なんのために
世界中の人々に届く『伝説』。
錦、美々、始終、魚篭鳥、陸、奈乃香、末浩、胡瓜。そして無花果。
この九人は血縁関係こそ一切ないが、本当に鈴木の姓を持っていて、まったく偶然にスキルツリーのある世界へそろって召喚された。
『自己紹介しようぜ! 俺鈴木錦!』
『奇遇じゃん! 私も鈴木! 鈴木美々!』
『は? 俺も鈴木……』
『まさか全員鈴木……? 鈴木じゃない奴、挙手!』
『いねえのかよ! 全員鈴木かよ! 普通こういう時って、全員バラバラだろ!? せめて田中とか斎藤とか来いよ!』
いくら鈴木が珍しくない名前とはいえ、確率の偏りは著しかった。
九人の少年少女プラスアルファで全員鈴木になる確率や如何に。
そして確率の偏りはそのあとも続いた。
スキルツリーのもとでクラスの振り分けが行われた結果、全員がバランス型前衛職戦士だったのだ。
『勇者とか賢者とかこい! 戦士なのかよ!』
『あはははは! まあいいじゃない! 普通って最高よね! 私は嫌だけど! ……なんか私も戦士なんだけど……』
『おい待て、まさか全員戦士とかないよな……?』
『どういう確率だよ! 全員鈴木で全員戦士ってなんだよ! 宇宙一いらねえミラクル起こしてるんじゃねえよ!』
『チェンジ! クラスチェンジ! ……上級職とかないのか!? ないのかよ!』
彼らは天文学的な確率によって姓が被り、クラスも被っていた。
如何に戦士がよくあるクラスとはいえ、九人全員が戦士というのはもはや作為すら感じる。
神を呪う気持ちもわかるだろう。
『くそ、不味い……せっかく異世界転移したのに、このままだとモブのまま埋もれる!』
『鈴木なのはいい! 戦士なのもまあいい! それはそれで鉄板ネタだからな……だけど九人全員が同じなのはダメだろ!』
『なんかこう、個性を出していこう! 全員で被らないように何とかするんだ!』
こうして……九人の鈴木たちは『脱、没個性』を掲げてキャラづくりをしていった。
できるだけ他の八人と被らない姿をして、戦士以外のクラス名をでっち上げて名乗った。
パーティ名も各々がそれぞれのキャラに合った設定を名乗り、都度忘れていった。
『ゴージャス傭兵団、ゴージャス傭兵団です!』
『なに適当ぶっこいてるのよ! ビューティ! ビューティ傭兵団で行きましょう!』
『自分の名前を推してるんじゃねえよ! 新選組とかにしようぜ! 俺局長な!』
『ビクトリー海賊団! これで行こう!』
『……俺に合ったの、だれか考えてくれ!』
『リンリンサーカス団とかどう!? 鈴木だけに!』
『なあ無花果、俺たちって昨日なんて名乗ったっけ?』
『ごめん、僕も覚えてない』
本人たちがそれぞれ適当に名乗りを上げているのだから、周囲が彼らをどう呼べばいいのかわかるはずもない。
しかし実力もさることながらまとまりのない集団たちは、やがて『鈴木』として名が売られることになった。
それが転じて『鈴木他称戦士隊』。戦士だと自称しない鈴木たちと呼ばれるようになったのである。
彼らはめきめき実力を伸ばし、多くの仕事を引き受けた。
強くなること、活躍すること、個性的であることを求めていた(一名除く)彼らはどんどん強くなり、名を上げていった。
【曰く。鈴木無花果は人間を生きたまま解体して動物に食わせるのが趣味だという】
【曰く。鈴木錦の突貫は何物にも阻めないという】
【曰く。鈴木美々の拳は鎧すら穿つという】
【曰く。鈴木始終は多くの武器を使いこなしたという】
【曰く。鈴木魚篭鳥は巨大な斧を片手で振り回すという】
【曰く。鈴木陸の鋏はどんなものでも切り裂くという】
【曰く。鈴木奈乃香は大量のナイフを投げるという】
【曰く。鈴木末浩は巨大な鉄球を鎖で自在に操ったという】
【曰く。鈴木胡瓜は自分でも意味の分かっていないことを大声で叫びながら攻撃するという】
だが彼らの日々はある日唐突に終わった。
裏社会に恨まれるような仕事も引き受けていた彼らは、特別な過食者たちによって倒された。
再起不能になるほど痛めつけられ、武器や防具、財布からなにからすべて奪われて、山奥に捨てられた。
暴力の限りを受けた彼らは、このまま死ぬのだと確信してきた。
いままで全力で走ってきた。これからも走り続けるつもりだった。
ここで終わるのか。
確実に死ぬはずだった彼らの耳に届いたのは……。
