義によって断つ
希望と絶望は勝利と敗北のごとく表裏一体。
果てない夢を見る者のほとんどは挫折し、夢など見なければよかったと悲嘆する。
やがて人類全体が夢を見るのをやめる時が来るのかもしれない。
今のままでいいじゃないかと諦めるかもしれない。
それはそれでいいのかもしれない。
だがそんな時、ユグドラシルは王の選出を開始する。
人々に己の王の挑戦の輝きを見せつけ、希望を取り戻させる。
ゆえにユグドラシルのメジャールールは広報。
有効範囲内、境界無き結界の内側に雄姿を届ける。
この世界のこの時代には全く不要。
すでにスーパーヒロインという希望が存在し、文明が万民に世界へ発信する力をもたらしている。
さればこの王は無価値なのか。
【どうだい、俺の代理人は強くて格好いいだろう?】
樹はこの世界の人々に問いかける。
※
ユグドラシルの根幹神器は九等分されており、一つ一つに対して所持者が割り当てられている。
九等分である関係上、一つ一つの性能は他の根幹神器に劣る。
それでも並みの枝葉神器を越える力を持っているが、無花果のもとに根幹神器が集まった今は、その力が抜けている。
鈴木他称戦士隊は、スーパーヒロイン級から一等ヒロイン級へ桁違いにスケールダウンした。
それぞれが相手をしていたコロムラはまだ残っており、誰もが苦境に立たされている。
しかしコロムラたちも動けない。
今彼女らが動けば、仲間の仇を討てるというのにできなかった。
社会不適合者同士の戦いで煮えていた頭が、社会を営む善良なる人々の素朴なる善意で冷めていたのかもしれない。
彼女らが手を止めたので鈴木たちも『大切な武器』をしまう。
彼らがユグドラシルの力を求めた理由は『ユグドラシルの力は武器に宿る』『その武器は壊れない』と知ったからだ。
彼らにとってこの武器は頼りないほど弱いが、今では彼らにとって誇りそのものである。
そして、脳内に送られてくる情報を見つめる。
先ほどは、一気に自分たちの戦う理由が流し込まれていたが、今はリアルタイムで起きていることが淡々と流れてきている。
最強の鈴木と最強の殺村が対峙していた。
そしてそれは、当の殺村全殺もまた見ていた。
(わかる……いま世界のすべての人間が、私を見ている……!)
この戦いは世界のすべてに知られることになり、一人一人の記憶に焼き付き、そして彼らは語り合うのだろう。
それが伝説。
個人のものでありながら全体で共有される情報だ。
普段の彼女なら喜ぶだろう。
己の強さを示し、それによって敗れる弱者の表情を知らしめることができるのだから。
だが目の前にいる王の姿に気圧されていた。
まばゆく輝く包丁を手にしている異常者に、自分の体を拡張してまで改造した異常者は怖気づいたのだ。
質が悪いことに、自分が怖気づいていることは客観視させられる。
その映像を見ている他の誰かの気持ちまではわからないが、自分ならばと、普通の意味での客観視を行う。
さぞ可笑しいに違いない。
普段から自分より弱いものを痛めつけて遊ぶ女怪が、人生で初めて会う自分以上の強者に恐れをなして情けない顔をしている。
他人事なら笑う。あるいは一般論としても。
コロムラの者も見ている、自分の先達たちも見ている。
見られているとわかったうえで、踏み出す勇気を出すに出せない。かといって退くに退けない。
彼女は初めて、誇りからくる葛藤を体験していた。
だが結論は出ていた。最初からこうするしかない。
殺し合いの場に存在する真理、つまり勝つしかない。この者を切らねば自分に明日はない。
「いざ……弑し奉る」
この瞬間、二人は人間であった。
大切なものがあると周囲が知った時、異常者もまた人であるとわかる。
世界のすべての人々が、この二人が譲れないものを持っていると理解する。
二人は真っ向から切り結び始めた。
双方共に笑いがなくなった。
楽しみも喜びもない。
凄絶なる覚悟を決めた者同士が刃をぶつけ合う。
「お、おおおおお!」
どんなものでも斬ってしまいそうな包丁は、そのイメージをそのまま反映したかのようにすべてを切り裂いていく。
だんだんと短くなっていくサーベルだが、それを彼女は再生能力によって延長し補う。
斬撃の余波は周囲の森を切り裂いた。
大地が割れ樹々がなぎ倒され、その射線上に存在していた人工物が倒壊していく。
スーパーヒロイン級すら霞む怪獣格の戦い。
世界の人々の脳に届くに足る、天下一の戦い。
(私のサーベルが斬られるとしても問題ない……斬撃を逸らすことはできる。それに私の方が間合いが長い。包丁そのものに触れなければ何とでもなる!)
