強くなりたかった、お金が欲しかった。
自称喧嘩屋、鈴木美々。
彼女の姿はある意味普通だ。ジャケットにジーンズ、動きやすい服装。
古い言い方をすればお転婆、不良のような姿だ。
彼女にとってこれはコスプレであり戦闘服。
何ら臆することなく、コロムラと戦っている。
彼女と向き合っているのは殺村赤巳。
他のコロムラと同じく帯剣しているのだが、剣を抜くことなく徒手空拳のみで戦っていた。
双方ともに素手の戦い。
異質な衝突は優劣のはっきりしている者だった。
「殺村流殺人拳殺法! 銅鑼!」
赤巳の放つ渾身の一撃。
顔面への正拳突きは、修練を感じさせるものだ。
もちろん威力も尋常ではない。
だがそれを美々はあっさりとパーリングする。
「あはははは! どうしたのどうしたの!? もっともっと打ってきなさいよ! 私はまだまだ戦い足りないわ!」
(まるで格闘ゲームをしている気分ね……!)
美々は赤巳と対照的だ。
動きそのものは粗暴で大雑把、服装相応にケンカ殺法で戦っている。
しかし動きの組み立てや相手への対応は熟練している。
プロの格闘ゲーマーが荒々しいケンカキャラを操作しているようなもの、と言えば大体想像がつくのではないだろうか。
「殺村流殺人拳殺法! 厳乞!」
「効かねえよ! 殴るってのはこうやるんだ!」
また厄介なことに、美々は頑丈でもあった。
高い防御技術を持っているうえで、被弾しても平然と反撃できる。
その幅が赤巳を屈服させた。
なんのこともないボディブローで膝をつくことになる。
「わざわざステゴロタイマンはってきたから付き合ってやったけどよ、これじゃあ話にならねえぜ。魚篭鳥のところに行くとするか」
「待ちなさい……当主様のところにはいかせないわ」
「お前と戦っても楽しくねえんだよ、雑魚」
言い回しはロールプレイなのだろうが、発言と行動は本心だった。
赤巳は弱かった。おそらく蟷螂より弱いのだろう。
こんなやつの相手をしている暇があったら、強敵と戦っている仲間の救援に向かうべきだ。
その合理性を赤巳は否定しない。だがそれを許容できない。
「雑魚だと……私がか?」
精神力を総動員し、赤巳は立ち上がった。
使命感ではなく私情、信念をもってファイティングポーズを決める。
「誰にも私を……雑魚とは言わせない!」
まだ呼吸も整わないままに、赤巳は突っ込んでいく。
その無謀の先に死が待っていることも彼女は覚悟していた。
※
殺村赤巳、本名大山友恵。
彼女はいわゆる空手道場の家に生まれた。
2100年ごろであっても空手や柔道は文化として残っており、空手道場という教育機関も存続している。
彼女の空手道場はいわゆる古流、寸止めで決着とする流派であった。
その空手道場の長女として生まれた彼女は、自然と空手を学ぶことになる。
とても筋がよく、大人顔負けだと、父親や道場生からほめられていた。
少しだけ年の離れた弟も、姉のことを強い強いと言って慕っていた。
幼少期の彼女は、そうした幸せな時代を過ごしていた。
だがそれも、彼女の暮らす街に怪物が現れるまでのことである。
怪物の眷属である怪人が、空手道場にも押し寄せてきた。
道場主である父は全く戦おうとせず、しかし子供たちを逃がそうと頑張った。それでも何もできず死んでしまった。彼女の母や弟も同様である。
彼女だけは体が頑丈であり何とか助かったが、目が覚めたときにはすべてが失われていた。
家族も、家屋も、道場も、そして自分が強いという万能感も。
彼女は他の多くの被害者と同じように、人生の多くを失った。
だが病院の検査によって、自分にも魔力があるとわかった。
その力によって死なずに済んだと知った。
彼女はそこから自分を再構築した。
自分がヒロインになって、怪人や怪物を倒して、自分と同じ思いをする人を減らしたい。
彼女はそう心に決めると、必死にトレーニングを積んだ。
ヒロインになった時、少しでも強くなるために。
『貴方の魔力は基準に達していませんでした』
現実は残酷だった。
彼女はヒロインになれるほどの魔力がなかった。
殺村紫電と同様に、常人より強いというだけの分際だった。
ーーー半端な才能は人生をゆがませる。
人は彼女のその後の決断、コロムラに入ったことに対してそう考えるだろう。
ヒロインになれなくても、警察や自衛隊などで活躍できる、人の助けになれるはずだった。
だが彼女はそれを選ばなかった。
自分は強くならなければならない。
幼少期の弟の目が、今も脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。
そして、コロムラに入った後も現実はついて回った。
限界ぎりぎりまで肉体改造を行って、修練に人生をかけても、彼女は当主の候補にも選ばれなかった。
