水龍の唐揚げ②
「ふわぁ! み、見て下さい、タツヤ様! ヴァステラがあんなに遠くにありますよ!」
「お、俺たちが数週間掛けて歩いてきた距離ってあんなに短かったんだな。もうちょっとは進んでると思ってたんだが……」
「ふっ! 飛龍の箱船にすら乗ったこともないとは、流石は庶民じゃのぅ。妾は毎日乗っておる故に、こんな景色は見慣れておるわ!」
「エルドキア様、暴れないで下さいませ。此度の空輸は私たちだけじゃないんですよ? ただでさえ飛龍達に負担をかけているんですから、じっとして下さい」
「ンヴァ~」
数十分前、河原に来たのは三頭の大きな龍。運龍より少し大きい程度だ。
その龍達には龍具という馬具のようなものが装着されているらしい。
三頭の龍が三角形を作るようにして飛翔し、その下にぶら下がる俺たちが入った箱をワイヤーごと引き上げる――そういったものが飛龍の役割らしい。
乗り心地としては、ロープウェイに酷似している。俺たちの入る少し大きめの箱を持ち上げている三頭の龍は顔色一つ変えずに翼をはためかせている。
箱は上下に二つ重なっており、下の箱にはキッチンなどの用具、そして先ほど討伐した中級水龍ヴァルラング。こちらは貨物的な役割を果たしており、上段には俺、ルーナ、アマリアさん、エルドキア、そしてウェイブがいる。
ウェイブも、ルーナがいることで安心しているのかそれほど拒絶反応は示していないものの、やはり落ち着かないようで少しそわそわしている。
空高く上昇して、目的地である中央都市エイルズウェルトを目指す。
俺は、アマリアさんが出してくれた紅茶を口に含んだ。。
つい先ほど、「この景色を見慣れたのだ!」とルーナを蔑むように見ていたエルドキアだったが、先ほどから腰掛けを外に向けて景色を見つつ、「ふぉぉぉ」とテンション高めな様子で、それはルーナもほとんど同じだった。
アマリアさんは、俺の目を見て問うた。
「――としても、この時期にエイルズウェルトへ行こうと思う方も珍しいものですね。近頃はというと、かの噂を聞きつけて中央都市を離れる者の方が多いのですが」
「かの噂……というと、例のグラントヘルムの出現ってことですよね?」
確認の為に答えると、アマリアさんはその金髪を手で一度梳いてから、「はい」と頷いた。
「もともと我々グランツ教が立ち上がったのは、ちょうど1000年前。グラントヘルムがこの地に来襲したときなんです」
アマリアさんは、緑の広がる外景色を見て、呟いた。
「あのときのことは、幼いながらも未だに脳裏に焼き付いています。空がまるでガラスのように砕かれ、虹色を模した空間から出てきた一対の白銀角を輝かせた巨大な龍。天は割れ、地は揺れ、海は荒ぶる。あれは、災厄そのものです……ッ!」
悔しそうに拳を握りしめるアマリアさん。
その表情は苦痛に満ちている。
「……あれ?」
俺も最初こそ黙って聞いてはいた。だが、明らかにおかしい気がするのは気のせいだろうか。
そんな俺の狼狽っぷりを一瞥すらせずに、エルドキアは外を見つめながら「うむ、そういえば言ってなかったの」とアマリアを指さした。
「アマリアは1000年前のグラントヘルム来襲における現在唯一の生き残りじゃぞ。そして、現世において、グラントヘルムの美味を唯一知っておる精霊族じゃ」
……。
…………。
「…………は!?」
あまりの驚きに声が裏返ってしまっていた!
いや、だって……ということは、生き残りってことはアマリアさんって――。
「アマリアさん、おばあちゃんなんですねぇ……」
「しかもじゃぞ、ルーナよ。精霊族の寿命は何もせずに通常1000~2000年とされておる。じゃが、子を授かることによってその寿命はおおよそ500年ほど縮まるとのことじゃ。それを踏まえて基本的にアマリアほどの長寿はおらんぞ。ふふふ、どうじゃ! アマリアは凄いじゃろ! 《男を寄せ付けぬ孤高のアマリア》の異名もあるのじゃ!」
「ほうほぅ、ほうほぅ……結婚はあえてしていないってことなんですね。ウチの姉様は、『男が寄ってこない~!!』って言ってる人なので、ちょっと残念で……。その点、アマリアさん、カッコいいです!」
――俺が言わなかったことを平然と言ってのけた幼な組二人だ。
ふと隣を見てみるとぷるぷると頬を膨らませて涙を溜めている。
あぁ、色々、察せた気がする。
1000年間の時を経て、今もなお独身を貫く《男を寄せ付けぬアマリア》……と。
それは、寄せ付けないんじゃなくて、ネルトさんのように寄ってこないだけじゃ……。
再度アマリアさんを見ると、何かオーラのようなものが見えた。
触れてはいけないオーラが、垣間見えた。
多分、ダメなやつだ。それは多分禁句だぞ、ルーナ。
「エルドキア様、ルーナ殿、少しお話があります」
ふらり、立ち上がったアマリアさんは笑顔でルーナに歩み寄る。
エルドキアは、ふらふらと歩み寄るアマリアさんに気付かずに、「いい景色じゃのぅ」と目をとろんとさせている。
「……ぁ……あ……あ……」
唯一、アマリアさんの異様な気配をすぐさま察知したルーナが耳をちんまりとたたんだまま顔を青ざめさせていた。
ぽん、ぽんと、震える手でエルドキアの肩を叩いた。
「んぁ? どーしたのじゃ、ルー……ひっ!?」
幼い二人組が揃って顔をこわばらせてアマリアを見つめる。
エルドキアはすぐさま座席の上で正座をしてこじんまりとした様子で――それを見習って、ルーナも即座に足をたたんだ。
金色の尻尾さえも、小さくゆらゆらと揺れる中で。
「大体ですよ!? 私がここまで結婚できなかったのだって、ずっとずっと昔からグレイス家にお仕えしているからであって……。いや、別に後悔はしていませんよ!? 初代グレイス王へお仕えしている身として当然ですから、それでも、それでも昔から第三大隊長という立場を任されていたら、並の男は寄ってこないんですよ! いくら私が女っ気を放ってようがいかつい部下達のせいでイケメンは全員どこかへ逃げてしまうし、それに私には第一大隊長というずっと心に決めた方がですよ! それでも知ってか知らずかあの方は――」
アマリアさんが展開し始めた悲痛な生き遅れトークと共に、飛龍によって俺たちはエイルズウェルトに向かっていた。
大きな町が見えてくるのは、そのトークが白熱し始めた頃。
「ンヴァァ……」
ウェイブののんきなあくびが、今の俺には唯一の救いだった。