彼女は攻防の中で己の人生に感謝していた。
他人を見下すことを勝利とし、他者に屈辱を味わわせることを何よりも好んできた。
だからこそ何でもできるようになった。
人間としての技術も、改造人間としての性能も、どれも一番だ。
何をやっても、どの領域でも勝てない。
それを教えてやることが楽しかった。
だからこそ目の前の、怪獣の包丁を振り回す殺人鬼に対応できている。
素質に溺れていたのなら自分は今頃死んでいた。
ぞっとしつつも安堵する。
今の自分は間違いなく最強の自分。自分の人生の可能性の中でも理論値だ。
(勝つ……勝つ! 殺して勝つ!)
敗者を見下すための強さもまた強さ。
格上相手にも通じる、通じている。
巨人となった彼女はそれでも精妙なるサーベル捌きが曇ることはない。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生き試し」
ぞっとした。肉体的に胴体が斬られた。
人体の有効活用、刀の切れ味を確かめる方法を冠する技が堅牢なる巨人の胴体を切断する。
「……ぐっ、ああああああ!」
人生最大の苦痛。
大量の内臓が一気に切り裂かれた。
だが出血しない。
改造人間の再生能力が、鋭すぎる切断面を超高速で修復する。
「負けてたまるか、死んでたまるか、顔をさらしてたまるか! 私は勝つんだ、私は勝つんだ!」
むき出しのワガママが彼女の地金であり強さの根源。
怪獣の宿る肉体はそれに答える。
「お前が速くなるなら! 私はもっと速くなる!」
必死のモンスターは加速する。
サーベルが一本で足りないのなら二本に増やす。腕が足りないのなら増殖させる。
それでもなお彼女の才気と鍛錬と生命力は美しく加速する。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生首」
「あ、ああああああ!」
無花果は加速する。今度は首を完全に切断した。皮の一枚すら残していない。
全殺の僧帽筋に相当する部位から手が生える。
自分の首を再接着し、急速に再生しながら動きを加速させる。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生き胆」
「うぐっあああああああ!」
内臓を切り抜かれた。
それでも新しく臓器を生み出し、その機能を補う。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生け花」
「いだ、いだ、ああああああああ!」
彼女のすべての腕が、花咲くように肉を割かれた。
激痛、出血、動揺。泣き叫びながらも、残った足でけり込む。
無花果の体は大きく吹き飛び、地面にクレーターを形成する。
「ああああああ!」
まだ再生していない腕を振りかぶって跳躍する。
振り下ろすまでの間に再生が完了し、サーベルが無花果に振り下ろされる。
「殺村流殺人刀殺法……奥義! 死屍々々……々々々々~~~!」
もはや何本腕があるのか、何本のサーベルがあるのかわからない。
しかし彼女は自分の腕を斬ることなく、サーベル同士がぶつかることもなく、一方的に切り込み続けている。
狂乱してなお最強の殺村。加速する、増殖する、増大する。
だがそれも限界が訪れた。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生き字引」
「……!」
耳なし芳一がごとく、全身に大量の文字が刻まれる。
再生しようしても再生できない。
再生能力の限界ではない、彼女の肉体が酷使されすぎて、再生能力を含めたすべての機能が停止したのだ。
もう動かない。
絶望した彼女の脳内には、自分の絶望した顔が押し付けられてくる。
今まで見たどんな敗者の顔よりもみじめで哀れで醜い顔だった。
「義によって 君を断つ」
感傷はなく、無花果の刀は解体を始める。
限界を超えた改造を受けた彼女の体が再始動するより先に決着はついた。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生命賛歌」
骨も肉も関節も。肉体のパーツのことごとくがきれいに分かれて飛んでいく。
その軌跡すらも花火のように美しく、静画にして動画の美であった。
グロテスクであった。
だがそれは洗練の不調和であり、鮮烈なる生命の開放であった。
※
王の時間が終わった。
集合していた九つの根幹神器は別れ、それぞれの元へ戻っていく。
だがそれを受け取った鈴木たちは、鈴木無花果の元へ集まっていた。
コロムラたちも同様である。
殺村半殺を筆頭に、生き残ったコロムラたちは全殺の元へ戻っていた。
