獣人族の宴!⑦
「……あれ、ここ……」
ルーナが、自身のもたれていた木からゆっくりと立ち上がる。
力を使い果たした後であるためか、その足取りは少しだけおぼつかない。
いつもだったらその狐色の尻尾がふるふると揺れ動くが、今はその元気もないらしい。
その隙に作業していた集落の獣人族達は、持ち前の跳躍力を使用してルーナからは見えない位置の木へと飛び乗った。
ここにいるのは、俺、ネルトさん、族長の三人と少数の門番達だけとなった。
「ン……ゴホン」
と、そこにわざとらしい咳払いをしてルーナの前に立ちはだかったのは、族長――エクセン・ロン・ハルト。
彼は、顎にたくわえた白髭をぴんと手で払いのけてから、杖を地面に突いた。
それを見たルーナは、何かを決心したかのように片膝を突いて族長に頭を垂れる。
「族長――いえ、エクセン・ロン・ハルト様」
今まで見せては来なかった、その凄みに、雰囲気に。後ろに控えていたネルトさんが、心強そうに「ふん」と鼻息を荒くした。
「私の身はどうなろうと構いません――が、主であるタツヤ様を解放しては下さいませんか」
「……ほぅ。姉との決闘に負けてもなお、その意思は変わらんのか?」
族長は、まるでルーナを試しているかのように言葉を紡ぐ。
「解放条件は、儂の言うことを一つ、聞き入れること。その近いに嘘はないか?」
その問いに関して、はっきりと、ルーナは――。
「ロン族ではなくなったとしても、私は獣人族です。私の誇りにかけて――獣人族の誇りに掛けて、何なりと」
――そう、答えた。
「やるじゃん、ルーナ」と、ネルトさんが安心した様子でため息をついた。
族長はルーナのはっきりとした意思表示を聞いた後に、「パンッ」と力強く手を叩いた。
「うむ、では、ルーナ・エクセン・ロン・ハルト。このときを持って、ロン族からの破門を解除――そして、引き続きタツヤ様の旅に同行することを命ずる」
「……はっ」
ルーナは、頭を上げた。
「……はっ!?」
ルーナは、頭の上に疑問詞をいくつも浮かばせた。
「破門解除? ふぇ? ふぇぇぇ……?」
意味が分かっていない様子のルーナ。俺が族長の後ろで笑み浮かべていると、ネルトさんが俺の背をぽんと叩いた。
「行ってやってくれ、ご主人様」
呼ばれ方はなんだかむずがゆかったが、俺はルーナの前に行く。
「よう、ルーナ。ようやくお目覚めか?」
俺の後ろには、険しい顔をしたネルトさんが立っている。
「あ、あれ? タツヤ様……? あれ?」
きゅるるるるるる。
まるで、出会った時を思い出させるかのような腹からの快音。
「――っ!」
ルーナは、耳を真っ赤にして腹を抑え、「くぅぅ……」とその場にへたり込んでしまった。
「相変わらず食欲だけは元気だねぇ、ルーナ」
そんな状況を影で見ていたネインさんが颯爽と出てきてルーナの頭を優しく撫でる。
「あぁ、ルーナ。ちゃんと成長したなぁ。俺も嬉しいぞ」
それに続くように、クセルさんがルーナの頭を撫でていく。
「ふぇ……? ふぇ……!? 父様? 母様!?」
意味が分からない、といった様子で驚愕の表情を露わにしつつもどこか嬉しそうに頬を染める。
「ほれほれ、皆も出てきて良いぞ。ルーナの帰郷祝いじゃ」
族長の号令と共に、木の陰から次々と現れてくるのは集落の獣人族達だ!
