正義のために
グロ注意。
鈴木他称戦士隊最強の戦力たる鈴木無花果は、コロムラの最高戦力であろう殺村全殺と戦うはずだった。
しかし突如の乱入者によってはぐれてしまい、遠くへ移動することになった。
刺突によって移動させられた無花果は、周囲の風景が変わったことに少し戸惑う。
ここが以前に観光地であったのだが、その大きな池の近くに来ていたのだ。
付近には船着き場の残骸や手漕ぎボートが浮かんでいる。
池そのものはそれこそ濁っており、まったく人の手が入っていないことがうかがえた。
ざっぱんと、中にいた大きな生き物が跳ねた。
ワニであった。おそらく飼育されていたものが逃げたか捨てられたかして野生化したのだろう。
「へえ……」
無花果は戦闘中であることも忘れて、興味深そうにワニをみた。
よくよく観察すれば結構な数のワニがいる。動物が好きな彼としては、恐怖よりも先に親愛が湧いていた。
「殺村流殺人刀殺法……止音」
「うわっ?」
「殺村流殺人刀殺法、深蛇餌」
「ちょ、ちょ、ちょっと待とうよ」
「殺村流殺人刀殺法、九汰晴」
「そんなに焦ることないじゃないか」
女傑の攻撃は止まらない。
基本的な技ばかりであったが、その精度も威力も普通ではない。
自分の友人たち、鈴木他称戦士隊のメンバーに匹敵する実力者だと悟っていた。
そのうえで一切遊びがない。
問答無用を地で行くふるまいは、まさに殺しのプロであった。
「これだけ熱い思いをもっているんだ、お互いのことを知り合ってから戦おうよ」
ぎゅわん。
鈴木無花果は女傑をはねのけた。
仮に蟷螂であれば戦闘不能になる一撃だったが、彼女は服を切り裂かれ胴体に赤い線が走っているだけだ。
大きな傷とはとても言えない。
やはり強い。スーパーヒロイン級の強さを持っていると確認できた。
「貴様と話すことなどない。貴様を殺すだけだ」
その女傑は、切れ長の目を持っていた。おそらく美しい女性なのだろうが、睨む目は凄絶で殺意しか感じられず、美しさよりも恐ろしさが先に立っていた。
もとより強い心を持っているのだろうが、それを向けられる理由がわからない。
無花果は笑いながら質問を続けた。
「そんなこと言わないでさ。僕にも事情があるんだよ。僕の仲間……鈴木他称戦士隊の他のメンバーは、けっこうこだわりが強いんだ。あとで君のことを聞かれた時によくわからないままだと、怒られちゃうんだよ」
「くだらないな……だがまあ、いい。お前以外に聞くつもりだったが、お前にも聞いてやろう」
「あ、その前に自己紹介をしあおうよ。僕は鈴木無花果、鈴木他称戦士隊の……」
「黙れ。お前の名前などどうでもいい」
排他的な態度をとりつつも、彼女は名乗った。
「私の名前は山々正美だ」
「……え、君はコロムラの人間だよね。殺村正美じゃないの?」
「私はコロムラに所属しているが、殺村などという芸名など背負っていない」
鈴木他称戦士隊という組織に帰属意識の強い無花果からすればびっくりする話だった。
コロムラに属している人間はみんな殺村という名字を名乗っているものだと思い込んでいた。
結構自由度の高い組織なのかもしれない、と新発見の気分である。
「その山々さんは……」
「貴様に名前を呼ばれる筋合いはない」
「ああ、うん」
「私が貴様らに聞きたいことは一つだ」
失礼にも……あるいは気持ちの表れかもしれないが、山々正美はサーベルを向けたまま質問をする。
「お前たちは何のために、李広を守ろうとしている?」
「その質問には答えられるけど、もしもその質問が気に入らなかったらどうするんだい?」
「李広も殺す」
「あれ? 確か君たちは李広を捕まえたいんじゃなかったっけ? 理由までは知らないけど、そう聞いていたよ」
「コロムラの方針などどうでもいい。殺す」
殺村を名乗らないだけあって、コロムラよりも過激な思想を持っていた。
皮肉だなぁと苦笑しながらも無花果は説明した。
「早く話せ。別にお前でなくてもいいのだぞ」
「うんうん、わかったよ。それじゃあ話すね」
珍しい話でもなければ込み入った話でもない。
無花果はさらっと説明した。
一方で山々正美は目を見開いて驚いている。
「お前のような極悪人が、その理由で命を懸けるのか?」
「おかしいかい」
「……いや、極悪人にも義はあるということだろう。その言葉は信じる。そして李広も殺さない」
話に矛盾はない。
彼女の知る李広の人物像とも乖離はない。
だからこそ彼女は李広をターゲットから外していた。
「だがお前とその仲間を殺さない理由はない。悪は裁かれなければならない。私は正義の味方としてそれをなす義務がある」
