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一番になりたい、コロムラを守りたい

 眼鏡をかけた長髪の知的な美女は、やはり理知的な雰囲気の弟子を何人も従えていた。

 目の前に対峙しているのは、上半身が裸で、下半身だけを装甲などで守っている少年である。

 彼は巨大な鉄球を鎖につないで振り回していた。


 さながらプロペラのように猛烈に回転する鉄球は、それだけで威力をうかがわせる。

 弟子たちは固唾をのみながら拳銃を構えていた。


 コロムラが使用している拳銃は、文字通りの拳銃である。

 火薬の実弾であり、構造的には一般の拳銃と変わらない。

 違うのは対人仕様の銃弾ではなく、距離次第では戦車の装甲すら穿つ特殊弾。

 普通の人間が撃てば反動に耐えきれず保持が不能になり、自分の体にめり込むであろう恐るべき銃。

 だがそれも、目の前の相手には心もとなかった。


「……皆、下がっていなさい」


 師匠である眼鏡の知的美人は、後ろを向くことなく弟子たちへ指示をした。


「師匠、私たちは……」

「下がっていなさい! そばにいれば、貴方達は全滅します。他の部隊の援護に向かいなさい……特に全殺の戦いに参加しようとするものを止めることを最優先で」


 弟子たちは師匠の緊張を悟っていた。

 それほどの強敵なのかと察し、全員で離脱する。


「お待たせしました、やりましょう」

「げひ、げひひひひ! ひゃはははははは! ぶっ潰す、ぶっ潰すぅ~~!」


 姿相応の、何かをキメたかのような発言。

 しかしその目はしっかりと正気を保ち、美人の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。


「正気のようですが、正気でこんなことをしているのは正気ではありませんね。しかし……それは私も同じか。あえて名乗らせていただきます」


 決然たる覚悟と共にサーベルを抜く彼女は名乗った。


「コロムラの現ナンバー2……殺村半殺(つぶあん)。ちなみにこの眼鏡は伊達……おしゃれ眼鏡ですので、悪しからず」


「なっ……伊達メガネをおしゃれ眼鏡だと!? 短いセリフでキャラを立ててきやがる……負けてられねえな!」


 鈴木のひとりもまた対抗心を燃やして名乗った。


「鈴木他称戦士隊のメンバー! クラス狂戦士(バーサーカー)、叙事詩の末浩(すえひろ)! お前をぶっ潰してやるぜ!」


 回転していた鎖鉄球が放たれる。

 想像にたがわぬ轟音の剛速球が半殺へ飛んでいった。


(これを正確に飛ばすだけでも瞠目する……今更ですが、こんな男もいるんですね! しかし!)


 半殺は巨大な鉄球を回避しながら接近する。

 末浩の鉄球が一瞬で半殺の元へ届いたように、彼女もまた一瞬で彼のもとに達する……はずだった。



【曰く。鈴木末浩は巨大な鉄球を鎖で自在に操ったという】



 まっすぐ飛んでいたはずの鉄球は、一切速度を減ずることなく急角度で軌道を変えた。

 鉄球につながっているだけのはずの鎖は超高速で追従しながらも、その軌道を追う形で軌跡を残している。


「な!? なんで!?」


 とっさに回避する半殺だが、驚愕し目を見開いている。


 慣性の法則も重力もあったものではない。

 物理エンジンの存在しないゲームやアニメのごとく、鉄球は自由自在の軌道を描きながら半殺に迫った。


(鎖を握っている手は一切動かしていないのに、鉄球が自在に動いている!? いやそもそも、鎖が伸びている!? 実体ではないということ!? いやそれより……!)


