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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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36 光と闇

「フィリア、眠れそう?」


 マーテル様がベッドサイドから体を乗り出して私の頭をやさしく撫でました。

 灯りの魔道具のセピア色の光が紺色の美しい軽鎧を照らし、マーテル様を厳かな戦いの女神のように彩っています。


 ここは宿屋のマーテル様の部屋。

 闇神官の襲撃から光の大精霊が登場し、血相を変えた騎士さんたちが駆けつけるという大騒ぎもなんとか落ち着いて半刻ほど。


 ルシオラさんはクラヴィス様の迅速かつ手厚い治癒術を受け、なんとか事なきを得ました。

 今はあの部屋のベッドでイネス姉さまの看護を受けていますが、数日もあれば普通に動けるそうです。


 ――私?


 私は事態を重く見た皆さんの話し合いの結果、今晩は厳戒態勢のマーテル様の部屋で寝ることになりました。

 部屋の隅でエンゾさんが完全武装で椅子に腰かけ、マーテル様もさっき説明したようにしっかり戦いの装いです。中央のテーブルには殿下とクラヴィス様、ルカ君までが緊張した面持ちで座っていて、ピリピリとした緊張感が部屋を支配しているのです。


 こんな中で眠れるかというと――



「ごめんなさい。しばらく寝れそうにないです……」



「まあそう言うな。其方はまた熱が上がっているだろう。しっかり睡眠を取ってひと晩で直せ」

「……クラヴィス、無理を言うな」


 ずっと無言を貫いていた殿下が、それまで見詰めていた自分の手から視線を上げました。

 そして、後悔を通り越し、すっかり憔悴した様子の蒼い瞳を私に向け、ゆっくりと口を開きました。


「フィリア、もう一度謝らせてくれ。駆けつけるのが遅くなって本当に済まなかった。油断していた。闇神官どもが国内で動いているのを知っていたのに……宴などに出るべきではなかったのだ」


 ――そう、殿下たちが駆けつけてくれたのは、全てが終わって神鳥アウローラが去った直後。


 飛び込んできた殿下たちの目の前には荒れ果てた部屋、へたり込んだルカ君と私、壁際で倒れているルシオラさん、そして今まさに息を引き取ろうとしている闇神官――さぞやびっくりしたことだとは思いますが……ええと、そこまで落ち込まなくても。


「……あの、そんなに気にしないでください。村の人たちと交流するのも殿下の大切なお仕事ですし、襲ってくるなんて誰も予想してなかったですから」


 ルシオラさんも大事には至りませんでしたし。

 目の前で人が亡くなったのは未だにショックですけれど……例えそれが、精霊を虐げ、私を殺そうとした人であっても。



「そうは言っても……。しかしここまであからさまに我ら王族のいる一行を襲撃してくるなど、コリント卿め、何を考えている?」



「現状ではなんとも判じかねますな、殿下」

 厳しい顔のクラヴィス様が、こめかみを指で叩きながら口を開きました。

「ただ……聞けばニゲルはルシオラの精霊術を完全に封じていたとか。まさに闇の禁術――それが出来るのであれば、こちらを侮って万が一にもニゲルが失敗するなどと思っていなかったのかもしれませんな」


「精霊術を封じるなんて未だに信じられないわ。……身を挺してフィリアを守ったルカと、光の大精霊、アウローラ様に深い感謝を」

 目を瞑り、素早く祈りを捧げるマーテル様。



 ええと、私もアウローラには感謝してるんですけど、助けてくれた後の一幕がどうもすっきりしなくて。

 だってあの後――



「――ルカに関して言えば、その場面で光の加護が発動したのであろう?」


 クラヴィス様が話を続けています。

 その表情は少しだけ弛んでいて――は!? まさかルカ君のことを珍しい加護を持った実験動物として観てないですよね?


「まさか闇の術を打ち破るとは、さすが光というところか。ルカ、其方は今後片時もフィリアから離れるな。これは命令だ」


「え……あ、はい、クラヴィス様」

 自分の話題に縮こまっていたルカ君が、突然の指示に目を丸くしました。


 その若草色の瞳がちらりと私を見て、ぱっと逸らされます。目が合った一瞬だけでもふわりと注がれる、ほっとする暖かさ。

 そしてすぐ俯いたその繊細な顔は、戸惑ったような、喜んでいるような、でも困ったような気配が漂っていて。


 え、でも、ち、ちょっと待ってクラヴィス様?

 今後片時もって、いやあのその、それはちょっと――


「ルカ……。よくやった、というところなんだろうな」

 殿下が苦さを押し殺したような、少しひび割れた声でルカ君に声を掛けました。

 そして首を振って、すぐさま口を開き直します。

「――いや、すまない。本当に良くやってくれた。其方のお陰だ、礼を言う。……これからも、頼む」


「殿下……」

 感極まったように殿下を見詰めるルカ君――あれ? いつの間に二人はこんなに距離が縮まって?


 一緒に剣の鍛錬とかしているのは知っていましたけど、殿下のような方とお近づきになるのは、平民で微妙な立場のルカ君にとって良いことなのでしょう。この村巡りが終わってもルカ君が近くにいてくれたらちょっと嬉しいなあ、なんて思いが脳裏を掠め――


 え? あれ?

 いやいやいや。神殿の孤児たちが、お兄ちゃんができたら嬉しいだろうな、ってことですよ?

