表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/203

ホルツリッヒ村という名の楽園。前編。

 誕生日にクトゥルフTRPGの、初心者でも安心なシナリオ付きルールブックをもらいました!

 一人用のシナリオをうきうきとプレイした結果……二人の敵を巻き込んで焼死! というなんとも、クトゥルフらしい最後になりましたとさ。

 生き残りたかったなぁ……。

 

 久しぶりの二度寝を堪能して、昼食をいただく。

 フロイラインの食事は、聖女としての豪奢な会食に幾度となく舌鼓を打ったカンデラリアでも満足できる美味しさを誇っている。

 カンデラリアもつい先日までは美味しくいただいていた。

 今でも美味しくいただいてはいる。

 だがしかし、最上を知ってしまった以上。

 物足りなく感じてしまうのだ。

 ピアも同じ感想を抱いているようで何度も首を傾げている。

 別棟で休んでいるビダルも同じ反応をしているだろうか。


「リア、そろそろ行く?」


「……ええ、そうしましょうか」


 咀嚼しかねていた物を飲み込んで席を立つ。

 聖女たるもの食事を残してはいけない。

 暗殺者であれば尚のこと。

 だというのに、皿の上には噛みきれなかった肉の切れ端が残っている。

 ピアの皿にも同じ物が載っていた。


「贅沢になった?」


「本来であれば許されませんわ。でも、あの方なら簡単に許してくれる気もしますのよ?」


「ん」


 まず否定から入るピアにしては希有といってもいい、短いが肯定の返事。

 思えば最初に彼女を視界に入れたときから、ピアは彼女に甘かった。

 ……カンデラリアもそうだ。

 彼女と一緒にいると心の奥底に隠してある何かを、さらけ出してしまいそうになる。

 しかもそれを不満に感じるどころか心地良く思ってしまうのだ。

 聖女になったら希代の聖女と謳われて長く愛されるだろう。


「待たせた」


「いや、待ってねーよ。むしろもっとゆっくりしてくれても良かったんだぜ?」


 フロイラインの敷地内、男性が立ち入っても許される場所でビダルが待っていた。

 彼の腕には二匹のスライムが収まっている。

 どうやらスライムと戯れていたようだ。


「ビダルは良い男なのねー。将来有望なのねー」


「う。女性の支度に時間がかかるのを本当の意味で理解している男性は、女性にもてるのよ」


「褒めても何も出ねーぞ?」


「私たちが出すからいいのねー」


 リリーと呼ばれていたスライムがどこからともなく何かを取り出す。

 希少なスライムは、アイテムボックスを持っていると聞き及んでいたが、見るのは初めてだ。


「おまっ! また旨そうなものを……」


 ビダルが溜め息を吐いている。

 何とも瑞々しいレッドベリーだ。

 大きさも凄い。

 フロイラインの料理人が見たら、この場で譲渡の交渉を始めるだろう。


「う。ピアもカンデラリアも食べるのよ」


 つい二人で凝視してしまえば、サイと呼ばれていたスライムがいそいそと同じ物を取りだしてくれた。

 この個体も収納持ち。

 恐らく全員がアイテムボックス持ちだ。

 主であるアイリーンも。

 それだけでも垂涎の的だろう。

 ダンジョン攻略において重宝するスキルもしくは魔法の一つだ。

 マジックバッグ持ちも重宝されるが、スキル持ちはそれ以上だ。

 何せマジックバッグと違って盗まれる心配がない。


 カンデラリアは高性能のマジックバッグを持ってはいる。

 だがこれは聖女に与えられている物で個人所有ではない。

 それでも狙われるのだから困ったものだ。


「食べたら移動するのねー。町の外へ出たら人気のない場所で、スライム移動を始めるのねー」


「了解ー。うま! これうまっ! ってーか、レッドベリーって生で食えたっけ?」


「普通は食べられないのねー。でもこのレッドベリーはスライム栽培なので食べられるのねー」


「スライム栽培?」


「初めて聞きますわ」


「私たちユニーク個体の特殊スキルなのねー。アイリーンが主だから食関係は充実しているのねー」


 なるほど、なるほど、とビダルとピアは仲良く頷いている。

 カンデラリアは微笑を張り付けるので精一杯だった。


 スライム栽培。

 それは神殿でも限られた者しか閲覧できない、モンスタースキルについて詳細に記された禁書にもないスキルだ。

 栽培は植物系のモンスターしか持ち得ないスキルとされている。

 スライムは植物系には分類されないモンスターだ。

 つまりは人が定めたモンスターの括りから外れた、特別なモンスターなのだろう。


 大量の冷や汗が背筋を伝う。

 