 当たれば自分もただでは済まない。

 そう予感させる鉄球の猛攻を彼女はしのぎ続けている。


(狙いは正確、私のことを追い続けている! それなら、鉄球を見失わず動き続けていれば回避できるはず……)

「げらげらげらげら!」


 狂ったかのように笑う末浩は、ここで鎖を引っ張った。

 当然のように、鉄球は空中で静止する。そのまま動かなくなった。


「ユグドラシルアーツ……げらげら投げ!」


 猛烈な勢いで短くなっていく鎖は、内側に立っていた半殺に絡みつく。

 動けなくなった半殺ごと振り回し、地面にたたきつけた。


 土煙が上がり、大地が揺れる。大きな穴が開いていた。


 しかしそこに半殺の姿はない。

 鎖の拘束から抜け出し、衝突前に回避していた。


 彼女がやったことは単純だ。

 鎖が体に巻き付き始めたとき、サーベルを正面の縦に構えて固定しただけである。


 これを縄で例えれば、縄で縛られるときに両手を広げておいて、縄が縛られた後に腕を縮めて緩めたようなもの。


 ついとっさにやっても不思議ではない対応だったが、それでも鎖の締め付ける力に耐えたのはさすがである。


「殺村流殺人刀殺法……獅根夜(しねや)!」


 一気に間合いを詰めて、今度こそ一太刀浴びせていた。


 裸の上半身を切られた末浩はたたらを踏むが、蹴りをもって反撃する。

 これも半殺は回避した。さすがの技量、対人戦のスペシャリストである。



「斬ったこともそうだが、投げを抜けるとはな……げらげらげらげら。大したもんだ、コロムラ」

「わけのわからない相手と戦うことはなれていますので」



 今の攻防では、半殺の完勝だろう。

 だが彼女の表情は緊張している。


 上半身裸の末浩だからこそ、彼の体の出血が収まっていることは目視で確認できた。


 この男は頑丈で、おまけに広と同様に自己再生能力がある。

 鉄球と鎖の攻撃をしのぎつつ、再生が追い付かないほど攻撃を当て続けなければならない。


(やる……やって見せる。この程度の相手に勝てないのなら、全殺(こしあん)に勝って全殺(とうしゅ)になることは叶わない!)


「自信アリって面だな。キャラ立ててきやがる……どこまでそのキャラを保てるか試してやるぜ」


 末浩は鉄球を直に持って突貫し、半殺はサーベルを構えて迎え撃つ。

 二人の衝突で火花が散り、空気を焦がしていく。



 殺村蟷螂を直接倒した男、鈴木胡瓜。

 彼の周囲には歴戦の師匠格と、彼女らに率いられた多数の弟子たちがいた。


 蟷螂の悪趣味は知られていたが、その実力はたしかに師匠格。それをあっさり屠った彼を相手に油断などするわけもない。



「せんせ~~い! この俺、鈴木他称戦士隊のメンバー、クラス強打者(スラッガー)、怪談の胡瓜(きゅうり)は! スポーツマンシップにのっとって! 正々堂々戦うことを誓います!」



 せんせいの文字がどういうことなのかもよくわかってない発音で、包囲の中堂々と叫んでいた胡瓜。

 彼は手に持ったバットを真上に振りかぶると、直近にいた師匠格に殴りかかった。

 もちろんその師匠格もむざむざ殺されることはない、大上段からの振り下ろしをサーベルで受け止める。



「ユグドラシルアーツ! 予告ホームラン!」



 受けきれず、ぐちゃあ、と頭がつぶされる。

 それを見ている、というか彼の発言を聞いていたコロムラたちは目を丸くしていた。


もしかしてこの男の言う予告とは、さっきの宣誓にかかっているのか?


 どうでもいい疑問が脳裏をよぎった。


「ユグドラシルアーツ! 一本足打法!」


 今度は豪快な前蹴りが他の師匠格を蹴り飛ばした。


もしかして片足で立って攻撃したら一本足打法になると思っているのか? それを言ったら蹴り技は全部一本足打法になるのでは?


