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勝つために

 鈴木魚篭鳥(びくとり)と殺村全殺の戦いはまだ続いていた。


 片手で使うには重そうな斧を軽々と扱う魚篭鳥は、豪快に笑いながら連続攻撃を仕掛けている。

 それに対して全殺は喜びながら受けていた。


(ヤバい!)


 経験からくる判断によって、魚篭鳥は真顔で下がった。


 退こうとした彼の体に、全殺のサーベルが降りぬかれる。

 赤い線が走り、勢いよく出血した。


「がはははは! かゆいぜ! こんなもん唾つけておけばすぐ治っちまう!」

「貴方、かわいいわねえ。内心では大いに焦っているのに、虚勢を張ることを怠らない。時々真顔になるシーン……本当にかわいいわ。何度も何度も見ていたくて、ついついからかっちゃう」


 現在二人が戦っている場所には、これでもかと血痕が散らばっている。

 李広もそうだが、体力の自動回復を持つ者は長く戦うとこうなってしまう。


 それはつまり、まじめに戦っている魚篭鳥をして苦戦し、戦いが長引かされているということだ。


 全殺は魚篭鳥の回復速度を把握し、壊れないように配慮しながら戦っている。

 双方の実力差からすれば遊んでいると言っても過言ではない。


「がはははは! 俺の心を折ろうってのか? あいにく俺はちっとも応えてねえぞ?」

「そうでしょうね。だってあなた、最強になることを諦めているでしょう。自分が負けることなんて大して気になってない。貴方の心が折れる時はあの……鈴木無花果って人が負けたときでしょ?」


 図星である。

 いや、図星という表現も不適格だ。


 魚篭鳥はロールプレイをしている関係上、あえてピントのずれた返事をしているだけ。

 実際には相互理解は完璧だ。


 魚篭鳥は己の心の内を読まれていることを悟っている。

 なので内心を見透かされても驚くこともない。


「だからね、私はのんびり待っているの。貴方が恃みにしている無花果って子が、正美ちゃんを倒してここに来ることをね。でも……」


(来る!)