『お父さん……お父さん! 人が、人が倒れてる!』
『うん? こりゃあまた、ひどくやられたな……!?』
『ねえ、お父さん。この人たちもしかして……』
『ああ、日本人だ!』
彼らが次に目を覚ました時、とても大きな部屋の中のベッドの上だった。
公民館に相当するであろう建物の中の大部屋に九人分のベッドが置かれていた。
鈴木たちは治療され、包帯を巻かれていた。
たまたま偶然山の中で自分たちは発見され、そのまま保護されていたらしい。
それから彼らはとても丁寧に看病してくれた。
人々の服装からして裕福とは言えないのに、できる限り最高の食事や薬を用意してくれた。
まだベッドから起き上がることもできなかった鈴木たちは感謝の言葉を伝えたが、その公民館に来る人々は礼などいらないと笑っていた。
『なあ、どう思う? これって善意か? それともなんか裏でもあるのか?』
『善意でもあるでしょ。でもさあ、ほら……アレよ。私たちに恩を着せて、いろいろしてもらうつもりなんでしょ』
『色々ってなんだよ』
『この街だか村だかに腰を据えてくれ、とかじゃねえの? 若い男とか女としてさ』
『私たちもうそんなに若くないでしょ』
『そこはいいだろうが! まあとにかく……いいだろ別に』
『そうだね。ここの人たちにはとても良くしてもらえたんだ。この街に骨を埋めるのもいいよね』
鈴木たちは無償の善意とは思わなかった。
彼らにも思惑があり、そのうえで助けてくれていると考えた。
その恩義に報いるのもまあいいか、と受け入れていた。
『鈴木他称戦士隊の皆様、もう体は良くなったようです。また旅に赴かれるのでしょう、どうかこれをお受け取りください』
一か月後。
すっかり良くなった彼らの前には旅の支度金と、貧乏な村や町ではお目にかかれないような、一級の武器が並んでいた。
それも鈴木他称戦士隊がそれぞれ使う武器ばかりである。
『皆様の得物にはふさわしくないかもしれませんが、我々が用意できる中で最高のものを仕立てました』
公民館らしき建物を出た彼らを迎えたのは、笑顔の貧乏人たちだった。
売れるものは何でも売って、明日食べるものすら怪しい人々が、自分たちの利益にならないものを無償で差し出してきている。
『これは、貸しってことか? 俺たちが復調したら、お金を返しに来てくれってやつか?』
『滅相もない! 見返りなど結構です、どうぞお受け取りください』
『おかしいだろ! なんでだ! なんであんたたちは俺たちにこれを渡す!? なんでここまでよくしてくれるんだ!?』
金持ちが気まぐれで助けてくれたこととはわけが違う。
見ず知らずの貧乏人が、身を削って献身してくれるなんて不可解だ。
自分たちはこんないい思いを受けるべき人間ではない。
鈴木たち全員が困惑し事情を聴く。
『……私たちとて聖人君子ではありませぬ。皆様にここまでしたのには理由があります。それは、貴方たちが『日本人』だからです』
『この街が大昔に日本人に救われたとかなのか?』
『大昔などではありません。つい先日……このタニマ街は日本人に救われたのです』
※
ほんの一年ほど前。
このタニマ街に最上位のサキュバスが現れた。
老若男女を問わず、ほぼすべての住民が魅了されてしまった。
難を逃れたのは一人の少女だけだった。
泥だらけになりながら大きな街にたどり着いた彼女は、多くのスキルビルダーたちが集まるギルドで叫んだ。
『お願いします、助けてください! 私たちの街がサキュバスに襲われているんです!』
話を聞いていた猛者たちにも義侠心はあったが、相手が最上位のサキュバスだと知るとしり込みした。
勝てないとは言わないが死ぬかもしれない。そんな仕事に相当の報酬をこの少女に用意できるとは思えない。
『悪いけどよ、諦めな。そんな強いモンスターを退治できる奴を雇うってなったら、お金がいくらあっても足りないぜ』
『いくらでも払います! 体でもなんでも売ります! どんな仕事だってします! 絶対用意します! だから助けて!』
『悪いが空手形で命はかけられねえよ。ささ、もうここを出な』
『待って! 助けてぇええ!』
ギルドの建物から追い出されそうになった彼女は抵抗するが、なすすべもない。
泣きじゃくって命乞いをするが誰も答えてくれなかった。
同情はしても行動は伴わない。まったく無意味な同情である。