「お帰り、ルーナ! よく言ったぁ!」
「よく頑張ったね、ルーナちゃん!」
「お前の好きな団子は用意してあるから、盛大に食えよ!」
「というかさっきの肉体増幅魔法凄かったよー!」
次々とルーナの周りに集まってくる獣人族。
その様子に、「夢? これは夢なんですか!?」と、ルーナは狼狽を隠せない。
「良かったね……ホント、バカルーナなんだから……」
彼女は、集団から離れていこうとする。
ホントは、ルーナの側に行きたいはずだ。この姉妹は、なんて不器用な姉妹なんだろうか。
「そういえば、ネルトさん」
「……なに?」
その目元は、少しだけ赤かった。
「手伝って欲しいことがあるんですが、ちょっといいですかね?」
俺の提案に、ネルトさんは渋々と言った体ながらも、そのすらりと伸びた尻尾はふるふると嬉しそうに動いていた。
○○○
「そういう……ことだったんですね……」
集落の人々がせわしなく、炊き終わった米を大皿に盛り分けていく。
俺は、ルーナが周りに話を聞いている間にもこちら側の料理を完成させていた。
アリゾール龍の肉をふんだんに使用した照り焼きアリゾールに、紅鳥や宝珠玉を使用しての親子丼、そのほかにも様々だが――。
それに対し、集落側でも負けじとアリゾール龍を使った料理などが作られている。
目の前お料理の山には、俺が見たこともないようなものまで幅広く立ち並んでいる。
宴の準備は、刻々と進んでいた。
まぁ、俺とネルトさんはキッチンで別の事情があって獣人族達の料理手伝いはあまりできなかったんだけどな。
あとで話はいっぱい聞かせて貰おう。
ルーナは、自身の胸にそっと手を置いた。
族長は、言う。
「獣人族の誇りを取り戻したお主を、いつまでも破門にしておくわけがあるまい。とはいえ、タツヤ様はこれまでも、そしてこれからも旅を続けるようじゃがな。お主にはタツヤ様の旅をしっかりと護衛することを命じる。儂らの恩人に傷をつけることは、末代までの恥と思うコトじゃ」
「――はい!」
俺がルーナに意思確認する前に、勝手に何か決まっちゃってた。
というか、俺としてもこの旅にはルーナの同行は不可欠だったわけだが……。
「そういうわけじゃ。今宵は、ルーナ・エクセン・ロン・ハルトの凱旋祝い。盛大な祭りになるじゃろう。好きなだけ食うと良い。主の好物も多分に準備されておる」
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ、ほれ、早く皆のところに行かぬか」
持っていた杖で、ルーナの足をぽんと叩いたのは族長だ。
「……ねぇ、タツヤ。ちょっと……一応、出来たんだけど……」
すると、俺の後ろではこっそりと白い皿を持ったネルトさんが姿を現した。
シャツの袖を少しだけ引っ張るネルトさん。
さっきまでの凜とした雰囲気は微塵も感じさせない、恥ずかしそうな姿。
「ルーナ、ちょっといいか?」
俺は、横切るルーナに声を掛ける。
「は、はい! 何でしょう、タツヤ様!」
俺の呼びかけに、嫌な顔一つせずに答えてくれるルーナ。
それを見て、後ろに隠れているネルトさんの背中をぽんと押すと、彼女のピンと張った耳が彼女の感情をそのまま表していた。
「ね、姉様……」
「こう……その、昼は悪かったよ。あんたのモノ……その、なんていうんだい? ぱんけーきっての……勝手に食べちゃってさ」
ネルトさんの持つ皿の上にあるのは、黄金色に光る丸いパンケーキ。
ほかほかの湯気が立ち、その上にバターと蜂蜜をふんだんに盛り付けたその皿からは甘い香りが醸し出ている。
少しだけ焦げているのは、ご愛敬ってことで。
「あ、あんたの食べちゃった代わりに、私がタツヤに教えて貰いながら作ったんだ。ほら。口開けな」
恥ずかしそうに、ネルトさんはナイフで丁寧に切ったその一切れにフォークを刺して、促されるままに口を開けていたルーナの元へとやる。
はむっ。
小動物のように素直に咀嚼するルーナの顔を見ながら、ネルトは「……どう?」と乙女のように恥じらう。
「中はもちゃもちゃ、外は焦げてパリパリ……ですけど……」
ふと、ルーナの瞳からは涙がこぼれる。
「今まで食べた中で、一番……一番美味しいです、姉様……ッ!」
「……そうかい、ありがとうね、ルーナ」
見た目こそは良かったものの、やはり初めていろいろな器具を使ったからか、失敗はしている。
だけど、これはネルトさんが心を込めて作った料理だ。それは間違いなく、世界一の料理だったはず――。
「あ、でもやっぱり世界一美味しいのはタツヤ様の料理ですけどね!」
「って、あんたいきなりそれ! そう、その態度! 昔っからルーナ! あんたは――」
「ちょっと姉様! 暴れないでくださいよ私体力残って――!」
「知らないよ、そんなこと! このバカルーナ!」
「何ですか! 姉様だってバカじゃないですか! バカ姉様!」
仲直りしてからすぐ喧嘩ですかこの姉妹は。
ぎゃーぎゃーと叫ぶ二人に、村人達は微笑ましい表情で見守っている。
まったく、姉妹喧嘩はまだまだ続くようだ……。