 突如として全殺は接近してきた。

 疾風怒涛、疾風迅雷の猛烈な斬撃を浴びせてきた。

 それに対して魚篭鳥は守勢に回って耐え忍ぶ。


「げへへへ、お嬢ちゃんが何を言いたいのかわかってるぜ。『でも、助けを待っている間に殺されそうになった時どんな顔をするのかもみたいわ』だろぉ?」

「その通りよ」

「そんでもってその次は……『凌げているつもり? もっと早くなるわよ』ってところか」

「大正解」


 深々とサーベルが刺さった。

 突き刺されながらも反撃する魚篭鳥だが、あっさりと回避される。

 それでも全殺はほめていた。


「今反撃しなかったら、そのまましとめていたわ」

「だろうな」

「貴方と私は初対面なのに分かり合えているわね。私はよく半殺ちゃんから『貴方は人の気持ちがわからない』とか言われるけど……わかったうえで言うわね」


 喜びの笑顔だった彼女の顔は、少しだけ憎たらしい色を出した。


「自分の意図を全部読まれえたうえで、それを越えられると腹が立つわね」

「ぐへへへ、残念だったなあ。助けがきちまってよお」


 少しも焦った様子もない姿で、包丁の血をぬぐいながら無花果が現れた。


「やあ魚篭鳥。可愛いワニにエサをあげていたら遅くなっちゃったよ。怒ったかい?」

「いや、俺のことを心配して、大急ぎで戻ってきたときの方が怒ったぜ。なにせ俺のキャラを信じてないってことだからな」

「うん! そう言うと思って、じっくり時間をかけてきたよ。それで僕と戦った人はかなりキャラが立っていたよ。あとでお話しするね」

「そりゃ楽しみだ。じゃあ、頼むぞ」


 深く傷を受けた魚篭鳥は離脱した。

 彼は最大HPも防御力も李広より上だが、再生能力に関しては一歩劣る。

 ここまでの深手を受けると、半日は傷が治りきらない。

 実質戦闘不能であるため、足手まといになるまいと潔く逃げたのだ。


「う~~ん、参ったわね。舐めていたのは本当だけど、手加減したうえで逃げられたなんて恥もいいところだわ」

「僕の友達は強いからね。僕があの子を料理して後片付けをするまで持ちこたえられると信じていたよ」

「それを越えられなかったのは私の失態だわ。ああもうこうなったら、貴方を切り殺してその首をあの子の前に持っていくしかないわね。そうじゃないと敗北感を味わえない」


 けったいな言い回しである。

 敗北感を味わうという言葉は、本来負けた側がいう言葉だ。

 相手が敗北感に打ちのめされているところを見て楽しむという意味で『敗北感を味わいたい』と言っているのなら筋は通るが、普通と逆である。


 おそらく彼女にとって、敗北感とは他人事なのだろう。

 そう思うだけの確信を彼女は放っていた。


 それは無花果も同じである。

 最強のコロムラを相手に恐怖や緊張はみじんもない。


 双方ともに、絶対的な自信を抱いている様子だった。


 無花果は楽に笑い、殺村全殺は喜びで笑った。


 刹那、同時に踏み込み合う。

 サーベルと包丁が真っ向からぶつかり合った。


 二人とも表情に変化はない。

 スーパーヒロイン級すら超えた領域で斬り合う。


殺村(ころむら)(りゅう)殺人刀(せんにんとう)殺法(さっぽう)止音(しね)

「ユグドラシルアーツ。活人剣、生首(なまくび)


 互いに殺そうと武器を振るう。

 確実に急所を狙い合う二人に、試合だとか試しあいの要素は一切ない。


「へえ、どんどん速くなってくるね」

「ええ。さっきは実力差を見切られていたからこうは戦わないけど、貴方のように『自分の方が強い』と思っている人にはこう対応するの」


 二人の攻撃が加速していく。

 精度は保たれたままに威力と速度が上昇し続ける。


「こうやって速度を上げていくとね、余裕を持っていた相手の顔が曇っていくの。楽しいわよ? こんな小娘に負けるわけがないって思っている奴が現実を受け入れかねながら死んでいく様はね」

「へえ、それはいい趣味だね」

「ええ、私はそのために戦っている」


 コロムラ当主、殺村全殺。

 彼女が何のために戦っているのかと言えばシンプルだ。


 勝ちたいからである。

 相手を屈服させるのが楽しいから戦っている。


 そのために強くなっていると言っても過言ではない。

 当主の座についているのも、それを悔しく思う者が多くいるからであった。


殺村(ころむら)(りゅう)殺人刀(せんにんとう)殺法(さっぽう)九汰晴(くたばれ)

「ユグドラシルアーツ。活人剣、()(づく)り」


 最高速に達した攻防がついに極まる。

 互いの肉をえぐろうと斬撃が交錯した。


殺村(ころむら)(りゅう)殺人刀(せんにんとう)殺法(さっぽう)深蛇餌(しんじゃえ)

「ユグドラシルアーツ。活人剣、()()

殺村(ころむら)(りゅう)殺人刀(せんにんとう)殺法(さっぽう)斬有(きるゆう)

「ユグドラシルアーツ。活人剣、()(ばな)


 最高速に達してなお攻防は続く。

 こうなればこの速度をどこまで維持できるかにかかっていた。


 一瞬でも早く失速した方が負ける。

 理解しているからこそ、二人は一歩も引かず切り結ぶ。


殺村(ころむら)(りゅう)殺人刀(せんにんとう)殺法(さっぽう)……(だいだい)!」

「ユグドラシルアーツ。活人剣、(いけ)(にえ)