 単純にそれだけで――って。


 えっとえっと、私、なんか変です。かああっと顔が熱くて、ちょっと息も苦しいし、これは熱がまた上がってきちゃったかも――



「あらあら」



 もぞもぞと上掛けを引き寄せて中に潜ろうとした私を見て、マーテル様が楽しそうに微笑んでいました。


「そうね、ルカの光の加護で闇の精霊術封じに対抗できるなら、それは本当に助かるわ。アウローラ様から更なる加護も貰ったんでしょう?」


 殿下から視線を外し、こくりと頷くルカ君。




「え、あ、はい。……ええと、これからもフィリア様を支えて、光の守護騎士としてどうのこうのって」




 うわわわ!

 光の守護騎士って、ルカ君それ言っちゃダメなやつ!

 ルカ君は知らないかもしれないけど、それって古い恋物語に出てくるお姫様と護衛騎士のやつだからっ!


 アウローラがなんでそんな事を言ったのか知らないけど、あの時あの大精霊は絶対ニマニマしてたから!

 鳥の表情は分からないけど、絶っ対に私のことをからかってたから!

 うわあああ、やーめーてー!



「あらあら、まあまあ、なあるほど」



 ああもう、マーテル様までニマニマしてます。

 ルカ君、お願いだからそんなの目指さないで! 普通で充分助かってるから!


 うわあ、なんか全身が熱くって、すごい熱が出てきた気がします。これはヤバいやつです。

 もう寝なきゃ。すぐ寝なきゃ。





「それはそうと、昼間の魔物の群れなのだけれど。……ニゲルが操っていたって本当?」





 上掛けに潜り込んだ私をよそに、マーテル様が声を一段落として話を続けています。

 ちらりと目だけ出して様子を窺うと、部屋は一気に緊迫した雰囲気に戻っているようです。


「あ、はい、初めにそんなことを言っていたような……」


「それもやはり闇の精霊術なのだろうか。あれには謎が多すぎる。マーテル様は何かご存じで?」


「いいえ、クラヴィス。私もほとんど知らないわ。中央神殿の裏側に闇属性を崇める一派があるとか、そんな根も葉もない噂だけ」


「それは私も聞いたことがありますが……そこまで脅威的な術が存在するとなると、力に狂った奴らのこと、あながちそれもただの噂ではなさそうですな」


「でも、そうなるとこんな北の果てで魔物を操って、何が目的だったのかしら。あの魔物の群れ、確かにこのマグニフィカトを襲おうとしていたわよ」



 クラヴィス様とマーテル様の例の高速会議が始まっています。

 私は上掛けを引き寄せ、心地の良い暗闇の中で耳だけ話に参加することにしました。



「……一度整理してみましょう。まず、魔物が活性化し始めたのは王都周辺から。コリント卿の一行が来訪したタイミングとほぼ同じ頃ですな」


「あの使節団の来訪、表向きはずっと申請していた霊力測定具の貸出のためだけれど、その裏で例の祝福祭の調査に来たというのは全部が間違いではないわね。かなり嗅ぎまわっていたもの。そして豊穣祈祷の情報を得て、何食わぬ顔をして帰り際に更なる調査に動き出してこちらの尾行をまいた――そういう風に見えるけれど」


「しかし、それでは少々タイミングが合いません。少なくともニゲルはコリント卿が王都に入ってすぐ魔物を操り始めたはず。コリント卿が姿を消したのは、豊穣祈祷云々ではなく、もしかしたらニゲルの魔物の方が理由ではないでしょうか。なにせ、マグニフィカトを襲うほどの荒技ですから」


「ああ、そういえば彼らが到着した日、コリント卿はフィリアのことを神託の巫女姫と呼んだんだったわ。これは何か関係しているかしら?」



 ……ん? なんか私の名前が呼ばれたような。

 でも、本当に熱が上がってきたのでしょうか、これだけ上掛けの中に潜っているのに全身が寒くて。


 あー、殿下たちがあの部屋に駆けつけた後、こっそり精霊たちに私の光を分けちゃったのがいけなかったかも。

 騒いでるみんなにバレないように、この部屋に連れて来られる前に急いで大放出しちゃったから。


 あれでみんな元気を取り戻してくれてるといいんだけど……



「――そうですね。フィリアにまつわるラエティティア様の神託、霊峰テペの黒龍の反応からその幾許かの内容を掴んだのは事実でしょう。そこにあの奇跡の祝福祭の情報も入ってきた。それで動き出して――結果として魔物を操ってマグニフィカトを襲わせた。確実なところだけ拾えばそういう流れでしょうか」


「目的はマグニフィカトを襲うこと? こんな北の果ての、中央には何の影響もない村よ?」


「そこは何とも……。ただ、村の襲撃に失敗したら、今度はフィリアを襲ってきた。やはり何かの繋がりがあるのでしょう。残念ながら今のところ見当もつきませんが」


「そうね、推測ばかりで頭が一杯になりそうだわ。とにかく今は守りを固めましょう――村もフィリアも。コリント卿はきっと近くにいるわ。エンゾ、外の警備はどんな具合?」



 ……あ、クヌートさんとか、外で警備してくれてるのかな。

 昼間あれだけ戦って疲れてるだろうに、私だけごめんなさい。


 でも……なんだか身体の節々が痛くなってきた……ううう…………



「宿の入口に一人、村の警備に三騎。二人が部屋で待機の輪番制です。竜の残りは宿の周囲で自由にさせています」


「そうね、ちょっと大変だけれど今晩はそれでお願い。明日以降はまた考えましょう――」



「あら、王都からの連絡よ――」



「クラヴィス! これを見て――」



「そういうこと――」



「では罠を――」



「いやそれは――」



 …………ううーん、なんかみんなの話し声が遠くで喋ってるみたい。



 ……これって眠る前にあるやつだよね…………



 ……ごめんなさい……お話は終わりそうにないけど、私このまま寝ちゃいます…………







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