5話
「あれ、僕の名前って、なんだっけ」
聡がそう言った時、私は思わず吹き出しそうになった。なんて男だ。目の前に死体があるっていうのに、こんな時でもふざけられる男なのかと。
「分からない。私も、自分が誰なのか分からないです」
しかし黄島さんがそう言ったことで、私は察することができた。彼女はこのような時に、冗談を言えるような女ではない。
「分からないわよ。私だって」
だから私は、無難にそう答えることができた。
「ねえ、皆はどこまで覚えているのよ」
これは、二人の記憶がどこまで残っているのかを確認する意図があった。
「ダメだ。何もかも、分からない」
聡からそんな言葉を聞いて、私は笑いそうになった。
なんてことだろう。不時着をして、人生で初めて殺害した日に。二人は本当に記憶喪失になっていたのだ。
しかしそれから、犯人がこの三人の中にいることまで絞り込まれてしまった。
これは想定外だった。確かに聡は頭が切れる人だった。まさかこんなにも早く追い込まれるとは。
その後、聡は私達の名前まで突き止める。しかし私と青谷さんは、その日支給されたサークルTシャツのサイズが合わなくて交換をしていた。
だから私は青いTシャツを着ていたのだが、それによって聡は私のことを青谷さんだと誤解してしまう。しかし訂正しようにも、私も記憶喪失であるということになっているので、訂正しようがない。
まあ特に不都合はなかったので、そのまま青谷として振る舞うことにした。どうせこいつらは記憶喪失で本人確認ができないのだ。バレることはないだろう。
ここで私は、一つ学ぶ。二人はTシャツの色で個人を見分けるということを。
ならば。ここにある死体をすり替えて自分の服を着させれば、あたかも自分が死んだように見せかけることができるのではないか。
青谷さんはだめだ。サイズが違いすぎる。緑川は男だ。さすがにバレる。じゃあ桃瀬。そうだ、一応彼女の方が色々と大きいが、しかし死体であればある程度誤魔化せるだろう。
それを思いついた時、私は想像した。私が死体として発見された後の、二人の様子。
きっと揉めるだろう。なにせ、この中に犯人がいるところまで分かっているのだ。そこで一人が死ねば、じゃあ犯人は残りのどちらかしかないはずだ。
聡と黄島さんの二人が揉める。それは、なんて素晴らしいことなのだろう。




