表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: 高橋弘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/50

047話 誇り

 それから数日が過ぎ、城下は慌ただしさを増していった。


 難民の受け入れは一時的な措置とはいえ、食糧や住居の確保、仕事の斡旋、治安維持など、考えるべきことは山ほどある。騎士団も交代で警備にあたり、街の見回りの頻度も増えていた。


 私は毎朝、城下へ足を運び、難民たちの体調を診たり、子どもたちの世話をしたりしていた。聖女としてできることは限られているけれど、それでも誰かの役に立てるなら、と思う。


 その日も、倉庫の一角で子どもたちに温かいスープを配っていたときだった。


「聖女様!」


 外から、切羽詰まった声が響いた。


 振り返ると、見回りに出ていた騎士の一人が駆け込んでくる。


「どうしましたか」

「街道沿いで不審な集団を確認しました。人数は十数名、武装しています」

「……!」


 胸が、嫌な音を立てて鳴った。


「ユリウス伯爵には、もう?」

「すでに伝令を出しています。ですが、相手の動きが早く……」


 騎士の言葉を聞き終えるより早く、外から重い足音が響いた。


「状況は」


 倉庫の入口に立っていたのは、ユリウス伯爵だった。黒い外套を翻し、氷のような視線で場を見渡す。


「街道沿いに武装集団。難民を狙った可能性があります」

「……想定していたより、早いな」


 ユリウス伯爵は短く息を吐いた。


「レオンを呼べ。第三小隊を動かす」

「はっ!」


 騎士が駆けていく。


 私は思わず一歩前に出た。


「私も、行きます」

「だめだ」


 即答だった。


「危険すぎる」

「ですが、もし負傷者が出たら……」

「騎士団に医療係はいる」


 ユリウス伯爵は、私を真っ直ぐ見据える。


「君は、守られる側だ」


 その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。


「……分かりました」


 頷いたものの、どうしても不安は拭えない。


「では、ここで待っています。必ず、皆さんを無事に連れ戻してください」


 ユリウス伯爵は一瞬だけ表情を和らげた。


「約束しよう」


 騎士団はすぐに出動した。


 鎧の音が遠ざかるのを見送りながら、私は胸の前で手を組む。


(どうか、無事で……)


 それからしばらくして、城下に緊張が走った。


 遠くから、金属音と怒号が聞こえてくる。子どもたちは怯えて母親にしがみつき、大人たちも不安そうに外を見つめていた。


 私は倉庫の中央で、祈ることしかできなかった。


 やがて、時間がどれほど経ったのか分からない頃。


 外が急に騒がしくなった。


「戻ってきたぞ!」

「騎士団だ!」


 倉庫の扉が開き、鎧姿の騎士たちが次々と入ってくる。


 その先頭にいたのは、ユリウス伯爵だった。


「……ご無事で」


 思わず駆け寄る。


「怪我人は?」

「軽傷が数名だ。敵は撤退した」


 そう言って、担架で運び込まれる騎士たちを見た。


 私はすぐに駆け寄り、治癒の祈りを捧げる。


「無茶をなさるんですから……」


 涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。


「君こそ」


 ユリウス伯爵は、私の肩にそっと手を置く。


「無事でよかった」


 その一言に、胸の奥がじんと熱くなる。


 ほどなくして、レオンさんが戻ってきた。


「連中は、周辺を荒らしていた盗賊団の残党でした。難民を餌に、城下を探っていたようです」

「やはりな」


 ユリウス伯爵は険しい表情で頷いた。


「だが、これでこちらの実力は見せつけた。しばらくは大人しくなるだろう」


 騎士たちは誇らしげに胸を張った。


 その姿を見て、私は深く頭を下げた。


「皆さん、本当にありがとうございました。あなた方のおかげで、多くの命が守られました」


「そんな、当然のことです」

「聖女様がいるから、俺たちは戦えるんです」


 口々にそう言われ、頬が熱くなる。


 その夜、城に戻った私は、疲れ切った体を引きずるように自室へ向かった。


 すると、廊下の先にユリウス伯爵の姿があった。


「まだ起きていたのですか」

「ああ」


 ユリウス伯爵は私の前で立ち止まる。


「今日のことだが……」


 言葉を探すように、一瞬だけ視線を伏せる。


「君を危険に晒したくなかった。それだけだ」


 胸が、きゅっと締めつけられた。


「……ありがとうございます。ですが、私はここにいる以上、皆さんと運命を共にしたいと思っています」


「それでも」

「それでも、守られるだけの存在ではいたくありません」


 ユリウス伯爵は、私をじっと見つめていた。


「君は、強いな」

「いいえ」


 私は首を振る。


「私は、ただ……あなた方を信じているだけです。ユリウス伯爵と、騎士の皆さんを」


 しばらくの沈黙のあと、ユリウス伯爵は小さく笑った。


「それは、ずいぶんと重い信頼だ」


「……迷惑、でしたか」

「いや」


 静かに首を振る。


「むしろ、誇らしい」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。


 窓の外では、雪が静かに降り続いていた。


 戦いは、まだ終わらない。

 けれど私は、もう一人ではない。


 ユリウス伯爵と、騎士団と共に、この地を守る。


 それが、私の選んだ道だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