 だが彼女らの理解より先に胡瓜が攻撃を続けた。



「ユグドラシルアーツ! 走者一掃!」

【曰く、鈴木胡瓜は自分でも意味の分かっていないことを大声で叫びながら攻撃するという】



 彼が暴れることで、すでに多くの犠牲者が出ていた。

 ある意味ヒットを量産している……というどうでもいいギャグが脳内で浮かんだ者もいるが必死で振り払う。

 だが黙っていられない者もいた。今が戦闘中であることを加味しても、いい加減黙っていられなくなったのだ。


「アンタ! 絶対野球のこと知らないでしょ! バッターのくせにグローブつけてるし! しかもよく見たら生地が捕球用っぽいけど、指が全部出てる似非グローブだし!」


 突っ込みどころ満載の突っ込み待ちスラッガーに対して、若き弟子が抗議する。

 おそらく野球が好きなので黙っていられなかったのだろう。


「おっす! 自分、野球エアプっす! ミリしらっす!」

「なんで自慢げなのよ!」

「舐めないでほしいっすね! こんな俺でもバットが人間を殴るためにあるわけじゃないってことは知ってます! 野球が好きだったらこんなことしてねえっす! ただのキャラ付けっす!」

「この……この野郎~~!」


 しっかりと構えた拳銃が火を噴いた。

 拳銃とは思えない重厚な発砲音とともに弾丸が多数発射される。


「あだだだ!」


(バットで打ち返したりしないんだ!?)


 普通に弾丸が命中したことに、逆に驚くコロムラたち。

 だが一瞬で気分を切り替える。

 この男の支離滅裂な発言や技の名前などどうでもいい。

 すでに多くの同志が屠られている。

 何としても倒さなければならない。


 彼女らは銃を構えて集中砲火を浴びせた。


「アクティブスキル、防御体勢(ガードモード)!」


 しかし銃弾が通らなくなった。

 微動だにしなくなった胡瓜の体に当たった銃弾は跳ねて地面や周囲のものに着弾していく。

 どういう原理かわからないが、とにかくこのまま撃っていても勝てない。


 そして何より、実銃だからこそ装填という弱点を抱えている。


 耐えきった胡瓜は再び殴りかかろうとして、師匠格のひとりに阻まれた。


「殺村流殺人刀殺法、止音(しね)!」

「むっ!」

「もうあなたのふざけた言動に惑わされたりしない! 私たちは貴方を殺す! 私たちは殺村……コロムラにしか居場所がない人間よ!」


 ーーー女性の中で、百人に一人、魔力を持って生まれる。

 魔力の測定自体は生まれた瞬間から可能であるが、中学生になるまで測定は違法となっている。


 理由はシンプルだ。

 一部の人間が子ガチャを始めたからである。

 そしてその中のさらに一部の人間は、禁止されている測定を強行してしまう。


 何時の時代にも倫理を踏み越える人間はいる。

 これは男女を問うものではない。


 生まれた子供に十分な愛情を注いでいれば問題ないが、そんなことをする親がまともであるわけもない。

 時期はまちまちだが自然と捨てられ、コロムラに流れてくることもある。


 彼女らにとってコロムラこそ社会であり国。

 何が何でも守らなければならない。


 人を殺すことになるとしても。


「かっ飛ばせ、俺~~!」


「させるか!」


 他の師匠格も殺到する。

 

 この男の力がどういうものかわからないが、とにかく攻め立てるしかない。


「この男にバットを振らせるな!」

「ユグドラシルアーツ、代打!」

「がっ!?」


 胡瓜はバットで殴ることを諦めて、グローブで包んだ拳で殴った。

 おそらく、バットの代わりにグローブで打ったということだろう。


「それでも……うわあああああああ!」


 弟子たちも師匠たちもサーベルを手に殺到してくる。

 コロムラ以外に生きる場所がないという言葉は真実だろう。

 決死の覚悟を決めており、最後のひとりになるまで戦う覚悟のようだった。

叶わなかった夢があった。

人殺しよりも忌むべきことを避けた。


次回 強くなりたかった、お金が欲しかった。


 君はどんな理由で戦う?

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― 新着の感想 ―
モブが覚悟を決めるのに、これ程の納得はネエわ。 そら、殺しもするし殺されもするで。
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