魔力があるという点を除けば、彼女のセンス、才能は人並だった。
それでもなんとか師匠格にはなれた。
有望な弟子をとり、彼女らを指導する立場になったことも満足できた。
人生に悔いはない。
だがそれでも、雑魚だと言われることに我慢はできない。
※
親でも殺されたのか、という慣用句がある。その通りだという返事もある。
彼女はまさにそれだ。
彼女は自分の弱さが親や弟を殺したと感じている。
負けることも弱さも受け入れているが、雑魚だからと見逃されるなどありえない。
死んだほうがましだった。
「あああああああ!」
醜いあがきだった。
絶叫して殴りかかる様はただの癇癪を起した女であった。
「ユグドラシルアーツ……ガー不十割!」
【曰く、鈴木美々の拳は鎧すら穿つという】
迎え撃ったのはやはり現実だ。
美々の拳が赤巳の腹を穿っていた。
40年生きてきた彼女は、半分も生きていない容姿の美々の顔を見る。
強い。ああ、強い。表彰台を狙える才能があって、それを磨いてきた。
きっと彼女なら親や弟を失わずに済むのだろう。悔しい思い、辛い時間など過ごさないのだろう。
強いっていうのは、本当にうらやましい。
私は強くならなければならなかったが、私はどこまでいってもこんなものだった。
悔しいが、それでも、やはり納得して崩れていく。
「師匠!」
地面に倒れそうになった彼女を支えたのは、待機していた弟子であった。
赤巳と同じような境遇にあい、やはりヒロインになれなかった乙女たちだ。
「すみません師匠、言いつけを破ってしまいました。ですが……もう決着はつきました、ここからは私たちが戦います!」
自分を慕う弟子であり、自分よりも才能のある乙女たち。
自分の成果が、頼もしくも敵と向き合っていた。
勝ち目がないから逃げなさい、という言葉が浮かんだ。
だがそれで自分が止まらないのだから、彼女らはもっと止まるまい。
「やるからには、勝ちなさい」
「はい!」
彼女にできることは、背中を押すことと見守ることだけであった。
「雑魚の弟子どもか、いいぜ相手になってやるよ!」
仲間との合流ができないと判断した美々は、向かってくる弟子たちを迎撃する。
自分よりも強くなるであろう才能の塊たちが殺到してもなお美々は優勢だが、それすら彼女は穏やかな目で見ていた。
※
鈴木始終と鈴木陸はほぼ同じ場所で戦っていた。
始終は弓道着に和風の防具を足したようないで立ちで、大きな和弓を手に戦っていた。
構造上当然だが、一緒に刀や槍をもっているわけではなく弓矢だけで戦っているわけではない。
対して陸はでかい鋏……それも園芸用の木に使うような鋏ではなく、人間の髪を切るための鋏をとんでもなく巨大化させたデザインであった。
しかも防具らしいものを着ておらず、床屋のコスプレをしている中高生であった。
「あんなんでも強いはず、油断しちゃダメよ」
「それで、どう倒すんですか?」
「あんな鋏でも一応は接近戦が専門のはず。だから相手の最適解は、鋏を持っている方が弓矢の方を守る布陣……それを崩しましょう」
相手がどんな超人であっても、弓矢では接近戦はできない。
もしかしたらできる可能性もあるが、それでも遠距離線よりは苦手なはずだ。
それをあの鋏の使い手が抑える……ということだろう。
鋏の使い手がどれほど卓越していても『この人数』で囲めば突破できる。
そう、始終と陸の相手をするのは三十人ほどのコロムラ。
前衛一人で後衛一人を守れる状況ではない。
「みんな……行くわよ!」
包囲して殴れば勝てる。
コロムラたちは一気に接近戦を仕掛けた。
だがそれに対して鋏を持つ陸は、逆に接近して回り込む。
「お客さん、首から下をバッサリ行きますね~~」
巨大な鋏で後ろからコロムラのひとりの首を挟む。
ちょっきんと首が斬り落とされ、胴体側も勢いよく出血し転倒した。
「速い! こいつ……やっぱりスピードに自信があるタイプ……!?」
「そっちは置いておきなさい! それよりこっち……弓矢の使い手を狙うのよ!」
いきなりセオリーを崩してきたことで驚く者もいるが、最善だからこそセオリーなのだ。
奇策なんてものは一度で息切れする愚策に他ならない。
弓矢を装備している始終が孤立しているという結果があるだけだ。
「その男を殺せば金ひと箱……ジェラルミンケース一個分の札束よ!」
「山分けしても、何でも買えるわ!」
サーベルを手にしたコロムラたちは切り込む。
それに対して始終は矢を放った。
恐るべき速度の矢であり、それはコロムラのうち一人の胴体を射抜いた。
改造によって一等ヒロイン相当の頑健さをもつ女性の体を射抜くとなれば、その威力は対人仕様を大きく超えている。
だがそれでも一発だけだ。放った矢が分身して周囲のコロムラを巻き込んだ、ということはない。
