大馬鹿九人
李広。
突然現れた、世界初の『魔力を持つ男性』。
四種の状態異常すべてに対して完全耐性を誇り、肉体も魔力も高速で回復していく特異体質の持ち主。
そして現在はスーパーヒーローである。
殺村蟷螂にとって、最後の行だけが重要だった。
他のことなんて何とも思わない。だが彼が世間から高く評価されていることが気に入らない。
できれば殺したい。それができないのだとしても、できることなら痛めつけたい。
彼女と彼女の弟子たちはそう願っている。
そのように考えながら、『待ち合わせ』の場所へ向かっていた。
鈴木を名乗る集団とコロムラはすでに何度も衝突した。
コロムラはそのたびに送り込んだ戦力が壊滅し、一人も生還者がいない。
普通ならもっと早く決戦をしただろうが、
そのような状況であったため、今回は大戦力を一気に送り込むことになった。
鈴木側もそれを受けており、すでに人のいなくなった山奥の元観光地で戦う運びとなっている。
コロムラは(そしておそらく鈴木も)反社会勢力ではあるが、積極的に国家転覆などを狙っているわけではない。
人気のない場所で戦うことになんの異論もなかった。
「蟷螂師匠。鈴木には李と同じように、力を持った男がいるかもしれない、という話があります。どうお考えですか?」
何十年も整備されていない森の中の道。石畳ではあるが合間に雑草が生い茂り、木の根で盛り上がってしまっている。
荒れた道を一行は進んでいた。周囲には他のコロムラはいない。
彼女らは先行していたのだ。
「いなくてもやることに変わりはない。鈴木共を殺し、そのあと李広の親を誘拐して、李広を攫うだけだ。だがもしも李広と同じように戦える男がいたのなら……その時は楽しもう。そのためにわざわざ早く来ている。お前たちと一緒にな」
殺村蟷螂はにやりと笑って背後の弟子たちを観た。
すでにいっぱしのコロムラたちである。
このメンツでかかれば戦力は過分なぐらいだ。
彼女はそのように考えていたし、弟子たちもそのように考えていた。
「私たちは男が嫌い、私たちは男を殺すために強くなっている。笑うやつはぶっ殺す……!」
モチベーションを掲げて進む一行の耳に、奇妙な電子音が聴こえてきた。
自然と全員の歩く速さがゆっくりになり、軍靴の音が小さくなる。
音が減ったことにより、彼女らの耳の感度が上がった。自然の中で目立つ電子音の方へ確実に近づいていく。
「無花果のやつはまだか?」
「いつも通り、動物にエサやってるから遅くなるとよ。まったくキャラを立てることを怠らない奴だ」
「他は全員揃ってるな。それじゃあ準備をするか」
男子たちの声がした。
蟷螂たちの顔が、嗜虐の喜びで吊り上がった。
今ここにいるということは、鈴木のメンバーなのだろう。
つまり戦える男がいるということだ。
彼女らにとって、優秀な男こそ敵だ。
殺す時に楽しくなるほどの敵だ。
どうやら戦いを前に罠でもしかけるつもりらしい。
さぞ細心の注意を払っているのだろう。
今背中から切りかかればあっさりと壊滅させられるはずだ。
ーーー彼女らは優秀な男が嫌いなだけだ。
正々堂々戦って勝つことにこだわりはなく、むしろ楽に勝てるのならばそれを選ぶ者たちだ。
彼女らは一切ぶれなかった。
同じ志を持つからこそ、打ち合わせをすることもなく鈴木たちに向かって忍び寄る。
果たして鈴木の運命や如何に。
どの公園にもある、開けた場所に椅子だけを置いた広場。
そこに八人の少年少女がいた。
彼らは正面に携帯端末を置き、録画しながら見栄を切る。
でっでれでで~~~! ででででん!
「クラス重騎士、神話の錦!」
「クラス喧嘩屋、武勇伝の美々!」
「クラス侍、史記の始終!」
「クラス海賊、英雄譚の魚篭鳥!」
「クラス床屋、童話の陸」
「クラス曲芸師、絵巻の奈乃香!」
「クラス狂戦士、叙事詩の末浩!」
「クラス強打者、怪談の胡瓜!」
でっでれでで~~~! ででででん!