『へえ、最上位のサキュバスがいるのか。町一つ魅了するほどの? そりゃ面白そうだ』
一人の、重装甲の猛者が現れた。
その出現によって周囲の空気が明らかに変わる。
『その仕事受けたぜ、是非俺に殺させてくれ!』
その猛者は少々の準備をすると、本当にタニマ街へ向かってくれた。
彼は魅了の力に満ちた街に踏み込むと、大量の眠り薬を巻いて人々を無力化した。
街のど真ん中に立っていたサキュバスを相手に、メイスで果敢に立ち向かう。
闘いは熾烈だった。
一対一で正面から殴り合い、双方が傷つき苦しむ。
『はははははは!』
鎧も兜も壊されて、大量の出血に染まった顔があらわになる。
狂暴に笑う男に対して、ついにサキュバスは逃げ出した。
男はメイスを手にサキュバスを追いかける。
どこまでもどこまでも追いかけられたサキュバスは、ついに大きな崖まで追い込まれた。
もはやこれしかない。飛ぶ力も残っていなかったサキュバスは崖から身を投じた。
岩場に体を叩きつけられたサキュバスは、なんとか逃げ切れたと安堵する。
だがその男は自らも崖に身を投じた。
とんでもない出血、骨折があった。
だが男はゆっくりと再生していく。
絶望し、這いながら逃げるサキュバス。
彼女がナメクジのように逃げる中で、朝顔が伸びるような速度で立ち上がっていく猛者。
真綿で首を絞めるように、時間が押しつぶしてくる。
『逃がさないぜ』
ついに彼は立ち上がり切り、逃げていたサキュバスを倒していた。
彼は勝利の感慨に震え終えると、崖にあった水場で顔を洗い、血にまみれた服を脱いだ。
ほぼ裸となった彼の元へ少女は走る。
腹筋胸筋、太い手足。
雄の体は少女にとって刺激が強かったが、照れながらも感謝を伝えた。
『スモモ・ヒロシ様! ありがとうございます! 街は救われました!』
『おお、そうか』
『それで、その……』
命懸けで戦った男にどう報いればいいのか、彼女はわからなかった。
男は笑って背中を向ける。
『楽しかったぜ、じゃあな』
たくましい筋肉を見せつけながら、彼は帰っていった。
※
そのようなことがあったと、タニマ街の長は語った。
『あの後、彼に報酬を支払おうとしました。しかし彼はすでに旅に出ており、報酬の交渉さえできませんでした』
彼が失った武器防具の値段はとんでもないものだった。
命懸けで戦ったことも含めれば、目玉が飛び出そうな金額が請求されるだろう。
サキュバスに襲われた街からすれば、無償で助けられたことは本当にありがたかった。
支払わずに済んだことに、感謝している卑しい気持ちもあった。
だがそれは罪悪感を町全体にもたらしていた。
『私たちは救われたにもかかわらず一銭も払っていません。自分たちに安寧をむさぼる権利があるのかと、日々悩んでおりました』
無償で救われたことが心苦しいと、タニマ街の人々は語る。
彼らの善良さ、民度の高さに鈴木たちは言葉もない。
『そんな時、貴方たちを見つけました。私たちは誓ったのです。日本人であるスモモ・ヒロシ様に無償で救われたのだから、私たちも無償で貴方たちを救おうと』
肩の荷を下ろした人々は疲れたように笑う。
『これが代替行為……スモモ・ヒロシ様になんのお礼もできていないことはわかっております。ですがそれでも……こうしなければ私たちの気が済まないのです』
鈴木たちは互いの顔を見合った。
言葉を交わすこともなく頷き合う。
『それなら、俺たちはこれから李広を無償で守る』
『なんと!?』
『あんたたちから受けた恩は、アイツに返す。それならあんた達も罪悪感を覚えなくていいだろ』
『よいのですか?』
『ああ! 俺たちに任せておけ!』
笑顔で手を振る人々を背にタニマ街を去る鈴木たちは、決意を持って歩き出した。
『なあ、確か今のアイツって、勇者と一緒に過食者と戦ってるんだろ?』
『そうらしいな。今の俺たちじゃ、足手まといだ』
『まず強くならないとね、今よりももっと……』
かくて、鈴木他称戦士隊は力を求めて旅立つ。
すべてはこの恩義に報いるために。
救われるべき彼らが本当に救われるために。
『僕ももっと強くなるよ。もう二度と、絶対に負けない。あの人たちや君たちに誓う』
次回 最終回 義によって断つ
どんな理由であれ、命を懸けているのならば。
それは立派な理由だ。