「正義の味方?」
今度は無花果が驚く番だった。
コロムラに所属している身で正義の味方を自称するなど普通ではない。
彼女が真剣だからこそなおおかしかった。
そして彼女の腹部、今しがた自分が出血させたばかりの傷がまったくふさがっていないことにも驚きを隠せない。
彼女は改造されていない。素のままでスーパーヒロイン級の戦闘能力を持っている。
これはつまり、彼女が普通に人類の最高値であることを示していた。
「正義の味方っていうのなら、怪異対策部隊のヒロインになった方がいいと思うけど。君の実力ならスーパーヒロインになれたんじゃないかな」
「彼女たちの仕事は評価している。だが彼女たちは人命救助の専門家であって正義の味方ではない」
「それじゃあ君は正義の味方と人命救助を分けているわけだね。僕としては人命救助以上に『正義』と言える行動はないんだけど、君は違うみたいだね」
「もちろんだ、正義とは悪を討つもの。人命救助はまた別だ」
「悪を討つのが正義なら、悪はどう定義するんだい? 正義に討たれるのが悪とか言わないでくれよ。循環定義っていうんだっけ?」
正美はやはり迷いなく答える。
「悪とは利益を含まない加虐行為だ」
思いのほか明確な答えが返ってきたことに無花果はやはり驚いた。
どうやら彼女にはしっかりとした信念があるらしい。
「正義の敵はまた別の正義だというくだらない言葉があるが、あれは間違いだ。正義と正義は決して対立しない。なぜなら悪を討つものが正義であり、別の正義と対立することはあり得ないからだ」
「それはまた独善的だね」
「違うな。私以外が正義をはき違えているだけだ」
無花果からすれば少しばかり指摘するべき論点があったが、それは黙っていた。
彼女はどうやら正義を語りたくてたまらないらしい。
さっきまでの問答無用ぶりとは偉い違いである。
「肉食獣が草食獣を食べることは悪か? それとも草食獣が肉食獣から逃げることが悪か?」
「どっちも悪じゃないんじゃないかな。しいて言えば失敗した方が悪いのかな」
「後半は余計だが、前半は正しい。そうだ、肉食獣は食わねば飢えて死ぬし、草食獣は食われれば死ぬ。どちらも生死という利益に関わることだ」
ならば、と続ける。
「世の中の正義と正義の対立などというものは、相手と自分の利益が対立しているだけだ。どちらにも正義はないし、悪もない」
「……それはまあ、そうかも」
無花果も少しずつ納得していった。
「悪とは犯罪と同じではない。利益を求めない加虐行為だけが悪と言える」
「窃盗は悪じゃないけど、強姦のたぐいは悪だと?」
「そうだ」
「君も随分極端だねえ。僕の仲間が聞いたら『キャラが立っているな!』って嫉妬すると思うよ」
彼女は『悪』と『正義』の枠を狭めている。
悪と正義について真剣に考えたからこそ、絶対に間違えない一線を己で引いたのだろう。
「僕は自分のことをなんとなく悪い奴だと思っていたけど、その定義でも悪だね。君は確かに僕を殺すべきだ」
正美の目は鋭いままだ。
鈴木他称戦士隊の戦う理由を聞いて驚きはしたが、殺す予定に変更はない。
ーーー怪異対策部隊はあくまでも怪異と戦う組織である。
コロムラから襲われた場合に対応することはあるが、それは自衛であって逮捕権などはない。
つまり怪異対策部隊に所属していた場合、正美は目の前の超危険人物に対して何もできないのだ。
コロムラにいるからこそ、自分はこの危険人物を殺すことができる。
「そうだ。お前たちのような輩は生きていてはいけない。社会の足を引っ張る悪が、どれだけの損害を与えてきたことか……!」
スーパーヒロインになれた人間がコロムラに属する。
理解できないと困惑する、あるいは反発する者も多い。
だが殺村紫陽花のような元スーパーヒロインたちは理解できる。
殺したい相手を殺せないのは、本当にストレスだ。
「山々正美。君は尊敬に値する人だ。そんな君に敬意を表して、僕について説明をしよう」
本気の殺意を向けてくる正美に対して、無花果は好意的だった。
だからこそ自分の能力について無駄に説明をしてしまう。
「君は正義について語ってくれたけど、伝説というものについて考えたことはあるかな」
「ないな」
「伝説っていうのは、情報の一種だよ。人々の心に残る情報を伝説と呼ぶんだ」
印象に残る情報だけが伝説と呼ばれる。
そんなにおかしな定義ではないので、正美は一々反応しなかった。
「僕たちはその伝説を力に変えて戦っている」
「どういうことだ」