「全殺!」
半殺は憎き強者、競争相手である全殺の首を見つけた。
それは確かに生きており、うつろな目をしながらも生命のエネルギーを感じさせた。
普通ならどうあっても助からないだろうが、鈴木無花果の逸話と、再起動した彼女の再生能力によって息が続いていたのだ。
治療すれば助かるかも知れない。
今なら確実に殺せる。
二つの思いが同時に合った。
彼女のモチベーションは、コロムラの当主の名である全殺を継ぐこと。
今それが叶う状況であるが、やはり迷いはあった。
迷ってしまうということは、モチベーションを裏切っているということ。
彼女は速やかに判断を下した。
「鈴木他称戦士隊の皆様。今回の戦い、私たちの全面敗北でございます。少なくとも今後は、李広殿やそのご家族を狙うことはありません」
「信じていいのかな?」
「必要がなくなりましたので」
気づけばコロムラたちは全員が当主のパーツを抱えていた。
勝利と恐怖の主であった彼女は、ついに自分よりも強い者に破れた。
言い訳の余地なくみじめで醜かったが、陥れる気になれない。
自分たちはあそこまで勝利を求められるだろうか。
とてもではないが自信がない。
彼女の強さの根幹はそこにあり、だからこそ尊敬に値する。
「ただ、我らが当主が個人的に再起して、貴方にまた挑むかもしれません」
「……え、この後で?」
「……自分で言っていて自信がなくなりました。ですが、それがあり得るかもしれません」
「すげ~キャラ立ってるな~~」
バラバラ殺人事件の被害者が加害者に挑戦するかもしれない、という脅威の可能性。
人間の可能性は無限大というが、彼女は人間の限界を超えているのでその上なのだろう。
鈴木一同、可能性を感じられる当主に敬意を抱いてしまっていた。
そして敗者であるコロムラは潔く離脱した。
残された鈴木たちは互いの顔を見る……のではなく、先ほどの記録を思い返していた。
ようやくだ。
ようやく胸を張って、李広を守れたと言える。
ユグドラシルの王になるための試練は長かった。
李広は冒険を終えて帰ってしまい、自分たちの努力は間に合わなかったかと悲観していた。
李広がスーパーヒーローになり、コロムラから狙われていると知って、正直うれしくもあった。
いけないことだが、ようやく罪悪感が和らいだ。
だがこれからも戦いは続く。
溺れそうな平和な時間が続くとしても、それでも敵に備え続ける。
それが彼らの通すべき筋だ。
「……あ、もしもし。どうしたの、紅麻」
美々のスマホが鳴った。
通話の相手は李広の相棒を自称する、須原紅麻であるらしい。
彼女もこの世界にいたのだから、今の情報は受け取っていたはずだ。
勝利を祝ってくれたのだろうか、という雰囲気ではない。
「あのさ、無花果。アンタがメジャールールで広の裸、全世界に流出させたでしょ? 広、めちゃくちゃ怒ってるって」
「そっか、謝っておいて」
「うん。紅麻~~謝っておいてね。じゃ」
通話を切って、美々は伸びをする。
結構疲れてしまったので、そろそろ帰って寝たいところだ。
「みんな、今日何食べる?」
「インスタントだと味気ないし、外食じゃなくて家で食いたいし、総菜でも買って帰るか?」
「ネットで注文して家で受け取ろうよ。なんか並ぶとか面倒」
「いいね~~。で、無花果、今日何食べたい? 今日はあんたが大活躍したから決めていいよ」
「は、はははは。魚篭鳥のほうが頑張ってたと思うよ」
「そうだぞ。俺の意見を聞けよ。今日ラーメンな」
「じゃあ餃子とチャーハンはいらないな」
「おいおい、そりゃねーだろ」
十五年間共に戦い、英雄の試練すら乗り越えた大馬鹿な仲間九人。
その中のひとりでしかないということに無花果は喜びを感じながら、これからも頑張ろうと仲間の中で歩くのだった。
「やあ、ビーチさん。進捗はいかがかな?」
「ひっ!? イチジク!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。同じ王なんだし、仲良くしようよ」
「スズキ・イチジクと仲良くできるのは鈴木だけですよ!」
「そうでもないよ。同じ鈴木って言っても個性があってね……」
「ああもうとにかく、あんまり近づかないでください! それで、その……えっと、進捗ですが、大体出来ました」
「さすがは木工ノ王。これなら間に合いそうだね」
「木工職人じゃないんですけどね。でもまあ……まさかあのメイスを刀身にする日が来るとは思いませんでした」
「君がいなければ、本当の意味で彼は王になれない。いざという時のために備えておく必要がある。頼んだよ」