「人呼んで! 鈴木他称戦士隊!」
統一感に欠ける服装の少年少女たちが統一感に欠けるキメポーズをとり、びだっと止まっていた。
しばらくの間、重苦しい沈黙が流れる。
鈴木たちもコロムラたちも身動きが取れない。
本当にしばらくの間、何も起きなかった。
だが本当にしばらくすると、彼らの背後でどど~~という音がした。
おそらく、見栄切りを終えたタイミングで流れる予定だったと思われる。
「……ああ、ちくしょう! 録画したのを観なくてもわかるぞ! 大失敗じゃねえか!」
「やっぱり無花果がいない分、時間がずれたんじゃないか?」
「それならそもそも、他の音のタイミングはずれてるってことでしょ? だれかアイツの代わりに見栄切りのセリフ言いなさいよ」
「俺は嫌だぞ。俺は無花果のすぐあとなんだからな。無花果の代わりに見栄切ったすぐ後で自分の見栄切りしたくねえよ」
「それなら胡瓜がやれば?」
「ちっ、しょうがねえなあ。じゃあその代わり、音の調整は他の奴がやれよ?」
「それじゃあもう一回見栄きりを通してから、そのかかった時間を計ってだな……」
「まって、それって最低でもあと三回は練習するってこと?!」
「なんのために三十分前に来たんだよ。練習時間を確保するためだろ?」
珍明な少年少女は真剣に打ち合わせを始めていた。
ある意味集中しているが、逆に襲い掛かれる空気ではなかった。
「あの、おい……お前たちが鈴木か?」
反社会勢力コロムラをして、あんまり話しかけたくない相手だった。
半分ぐらいは一応戦士っぽい格好をしているのだが、半数ぐらいはコスプレとも思いたくない格好である。
サーカスから来たような、メイクもしているこてこての道化師。
街にいても不思議ではないが、ここにいると浮いている野球少年。
そしてバカでかい鋏を持っている床屋。
できるなら見なかったことにして帰りたかった。
彼らが強い男だったとしても、殺す気が失せるほどのバカ集団だった。
「私たちはコロムラだ。お前たちは鈴木で、私たちと敵対しているんだな?」
ここで鈴木たちは全員が一度蟷螂たちのほうを向いた。
そのあとすぐに円陣を組んで、外側を観ないようにしながら話しかける。
「なんか今回はコロムラの親玉も来るそうじゃないか。それならフルで見栄切りをしないか?」
「聞いてくれるかな? 今までの奴らって、見栄を切っていたらその最中で襲い掛かってきただろ」
「相手は親玉なんだから、逆に礼儀正しいんじゃないか?」
「おい……! おい!」
関わりたくないほどの相手だったとしても、無視されると腹が立つ。
むしろ関わりたくないほど見下しているからこそ、相手にされないときに腹が立つのだ。
こっちが話しかけてやっているのになんて無礼な奴らだ。
彼女とその弟子たちのテンションは一気に怒りへ振り切れていた。
だがそれは鈴木たちも同じである。
「空気読めよ! こっちは予行練習中なんだぞ! 見て見ぬふりして出直して来いよ! そこいらで時間でもつぶしてろよ! まだ25分前だぞ!? それでこっちが悪いみたいに言うんじゃねえよ!」
反社会勢力と社会不適合者が正面からぶつかり合っても融和などありえない。
お互いに主張を譲らず加熱するのみ。
「もういい……ぶっ殺す!」
本来の予定よりだいぶ早い段階で、コロムラと鈴木の戦いが始まった。
人数は倍ほども差があるが、鈴木たちも今まで多くのコロムラを退けてきた猛者。
結果が出るまで分かりはしない。
※
すでに人のいなくなった森の中を、奇抜な格好をした者が歩いている。
男とも女ともつかない容姿であり、わざと分かりにくくしているメイクをして、どうとでも思える服装もしていた。
動きやすいとは思えない華美な服装であり、森の中を歩くには向いていない。
だがそれでもその者は楽し気に歩いていた。
そうしていると、野生化したらしいイエネコがのそのそ近づいてきた。
その目には攻撃の意図があり、人間を獲物だと認識している様子である。
もちろんその猫は普通の大きさである。虎や獅子ではなく、身体能力も相応だ。
人間を襲うというのは、それほど窮しているのだろう。
「もしかしてお腹がすいているのかな?」
その者は懐からタッパーを取り出して見せた。
華美な服装に合わない、生活感のあふれる容器の中には『肉』が入っていた。
その者はタッパーを開くとその猫のもとに置く。
猫は嗅いだことのないにおいにしばらく戸惑うが、やがて無心で食べ始めた。
よほどお腹がすいていたのだろう。あっという間に平らげてしまった。
「ふふふ、よかったよ。それじゃあ僕は友達と約束があるから、そろそろいくね」
タッパーを回収すると、その者は再び歩き出した。
ちょうどそのときである。森全体が揺れるような轟音が前置きなく、一瞬だけ生じた。
満腹になったばかりの猫が慌てて逃げだすほどである。
「約束の時間にはまだ早いと思うけど……みんな楽しそうだなあ」
名は鈴木無花果。
鈴木他称戦士隊の最後のメンバーであった。
ついに始まったコロムラ対鈴木他称戦士隊。
熱い戦いを制するのは誰だ?
次回、戦士を自称しない鈴木たち。
君はどんな理由で戦う?