「ころ……がっ!?」


 先に限界を迎えたのは全殺であった。

 吐血だけではなく、目や耳、鼻からも血管がちぎれたかのように出血した。


「ユグドラシルアーツ。活人剣、生生流転しょうじょうるてん


 その隙を見逃す無花果ではなかった。

 攻防の流れをそのままに、途切れることなく連続の斬撃を見舞う。


 強固であるはずの肩や股関節を切り裂き、一瞬で行動不能に追いやった。


「……!」


 常人ならば何が起きたのかわからないであろう連続攻撃を、全殺はしっかり見ていた。

 自分の手足がどのように切り裂かれたのか、再現できるほどはっきりとわかっていた。

 それでも肉体が追い付かず、結果無抵抗に切り裂かれる。


「さすがに強いね。でもそれが限界だ。君の強さは明らかに人間の限界を超えている。それを維持していれば体が壊れるのは自然だよ」

「その強さを維持できる貴方は何なのかしらね」


 ここから勝負をつけるのはたやすい。

 魚篭鳥がそうであるように戦士の再生能力はそこまで高くないが、彼女の……というよりもコロムラの再生能力もそんなものだ。

 両手両足を切り落とされれば、致命傷にならずとも再生に時間がかかる。

 もう勝負はついているはずだった。


「ねえ、最後に教えてちょうだい。相手の強さを読み誤って地面に倒れている元強者を見下ろして舌なめずりするのはどんな気持ち?」

「特にないかな」

「あら、クールぶるのね。私なら楽しくて絶頂しちゃうけど」

「君と僕は趣味が合わないみたいだね」


 鈴木無花果は強かった。

 純粋な身体能力だけなら魚篭鳥と大差がないだろうが、技量が違いすぎる。


 才能の差だ。


 魚篭鳥や他の鈴木も、表彰台を狙えるだけの才能はある。

 だが無花果は全殺と同様に、現役の間王座に座り続けられるだけの、天才中の天才という才能がある。


「僕は今が幸せなんだ。魚篭鳥もそうだけど他にも素敵な友達がいる。だからあとは料理ができて、それをおいしく食べてもらえればそれだけで満足だよ」

「欲のないことね、残念だわ」


 じわじわと再生していく全殺は、なんとか顔を上げられる程度に再生した。


 血と泥にまみれた彼女は顔を上げる。その表情はさっきまでよりも残虐な喜びの顔をしていた。


「貴方が勝ち誇っている顔を観たかった。そこから転落するところを見られれば、どれだけよかったか。ああ、残念でならないわ」

「へえ、まだ奥の手があるんだ」


 無花果は大きく距離を取った。

 とどめを刺すのではなく、あえて彼女の次の一手を待った。


 彼女自身はまったく動かなかったが、彼女の背後から多くの『手足』が這いながら接近してくる。


 腕と足。それぞれが虫のようにうごめき、彼女の体を覆い支えていく。

 これには鈴木無花果も目を見開いていた。


「すごいな、この世界にはこんな技術があるんだ」


 大量の手足が絡み合い、大木のようなシルエットを構築する。

 全殺を核として、巨大な人間の像が構築されていた。


「コロムラの新兵器よ。怪獣の技術とクローン技術の併用らしいけど、難しいことはわからないわ。でもこれで私の人間としての枠は広がった」


 格の美しさはそのままに、絡み合った太い手足を誇示する全殺。

 彼女の表情はやはり喜びだった。


 まるで子供のように残酷に笑っている。


「一応、弱点を教えてあげましょうか。お察しの通り、この姿で長く戦うことはできないし、それどころか限界が着た後には戦闘不能になって何日、何週間も動けなくなる。文字通り最後の手段」


 驚いている無花果に希望と絶望をもたらすべく、彼女は事実を嬉々として伝える。


「私がどれだけ強くなっているか、私がどれだけ戦えるか知りたい?」


 肥大化している掌からサーベルが生えてくる。

 体格に見合う巨大なそれを舐めながら、うっとりしつつ無花果の変化を待つ。


「聞いたら教えてくれるかい?」

「どうかしら……」


 彼女にとってもこの力を使うことはリスキーだ。

 だからこそ、相応に楽しみたいという欲があふれてくる。

 このまま一気に勝負をつけたら、この後の戦闘不能になった日々は残念な気持ちで過ごすことになるだろう。


 今しがた自分を倒した好敵手(笑)が現実を受け入れた後どうするのか、楽しみでしょうがない。


「どう?」

「ああ~~、ちょっと待って。今少し浸るから」


 冷めることに、無花果は一人の世界に旅立った。

 現実逃避されては拍子抜けである。


「ん~~……」


 無花果は過去の思い出に浸る。

 それは一人の世界であり、仲間との世界である。


 お前は強いけど、俺たちのことは心配しなくていいぜ

 そうそう! 私たちだって強いしね

 無花果は好きにしていいよ。私たちも好きにするから


「うん、よし。やろう」


 無花果は吹っ切れた顔になり、自分の持つ包丁に話しかけた。



ユグドラシル(・・・・・・)、君の体を集めるけどいいかい?」

『許可ならもう出してあるだろ。お前たちの好きにすればいい』

「そっか、じゃあ好きにするね」



 包丁から声がした。

 マイクでも仕込んであるのか、と一瞬だけ考える。


「みんな……根幹神器(・・・・)を僕に集めてくれ!」


 その包丁から、角笛(ホルン)が出現した。


 無花果は大きく息を吸い込むと、角笛を吹き鳴らす。



 素肌が見えなくなるほどの西洋鎧を身に着け、両手持ちの巨大な鉄槌を振り回していた鈴木(にしき)