一射で一人倒しただけ。残ったコロムラたちが切りかかれば……。
【曰く、鈴木始終は多くの武器を使いこなしたという】
ブンという光とともに、始終の持っていた弓矢が薙刀に変わる。
そのことにコロムラたちが気づくより先に、その薙刀が周囲を薙ぎ払った。
まだ間合いが遠かったものはなんとか踏みとどまったが、間合いの内側にいた者たちは全員が切り裂かれつつ吹き飛んだ。
「そんな!?」
懐から小さい武器を取り出して反撃した、ならわかる。だが弓矢が消えて薙刀という長物が出てきた。
これを見てとあるヒロインのことが想像された。
鹿島派の中でも最強に近いとされる一等ヒロイン沼沈である。
「まさか、沼沈と同じように……マニュアル設定で武器を変化させられる? 弓矢を薙刀に変化させた?」
「正解とは言わぬ。しかしおおむねは合っていると言おう」
今度は薙刀が日本刀になった。
それを構える姿はまさしく武士。
「いいことを教えてやろう。拙者は日本一の弓取り。単に弓術に秀でているということではない。日本一の侍ということだ。間合いを詰めても何の解決にもならんぞ」
刀が槍になり、斧になり、鎌になる。
変化するそれを巧みに使い分けつつ周囲を圧倒する。
「ユグドラシルアーツ……武芸十八般!」
鈴木始終。
鈴木の中でも唯一複数の武器を使い分ける戦士である。
「強い……何よりこいつら……全然連携しない……!」
集団戦闘をするのなら、パーティーだの壁役だのという以前に、仲間と連携するのは当然で、逆にそれを妨害するのが常だ。
この鈴木他称戦士隊にそれはない。
単に戦士が九人いて、それぞれが好き勝手に戦って勝ってきただけだ。
不合理な話だが、それが叶う個人の強さがあるのならそれはそれで最適解だ。
「ずる過ぎる……こんなのがなんで九人も集まってるのよ……!」
「そうだぞ~~! ずるいぞ~~!」
ここで声を上げたのは陸だった。
心底から羨ましそうに声を上げている。
「お前ひとりで複数の武器を使うから、被らないようにするの大変だったんだぞ!? 他の奴らも鉄槌とかナイフとか、無難なのはすぐ埋まったし……じゃんけんで弱い俺はなんにも思いつかなくて……鋏だぞ、鋏! 戦いにくくてしょうがねえ!」
(やっぱり戦いにくいんだ……)
「名前も始まりと終わりでシシマイとか格好いいし……俺なんて兄弟セットで空陸海の陸だぞ!?」
「え、お前兄弟いたのか!? 十五年も一緒にいて初めて聞いたぞ!?」
「そりゃそうだろ! 親のエゴ丸出しの名前だって知られたくなかったんだ!」
(そこまでか?)
ものすごく器の小さいことを言いだす陸。
十五年一緒にいたとか、キャラが完全に崩壊しているとか、そういうことが気にならないほどだった。
「悪いとは思ってるよ! でもさあ……たくさんの武器を使って戦うとかめちゃくちゃキャラ立ってるだろ!? やってみたかったんだよ!」
「俺もやりたかったよ! 鋏でちょっきんちょっきん戦いたくなかったよ! ああもう~~!」
しばらく言い争う鈴木。
おそらく友人の仲はそれなりに良好だと思われるが、今この場でそれを明かさないでいただきたい。
「あの~~戦ってもよろしいですか?」
「……そうだった」
「そうだったな、うん」
【曰く、鈴木陸の鋏はどんなものでも切り裂くという】
コロムラからの突っ込みを受けて、陸は再び動き出した。
「アクティブスキル、高速姿勢!」
今までよりもさらに高速で移動しながら、鋏でコロムラたちに切りかかる。
すれ違い様に挟んでは通り過ぎていく動きには、コロムラの師匠格ですら対応しきれない。
鋏を使ってキャラを立てつつ、強敵にも勝つ。
その無理難題を達成するために戦ってきた、熟練の無駄な動きに誰もついていけなかった。
「ユグドラシルアーツ、散発散髪!」
スーパーヒロインが使っても折れないという触れ込みのサーベルすらバターのように切り裂いていく。
ありえないほどの剪断力にコロムラたちは言葉を失う。
そして、だからこそ、どうでもいいことに思いをはせた。
自分たちは金のために戦っている。
女が偉い時代であっても、全ての女が大儲けできるわけではない。
スーパーヒロインのような華やかな生活ができる者は一握り。
体を売ればいいかもしれないが、人殺しや人体改造よりも嫌だ。
だからコロムラにいる。
その程度の理由と軽く見る者はコロムラにもいる。
だがそれでも真剣なつもりだ。目の前の敵にも逃げずに向かっている。
それほどに金が欲しい。
しかしこいつらは金が欲しいように見えない。
こいつらは何のために戦っている?
正義とはなにか。その答えはもうある。
悪とは何か。それは目の前にいる。
次回 正義のために
君はどんな理由で戦う?




