13話
「このハンカチはあんたの物だ。そしてこのシミ。このシミは何だか分かるか?」
小田切は私に問う。あのシミは何だ? 緊張で頭が回っていないせいで、検討もつかない。
「あんた、黄島殺害時に指紋を拭き取っただろ。その時、すでに部屋は体液で汚れていた。その状態で指紋を拭き取った際についたシミだよ。つまりこういうことだ。このシミの成分を調べて、部屋に垂れている黄島の体液と照合し一致したら、間違いなくあんたは黄島を殺害している証拠になる。なぜなら、体液は絞殺後にしか付着しないからだ。赤矢は、染色によってその証拠を消したくなかったんだよ」
……。
しばらく、沈黙が続く。
やがて、私は膝を崩した。
終わった。まさか彼の押さえていたハンカチが、私のものだったなんて。なぜ気が付かなかったのだろう。そうか、染色されていたからだ。刺繍部分が滲んでいて、見えていなかったのだ。
じゃあハンカチはいつ落ちたのだろう。ああ、黄島さんを絞殺する際にポケットがほつれたのだ。あの時は激しく抵抗された。そして聡を殺害時に椅子を振り上げた拍子で、落ちてしまったのだ。
そうか。黄島さんの時は、指紋を拭き取るために部屋中を歩き回った。でも聡殺害時は手袋をしていたから、部屋中を歩き回ることはなかった。だからハンカチが落ちていたことに気が付かなかったのだ。
他にも失敗はある。青谷さんの死体は完全に隠蔽するべきだった。不自然に鍵がかかっていた104号室は念入りに調べておくべきだった。聡の死体も、調べるべきだった。
そうだ。何より、一度好きになった相手だからといって、自分の上にその人を乗せた状態で気絶したフリをしたのも良くない。つい欲望が出て、聡の感触を味わいたくなったからといっても、危険だった。
その危険性も、胸を揉まれたことで悦に浸り、忘れてしまっていたことも良くなかった。
「自殺した黒田敦は、私の恋人だったんです」
私は観念して、独白を続けた。
聡と黄島さん以外のサークルメンバーが、敦を虐めた。度が過ぎた虐めによって、敦は自殺してしまった。
傷心していた私に優しくしてくれたのが、聡だった。
すぐに私は彼のことが好きになった。でも彼は黄島さんのことが好きだった。黄島さんも彼のことが好きだった。サークルメンバーは、二人の仲を取り持った。すると二人はすぐに付き合いだした。
彼は私のことだって気になっていたはずだ。
ムカつく。
両思いの、楽なほうを選びやがって。
ムカつく。
「私の方を、選ばないなんて、すっごいムカつく!」
私は叫んだ。ああ、そうだ。本当にムカつく。
プライベートジェット機を墜落させてしまったのは、私の不注意でたまたまだ。でも全員が意識を失っていて、チャンスだと思った。
だから殺してやった。
「ムカつく奴らの頭を防火斧でかち割るのは、最高に気持ちが良かったわっ!」
うふふ。うふふふふと私は笑う。
「聡を最後に殺すことは決めていたの。その前に黄島さんを殺すこともね。この二人は特に、じっくりと殺したかったから!」
小田切が私の前に立つ。
「なあ、白銀さん。白ってのは、何にでも染っちまう。良くも悪くもな」
そして小田切は私をまっすぐ見つめた。その目は、とても悲しげであった。
「あんたも染っちまったんだな。殺人鬼という、凶悪な色に」
そして彼はこう続けた。
「だから気が付かなかったんだろ。大事なハンカチをなくしていることに。それも当然だ。あんたの大切な人は、純真無垢な、真っ白なあんたに届けたんだからな」
今のあんたには、相応しくない物だ。と彼は言い残して去っていった。