 ピエロの姿で大量のナイフをジャグリングしつつ、投げまくっていた鈴木奈乃香(なのか)

 この二人は同じ戦場に立ち、多くのコロムラを倒していた。


 その二人の耳に角笛の音が届く。

 同時に二人の持っていたナイフや鉄槌が光り輝き始めていた。


「そうか……そこまでの敵だったか! 奈乃香! わかってんな!」

「もちろんよ!」


 二人は鉄槌とナイフを天に掲げた。

 直後その武器から『威厳』や『神秘性』のようなものが抜けていく。

 残ったコロムラたちはその異様な光景に目を奪われていた。


 人間の武器を修飾していた(かみ)の肉体に目を奪われていたのだ。


「行け、ヴァナランド!」

「飛んでいきなさい、ニヴルヘイム!」


 二人の体から(かみ)が抜けていく。

 完全に離脱したそれは、角笛の元へ飛んでいった。


 空を仰ぎ見れば、同じように六つの(かみ)が集まっていく。


 思わず祈りたくなるような、幻想的な光景であった。


 

 無花果の包丁に宿るアースガルズ、錦の鉄槌に宿るヴァナランド、美々の拳に宿るアールヴヘイム、始終の武器全てに宿るミズガルズ、魚篭鳥の斧に宿るヨトゥンヘイム、陸の鋏に宿るニザヴェッリル、奈乃香のナイフに宿るニヴルヘイム、末浩の鉄球に宿るムースペッルスヘイム、そして胡瓜のバットとグローブに宿るヘルヘイム。

 ユグドラシルの根幹神器は九つに分かれている。それらは一人につき一つしか所有することができず、本来の力を発揮するにはすべての所持者から許可を得なければならない。


 つまり、伝説の(かみ)ユグドラシルから認められるほどの英雄(おう)が九人そろい、一つの目的のために協力していなければ、ユグドラシルの代理人(おう)は生まれないのだ。


「怪獣……」


 モンスターとなった殺村全殺は仰ぎ見た。

 先ほどまでのように余裕はない。

 荘厳な風景に見とれるように(かみ)を仰いでいた。


「行こう、ユグドラシル」

『好きにしろ。お前たちは俺の代理人(おう)なんだからな』


 その樹を構築するものは情報であった。

 文字であったり壁画であったり、音符であったり地図の記号であった。

 音波であり電波であり、臭いであり凹凸であった。


 情報そのものが超高層ビルのような、巨大建造物のごとき樹の形を成している。


 それが激流のように、高速で収束していく。

 鈴木無花果が持っていた一本の包丁に、怪獣のすべてが注ぎ込まれていく。


「そういえば僕は名乗っていなかったね」

「!」


 すべての隠し札を出し切った後の全殺は、怪獣のすべてを手にしている無花果を前に一歩下がってしまった。



「僕は鈴木他称戦士隊のメンバー。クラス連続殺人鬼(シリアルキラー)、事件簿の無花果。布教(ふきょう)(おう)だ」



 薄く、しかし確かに、楽しそうに笑う。


「正々堂々、君を切り殺して餌にする」


 この時代、この世界に不要な王はそれでも与えられた力を行使する。



「王剣神樹ユグドラシル! 完 全 開 放(コンプリートリリース)! メジャー(・・・・)ルール(・・・)開戦の日(ラグナロク)布令!」



 鈴木無花果から光の帯が放たれる。

 それはこの戦場のすべて……それどころか国境さえ越えて、地球全体に波及していく。

 地上を監視する人工衛星が観測できるほどに、その権能ははっきりとしていた。



 世界に対して、布教が始まる。

 

この時代のこの世界に、全く不要で無意味な王が誕生した。

その暴威はあらゆるものを切り伏せる。


次回 何のために


君はどんな理由で戦う?

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殺して当然、殺されて当然の連中しか居ない戦いっちゅうのも、なんか、また、アレやな・・・
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