047話 誇り
それから数日が過ぎ、城下は慌ただしさを増していった。
難民の受け入れは一時的な措置とはいえ、食糧や住居の確保、仕事の斡旋、治安維持など、考えるべきことは山ほどある。騎士団も交代で警備にあたり、街の見回りの頻度も増えていた。
私は毎朝、城下へ足を運び、難民たちの体調を診たり、子どもたちの世話をしたりしていた。聖女としてできることは限られているけれど、それでも誰かの役に立てるなら、と思う。
その日も、倉庫の一角で子どもたちに温かいスープを配っていたときだった。
「聖女様!」
外から、切羽詰まった声が響いた。
振り返ると、見回りに出ていた騎士の一人が駆け込んでくる。
「どうしましたか」
「街道沿いで不審な集団を確認しました。人数は十数名、武装しています」
「……!」
胸が、嫌な音を立てて鳴った。
「ユリウス伯爵には、もう?」
「すでに伝令を出しています。ですが、相手の動きが早く……」
騎士の言葉を聞き終えるより早く、外から重い足音が響いた。
「状況は」
倉庫の入口に立っていたのは、ユリウス伯爵だった。黒い外套を翻し、氷のような視線で場を見渡す。
「街道沿いに武装集団。難民を狙った可能性があります」
「……想定していたより、早いな」
ユリウス伯爵は短く息を吐いた。
「レオンを呼べ。第三小隊を動かす」
「はっ!」
騎士が駆けていく。
私は思わず一歩前に出た。
「私も、行きます」
「だめだ」
即答だった。
「危険すぎる」
「ですが、もし負傷者が出たら……」
「騎士団に医療係はいる」
ユリウス伯爵は、私を真っ直ぐ見据える。
「君は、守られる側だ」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。
「……分かりました」
頷いたものの、どうしても不安は拭えない。
「では、ここで待っています。必ず、皆さんを無事に連れ戻してください」
ユリウス伯爵は一瞬だけ表情を和らげた。
「約束しよう」
騎士団はすぐに出動した。
鎧の音が遠ざかるのを見送りながら、私は胸の前で手を組む。
(どうか、無事で……)
それからしばらくして、城下に緊張が走った。
遠くから、金属音と怒号が聞こえてくる。子どもたちは怯えて母親にしがみつき、大人たちも不安そうに外を見つめていた。
私は倉庫の中央で、祈ることしかできなかった。
やがて、時間がどれほど経ったのか分からない頃。
外が急に騒がしくなった。
「戻ってきたぞ!」
「騎士団だ!」
倉庫の扉が開き、鎧姿の騎士たちが次々と入ってくる。
その先頭にいたのは、ユリウス伯爵だった。
「……ご無事で」
思わず駆け寄る。
「怪我人は?」
「軽傷が数名だ。敵は撤退した」
そう言って、担架で運び込まれる騎士たちを見た。
私はすぐに駆け寄り、治癒の祈りを捧げる。
「無茶をなさるんですから……」
涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。
「君こそ」
ユリウス伯爵は、私の肩にそっと手を置く。
「無事でよかった」
その一言に、胸の奥がじんと熱くなる。
ほどなくして、レオンさんが戻ってきた。
「連中は、周辺を荒らしていた盗賊団の残党でした。難民を餌に、城下を探っていたようです」
「やはりな」
ユリウス伯爵は険しい表情で頷いた。
「だが、これでこちらの実力は見せつけた。しばらくは大人しくなるだろう」
騎士たちは誇らしげに胸を張った。
その姿を見て、私は深く頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。あなた方のおかげで、多くの命が守られました」
「そんな、当然のことです」
「聖女様がいるから、俺たちは戦えるんです」
口々にそう言われ、頬が熱くなる。
その夜、城に戻った私は、疲れ切った体を引きずるように自室へ向かった。
すると、廊下の先にユリウス伯爵の姿があった。
「まだ起きていたのですか」
「ああ」
ユリウス伯爵は私の前で立ち止まる。
「今日のことだが……」
言葉を探すように、一瞬だけ視線を伏せる。
「君を危険に晒したくなかった。それだけだ」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「……ありがとうございます。ですが、私はここにいる以上、皆さんと運命を共にしたいと思っています」
「それでも」
「それでも、守られるだけの存在ではいたくありません」
ユリウス伯爵は、私をじっと見つめていた。
「君は、強いな」
「いいえ」
私は首を振る。
「私は、ただ……あなた方を信じているだけです。ユリウス伯爵と、騎士の皆さんを」
しばらくの沈黙のあと、ユリウス伯爵は小さく笑った。
「それは、ずいぶんと重い信頼だ」
「……迷惑、でしたか」
「いや」
静かに首を振る。
「むしろ、誇らしい」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
窓の外では、雪が静かに降り続いていた。
戦いは、まだ終わらない。
けれど私は、もう一人ではない。
ユリウス伯爵と、騎士団と共に、この地を守る。
それが、私の選んだ道だった。