「噂話は誇張されるものだよね。その誇張表現をある程度現実で実現できるのがユグドラシルという樹の力なんだ。力持ちで有名になった戦士が、その伝説を力に変えてもっと力持ちになる、と思ってくれ」
白髪三千丈。
伝説に限らず噂話には尾びれ背びれがつくものだ。
実際に大岩を持ち上げられるわけでもないのに『彼は大岩をも持ち上げる』と言われることもある。
だがユグドラシルはそれを実現させる。
力持ちで有名な男に噂通りの怪力を付加するのだ。
「それで僕が得た力なんだけど、殺傷能力の低下なんだ」
「どういうことだ」
「ゲームで攻撃に即死判定がある、とかあるだろ? 僕はそれの逆で致命傷になりにくいんだ。普通なら致命傷になるはずのダメージを与えても、僕の場合は殺せないんだよ」
「それが何の役に立つ?」
「完全にデメリットだよ。なんだかよくわからないテキスト効果とかで変なシナジーがあるとか、そんな隠し要素はないんだ。僕は人を殺しにくい、それだけだよ」
かちゃりと、日本刀のような刃物を無花果は下段に構えた。
「僕の話に付き合ってくれてありがとう。それじゃあ戦おうか」
「……殺す」
お互いにかみ合わない会話をしていた。
それほどに価値観が異なるが、お互いに戦う者である。
殺し合って結果を出すことになる。
「お前が私より強いとしても……正義のために、社会のために、人々のためにお前を殺す」
「ふふふ、怖いなあ」
「己の命も惜しくない、差し違えてでも殺す!」
山々正美は、無花果と戦う必要などなかった。
全殺が戦ってくれるのだから、彼女に殺させればよかったのだ。
だがそれでも彼女には無花果を殺さないという選択肢はない。
無花果からは悪臭がする。
ただ生きていることも許されない邪悪の権化だとすぐにわかった。
この悪を見逃しては、なんのために鍛えてきたのかわからなくなる。
「殺村流殺人刀殺法……奥義!」
今持てるすべての力をもって、鈴木無花果に致命傷を負わせようとする。
「斬是夢王流!」
疾風迅雷の連続斬撃。
殺村を名乗る者でも一部しか使えない必殺の奥義。
山々正美はそれを完璧に扱えたが、それでも鈴木無花果は捌いていく。
(やはり強い! だが! それでも殺す!)
怒涛の連続攻撃が終わり、わずかに硬直する。
しかしそれでも彼女は止まらない。
次の奥義へ動きをつなげる。
しかし鈴木無花果はそのわずかな一瞬を見逃さなかった。
日本刀のような刃物を一閃し、すれ違いざまに正美の体を切り裂いた。
「ぐぁ!」
すさまじい激痛と倦怠感に襲われた。
無改造である彼女は、普通のスーパーヒロインと同じだ。硬いだけで再生能力は常人並みである。
だからこそ、この一撃は致命傷になるはずだった。
「深く切られたが……確かに、致命傷にならないようだな……!」
まだ戦える。もう助からないとしても、死ぬまでのわずかな時間でこの悪鬼を討つ。
振り向いた彼女が観た物は、まさに悪鬼であった。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生き胆」
無花果は生きた臓器を手にしていた。
それが誰のものか、倦怠感と激痛が教えてくれる。
「お、お前……お前、お前……!」
ここでようやく彼女はすべてを理解した。
鈴木無花果の持っている武器は日本刀に似ていたが、わずかにデザインが異なっていた。
鋏だとか鉄球だとかに比べれば実戦的なので気にしなかったが、ここでようやくその正体に気づいた。
日本刀サイズの包丁だった。
「おやおや、お腹がすいているみたいだね。ほら、お食べ」
濁っている池の中からワニが顔を出していた。
おそらく血の匂いに気づいたのだろう。
無花果は優しい顔で臓器を投げていた。
ワニはそれを大きな口を開けて迎える。
他のワニと争いながらうねっていた。
「お前、お前……!」
「あははは。ケンカしたらダメだよ。ちゃんと君たちの分も用意してあげるから、ちょっと待っててね」
無花果は少し目を動かした。
朽ちかけた手漕ぎボートを見つけると笑う。
「ちょうどいい、船盛にしてあげよう」
彼女が考えるべきだったのは、どういう伝説を持っていたら『殺傷能力が低い』という効果を得られるのかであった。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、活け造り」
【曰く。鈴木無花果は人間を生きたまま解体して動物に食わせるのが趣味だという】
鈴木無花果。趣味は料理、好きなものは人間が好きな動物である。
ついに最強の鈴木と最強の殺村の戦いが始まろうとしていた。
生と死、活と殺が衝突する。
次回 勝つために
君はどんな理由で戦う?




