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燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: タカハシ ヒロ


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015話 修復

 結界の光が天井へと昇り、大聖堂全体を温かな輝きで包み込んだ瞬間——

 全身の力が抜けていくのを感じた。


(……あ、まずい)


 膝がかくんと折れかけた瞬間、素早く腕が私の体を支えた。


「セラ!」


 低く鋭い声。

 ユリウス伯爵の腕に抱きとめられ、その胸に支えられる。


「す、すみません……力を、使いすぎてしまって……」


「謝る必要はない。これだけの結界を一瞬で修復したんだ。倒れない方がおかしい」


 ユリウス伯爵は私の肩を軽く抱き寄せ、体を安定させてくれる。


 その手は冷静なのに、どこか震えていて——

 伯爵がどれだけ私を心配してくれているのか、胸にじんと響いた。


「無茶はさせないと言ったのに……君はいつも限界まで頑張りすぎる」

「ごめんなさい。でも……やらなきゃいけなくて」

「君はやらなきゃいけないことに縛られすぎだ。少しくらい、俺を頼れ」


 その声音は深くて、ほんのわずかに怒っているようでもあり、同時にあたたかかった。


 その光景を間近で見ていたリディア王女が、息を呑む。


「……っ、あ、あなた……セラに、その……!」


 王女は伯爵の腕に支えられた私を見て、表情を一瞬だけ歪ませた。

 悔しさか、嫉妬か。

 どちらともつかない感情がその瞳に揺れていた。


「セラ。だ、大丈夫なの? 倒れたりしないでしょうね?」


 かつての高圧的な口調と違い、少し焦っている。

 私は小さくうなずいた。


「大丈夫です。少し休めば……」

「おい、それ以上話すな」


 ユリウス伯爵が鋭い声音で制する。

 その一言で、王女までびくっと肩を揺らした。


(ユリウス伯爵、怒ってる……)


 その怒りは、私が弱っているのに無理をさせようとしたことへの怒り——そんな気がした。

 そこへ、重々しい杖の音が響く。


 コン……コン……


 不快な音が、大聖堂の壁に反響した。


「やれやれ……セラ殿。王都に戻ってきたと思えば、派手にやってくれたものだ」


 聞きたくなかった声。

 忘れられない、湿ったような響き。


 ブルーノ大司祭だ。


 彼は結界石を一瞥し、そして私を見た。

 目を細め、薄い笑みを浮かべる。


「まさか本当にあなた一人で直すとは。……信じがたい話ですね。記録を偽っていたのでは?」


「……偽る必要なんて、ありません」


 思わず睨み返してしまう。

 大司祭は喉の奥で笑い、肩をすくめた。


「聖女の分際で、随分と強気になったものだ。辺境伯の庇護を得て調子に乗っているのではありませんか」


 その言葉を言った瞬間——


 空気が、一瞬で凍りついた。


 ユリウス伯爵が、ゆっくりと大司祭へ視線を向ける。


 冷たく、深い海の底のように静かな瞳。

 殺気ではない。

 けれど、生半可な人間では耐えられない圧が、大聖堂の温度を下げる。


「……セラは俺の婚約者だ。侮辱は許さないと言ったはずだが」

「ひ、ッ……!」


 大司祭の顔色が、見る見るうちに青ざめていく。


「ま、ま、待ち……! わ、私はただ……!」

「言い訳は聞かない。次に侮辱すれば——」


 ユリウス伯爵は歩み寄り、低く囁くように言った。


「二度と口が利けないと思え」


 大司祭は震え上がり、右手の杖を落とした。

 カラン、と大聖堂の中央に乾いた音が響く。


「や、やめてくださいッ……!」


 リディア王女ですら恐怖に息を呑んでいる。


(あ……この人は、本気で怒ってる)


 自分のために怒りを向けられる。

 そんな経験、私にはほとんどなかった。


 胸が痛くなるほど、嬉しくなる。


「ユリウス伯爵……もういいです。私、気にしていませんから」


 涙が滲むのを隠すように、伯爵の袖を軽く引くと、彼はゆっくり呼吸を整えた。


「……セラがそう言うなら控える。しかし——」


 伯爵は大司祭を真っ直ぐに見据えた。


「二度とその口で、セラを貶すな」


「…………はい」


 大司祭は完全に打ちのめされていた。


 


 やがて、外から喧騒が聞こえてくる。


 王都の人々が結界の復活を感じ、歓声を上げているのだ。


「光が……戻ってる……!」

「やっぱり聖女様だ……!」

「助かった、助かったぞ!」


 その声を聞いた瞬間、胸が温かくなる。


(よかった……本当に、よかった)


 その満足感と安堵が重なり、体から力が抜けた。


「……セラ?」


 ユリウス伯爵が私を抱き上げた。

 まるで子ども扱いされている気もするけれど、逆らう気力は残っていない。


「少し休まないと倒れる。リディア王女、宿を手配する必要はない。俺が直接セラを休ませる」


 王女は一瞬文句を飲み込み、悔しそうに唇を噛んだ。


「……好きになさい。今のあなたに文句を言える者なんていないもの」


 負け惜しみのようにそう言った。




 伯爵は私をしっかり抱えたまま、大聖堂を後にする。


「ゆ、ユリウス伯爵……歩けます、自分で……!」


「歩くだけで精一杯だろう。見栄を張らなくていい」


 耳元に落ちる声が優しくて、胸がじんと熱くなる。


(……あぁ、帰りたい。シュネーブルクに帰りたい)


 そう思った瞬間、ふと伯爵が呟いた。


「終わったら、すぐ帰る。城に戻ったら……君の好きな料理でも作らせよう」


「……はい」


「そして、しばらくは何もさせない」


「え……」


「セラは働きすぎだ。——今度こそ、俺が守る」


 その言葉に、全身があたたかくなっていく。


 この人の言う守るは、ただの言葉じゃない。

 本気で、私を大事にしようとしてくれている。


(……あの城に帰りたい)


 その想いを胸に、私は静かに目を閉じた。

 意識が薄れていく中、伯爵の腕の温もりだけが、ずっとそばにあった。

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