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燃え尽き聖女の幸せな休息  作者: タカハシ ヒロ


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014話 再会

 ルミナリア王国へ向かうため、城門前に停められた馬車へ乗り込んだ瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 王都を出てまだ日も浅いのに、戻るとなると、まるで冷たい霧が肺の奥にまで入ってくるようで息が重くなる。


「……顔色が優れないな、セラ」


 馬車の中。

 静かで、揺れが少なく、まるで小さな部屋のように落ち着いた空間。

 その中で、ユリウス伯爵が控えめに声をかけてきた。


「緊張しているのか?」


「……少しだけ。でも、大丈夫です」


 そう答えると、ユリウス伯爵はほんのわずかに息を吐いた。


「君の『大丈夫』は、大抵大丈夫ではない」


 淡々としているのに、なぜか温かい言葉。

 そんなふうに気遣われることに、私はまだ慣れていなかった。


「伯爵が一緒にいてくださるから……本当に心強いんです」


 本心を打ち明けると、伯爵は眉をわずかに動かした。


「そう言われると、同行した甲斐がある」


 こんな軽い冗談を言うこともあるのだと知って、胸がふわりと温かくなる。


 しかし、王都が近づくたび、空気は重くなっていく。

 風はざわめき、空は鈍い色に濁り、まるで国全体が怯えているようだ。


「……やはり、結界が弱っているな」


 伯爵の言葉に、私は窓の外を見つめた。

 薄く揺らめく光の膜——あれは、本来なら揺れるはずのないものだ。


「こんなに……」


「セラのせいではない」


 私の胸の沈みを見透かしたように、伯爵が言った。


「結界の維持は本来、複数の聖職者で行うべき仕事だ。それを一人に押しつけていた王都が悪い」


「……はい」


 その一言で、呼吸が楽になる。


 


 王都に着くと、兵士たちはユリウス伯爵を見るなり背筋を跳ね上げた。


「へ、辺境伯閣下……!」


 恐怖と緊張を露骨に滲ませている。


(……ユリウス伯爵を怖がるのはわかるけれど)


 私には、違う姿が見えている。

 優しくて、静かで、思った以上に人の心を読んでくれる人。


 そのギャップを思うと、胸が少しだけ誇らしくなった。


 大聖堂に向かう道は、懐かしいはずなのに、どこかよそよそしい。

 結界の光は弱まり、風にたなびく薄い布のように揺れている。


「……本当に、壊れかけてる」


 胸の奥が痛む。

 けれど伯爵の手が肩に触れた瞬間、その痛みは溶けた。


「セラ。責任を抱え込むな。君は、正しい扱いを受けなかっただけだ」


「……ありがとうございます」


 そうして私達は並んで歩き続ける。

 やがて大聖堂の前に着くと、一人の女性が佇んでいた。

 金髪を高く結い上げ、宝石を散りばめたドレスを着た、高慢さの塊のような風貌。


 リディア王女だ。


 私を散々叱責し、無能扱いし、時に大司祭と共に嘲笑っていた人。


 その王女が、私を見るなり、息をのんだ。


「……セラ」


 呼び捨てなのに、かつての刺すような威圧は感じない。

 そして彼女は——苦虫を噛み潰したような顔で、喉の奥を震わせながら言った。


「……謝罪してあげるわ」


「…………え?」


 あのリディア王女が。

 私に。

 謝罪?


 その瞬間、空気が凍りついた。

 騎士たちも目を見開き、あんぐりと口を開けている。


「お、王女殿下……?」

「うるさい! 今、必要なのは……! 必要だからしているだけよ!」


 リディア王女は私をまっすぐ見据える。


「古文書の誤訳が判明したわ。あなたが一日に治癒できるのは十人どころの話ではなかった……。つまり、私たちは……」


 悔しそうに唇を噛み——


「あなたを誤って評価していたということになるわ」


 まるで喉から血を吐いているような口調。

 私は言葉を失った。


 すると、ユリウス伯爵が一歩、前へ出た。


「……言葉は選べ。これは謝罪と言うには余りにも足りない」


 その瞬間、王女の肩がぴくりと震えた。

 だが伯爵は鋭く言い放つだけで、それ以上は追及しない。


「セラ。どうするかは君が決めろ。結界の作業は後でもいい」


「……いえ。今は人々を助ける方が先です」


 私は静かにリディア王女を見つめた。


「謝罪、受け取ります。作業に入ります」


 王女は悔しそうに、しかし少しほっとしたように顔を伏せた。


「……頼んだわよ。セラ」


 


 大聖堂に足を踏み入れると、中央に結界石があった。

 ひび割れ、光を弱く瞬かせる姿は、まるで必死に助けを求めているようだ。


(こんなに弱ってしまって……)


 私はそっと手を伸ばした。


「ユリウス伯爵、そばにいてください」


「当たり前だ」


 その言葉に背を押される。


 魔力を集中させ、祈りを紡ぐ。

 掌から光があふれ、結界石へと流れ込んでいく。


 ひび割れがひとつずつ閉じていく。

 光が強まり、温かさが大聖堂を満たしていく。


「……す、すごい……」


 誰かの小さな声が聞こえた。


 でも私は、ただ目の前の光に集中した。


 ユリウス伯爵の存在が、背中から支えてくれている。


(大丈夫……私はもう、一人じゃない)


 光は王国全体を覆うように広がり——


 結界は完全に、蘇った。

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