 もしかしてこのスライムたちは、一般的にユニーク個体とされるモンスターとは別格の、存在。

 聖獣もしくは神獣なのではないのだろうか。

 それぐらいに規格外すぎるのだ。


 思考の迷宮に陥っていると目線を感じる。

 リリーがカンデラリアをじっと見つめていた。

 全てを看破されてしまいそうな、どこまでも透明でつぶらな眼差しだ。


「そ、ろそろ参りましょうか?」


 声が上擦ったのにピアが心配そうな眼差しを向けてくる。


「リア?」


「大丈夫ですわ。レッドベリーがあまりにも美味しゅうございましたので、はしたなくも二個目が欲しくなってしまっただけですの」


「なんだ! はしたなくなんかないよ! 私も、もっと食べたいって思ったし」


「ですね。俺は二個目どころか山盛りで食べたいと思いましたから!」


 ごまかせたのと同時に、二人の様子を見て安堵した。

 善良な二人が全く警戒しないのだ。

 スライムたちがカンデラリアの想像通りの存在だったとしても、怯える必要はないだろう。

 アイリーンを尊重していれば、きっとカンデラリアにとっても頼もしい存在であるに違いない。


 スライムたちは想像していたよりもずっと注目されていたようで、有象無象が集まってくるのを軽やかに避けながらドーベラッハの外へと急ぐ。

 最終的にはビダルが強めの口調で拒絶すれば、執拗な干渉はなくなった。

 さすがは高位冒険者とも対等に渡り合えるダンジョン門番だ。

 感心していれば、同じ感想を持ったらしいピアが頭を撫でて、スライムたちは美味しそうな食べ物を与えている。

 

「私がピアとカンデラリアを乗せるのねー」


「う。私はビダルを乗せるのよ。遠慮はいらないのよ」


 と言われても、どう乗ればいいのだろう? 

 そもそも人が乗れる大きさではないのだが。 


「えい!」


 ピアが思い切りよく小さな体の上で弾む。

 弾む?


 恐らくはピアの体が触れた瞬間に大きさが変化したようだ。

 今はカンデラリアが一緒に乗っても十分な大きさになっている。


「よし!」


 ビダルも同じように勢いよく乗った。

 勢いが良すぎて激しく弾む。

 ぽーんと遠くへ飛ばされそうになったのを、大きな敷物のように薄くなったスライムが、優しくビダルを包み込んで引き戻した。


「ふおおお!」


 包まれ心地は最高らしい。

 ビダルは蕩けそうな表情になっている。


 カンデラリアは聖女らしく静かに腰を下ろした。

 横座りに乗ったはずなのだが、瞬きを数度しているうちに、スライムの上へ横たわっていた。

 ピアは隣で腹ばいになっている。


「お茶でも飲んでいるといいのねー」


 触手が伸びてきてカップを渡された。

 冷たいカップが、これは現実なのだと教えてくれる。


 ピアとカンデラリアはスライムに寝そべった状態のまま包み込まれて、高速移動を始めていたのだ。


 景色が驚く速さで流れている。

 隣を走っているビダルはスライム越しに外を眺め、その速さを存分に楽しんでいるようだ。

 ピアは腹ばいになったまま、お菓子と飲み物を堪能している。


「……確かにこれは、説明ができませんわね」


「どんな馬車より速くて、揺れない。しかもおいしいお茶とおやつ付き!」


 体を起こしたピアが御機嫌にカップとお菓子を掲げる。

 足元に置かれた器にはお代わりのお菓子が綺麗に盛られていた。

 カップをそっと足元に置いてみる。

 中身は漣すら立たなかった。



 スライム移動の快適さをピアと語らっているうちに、ホルツリッヒ村に到着する。

 門前には美しい少女が巨木を従えて立っていた。

 彼女がエルダートレントなのだろう。


「ただいまなのねー」


「おかえり。アイリーンは?」


「う。元気にダンジョンを探索しているのよ」


「虫、平気なんだ?」


「平気じゃないけど、ダンジョンを攻略する楽しさのおかげで、何とか耐えられるのねー」


「楽しんでいるなら上々。村の皆も同じよ。日々を楽しんで過ごしているわ……で? そちらは」


「アイリーンが村民に勧誘した人々なのねー。無理強いはしない方向なのねー」


「なるほど……」


 何処までも透き通った緑色の瞳で、一切合切を見透かされる。

 聖女のスキルに隠し事は多いが、エルダートレントの前では全てを暴かれるだろう。


「アイリーンが納得しているのならば、善人なんだね。じゃあ、僕も歓迎するよ。ようこそ! ホルツリッヒ村へ!」


 アイリーンへの信頼が高いのに驚く。

 カンデラリアの聖女スキルも、ピアの暗殺者という職業も問題ないらしい。

 ピアも驚いてはいるが嬉しそうだ。

 ビダルはまだ大きく口を開けたままだが、大丈夫だろうか?


「大丈夫ですか、ビダル」


「や。善人だと言われて。嬉しいのは久しぶりだなぁと」


 はははと笑うビダルの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 何かと気苦労の多い立ち位置だったようだ。

 善人と、貶められるように言われる状況が多かったのだろう。

 カンデラリアにも覚えのある感情だ。


「そうですね。エルダートレント様に認められたようで、嬉しゅうございますね」


「僕はトリアでいいよ。君たちはなんと呼べばいいかな?」


 名乗りを許されて、また喜びを覚える。

 ビダルが口を開きかけるより早く、ピアが挙手しながら名乗った。


「暗殺者のピアです。美味しい物が大好きです」


 簡潔だが問題しかない自己紹介に、トリアが笑う。

 聖人と呼ばれる者を多く見てきたカンデラリアが初めて見る、慈悲深いという表現が似合う微笑みだった。



 ちなみに同じシナリオをプレイした主人は生還したのです!

 日頃の行いかなぁ……。

 ただ、シナリオの真相に迫れたのは私の方だったので、試合に負けて勝負に勝った! とか思った次第です。

 うん、知ってます。

 生き残るのが最高のエンディングだってことは。


 次回は、ホルッツリッヒ村という名の楽園。中編。(仮)の予定です


 お読みいただきありがとうございました。

 引き続き宜しくお願いいたします。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