽造が得意らしい。
旅のおかげか、グレーテルとアルクダの二人ともティエラは打ち解けてきていた。
街では、商人達が本を売りさばいている。
「お嬢さんがた、古書を一冊どうだろう? 安くしておこう」
ローブを着こんだ、いかにも魔術師と言った男性が、ティエラ達に声を掛けてきた。
(見た目は若そうだったが、わりと古風な口調ね)
ティエラは、ソルをちらりと見上げた。
(追われている身の上だから、本を買っても良いものかしら――?)
これ見よがしに、ソルはため息をついた。
「欲しいんなら一冊買って良いぞ」
そう言われ、嬉しくなったティエラは本を選び始めた。
書籍の大きさや厚さ、内容等は様々だ。
悩んでいると、たまたま古典文学と思われる本に目が引き寄せられた。両手の平位の大きさで、深い青色の落ち着いた装丁をしている。
(この本……!)
ティエラはその書籍を選び、ソルにねだった。
グレーテルも便乗して絵本を選んでいた。彼女は難しい字が読めないらしく、簡単な本で良いのだそうだ。
「ソルとアルクダさんは?」
「俺は良い。頭が痛くなる」
そう言えば、ソルは昔からそうだった。本を読んだりするのが苦手だ。昔は、そんなソルを見たルーナが、よく笑っていたような。あまり良い笑いではなかった気もする。
「僕は字が読めないので~~」
アルクダはさらりと言った。
字が読めないのは初耳だ。
「字が読めないんですか?」
「はい、習える環境で育たなかったんで」
アルクダは、簡単な魔術を使える。どう覚えたのだろうか。しかも、文書偽造が得意ではなかったのか。
「あ、サインは出来ますし、見たままなにかを覚えたり、聞いたことはしっかり分かりますよ~~。そのまま書くのも得意です。だから、そんなに困ってません」
アルクダがティエラに説明した。
ひょいっと、グレーテルがティエラの方へと乗り出してきた。
「アルクダさんには、グレーテルが本を読んであげてるんですよ~~」
「そうなんですよ~~、昔から助かってます」
(グレーテルがアルクダさんに何かしてあげていたなんて…少し意外)
以前、グレーテルがティエラに話してくれた時。彼女はアルクダの事を「仕事をしない、自分のために色々してくれるからまあ良い」と評価していたからだ。
(私が思うよりも、グレーテルとアルクダさんは仲が良いのかもしれない)
「お客様、そう言えばご存知ですか?」
本を購入する際、ローブを着た商人から声をかけられた。
「国王様が急死されたそうな。葬儀が終わって、王女様の誕生日に女王の即位と、玉の守護者様とのご婚礼もあるという」
たくさん話してくる男に、ティエラは曖昧に笑った。
即位と婚礼までの期日は、もう二月は切っている。
ティエラ達は、急いで真実にたどり着かないといけない。




